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詩方夢那

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第七話 魔術師特製喋るクッキーの占い

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 ――お客が来るまでは其処の二人掛けテーブルで待機していて。その間に手順書をよく読んでおきなさい。
 タロットの手順書はありきたりなリングノートに手書きされた物で、使用すべき場面、カードの並べ方、どのカードが何を示しているのかという読解法が丁寧に記されている。また、ラミネートされたカード状の手順書には、並べ方と簡単な解読法が一切の無駄を省いた図で示されていた。
 時刻が正午になる頃、エレベーターが到着を告げた。
 だが、三階には明日歌の他に誰も居ない。
(まさか……)
 静かな足音は、慣れた様子でフロアの隅にやって来た。
「あなたがフトゥールの代わりの子?」
「は、はい」
 明日歌は恐る恐る、黒い服の女を見上げる。
「フトゥールの紹介で来たんだけど、占ってくれるかしら」
「は、はい……こちらにどうぞ……」
 明日歌は手順書を手に立ち上がり、タロットルームに女を案内する。
 そして、その空間に入って驚いた。
 ロディアに案内された時には白熱球のスタンドさえ点けられていなかったはずが、その瞬間には明かりが灯され、脇の台の上では、ストーブ・トップ・ポプリが濃厚だが厭味の無い香辛料の香りを立ち昇らせていた。
 女は案内されるまでも無く、カーテンを背に座り、明日歌はそれに続いて奥に腰掛けた。
「えっと」
「大《だい》アルカナのワンオラクルで、今日の運勢、私がどういう客かまで含めて答えてちょうだい」
 それは、慣れている為の要求ではなく、彼女に対する挑戦的な要求の様だった。
「……分かりました」
 明日歌はポプリを香らせるランプとは反対側の台に手順書を置き、テーブルに向かう。
 畳まれた葡萄酒色のクロスを広げると、中にはタロットカードがあった。明日歌は其処から二十二枚のカードを分け、小アルカナのカードの置き場所を探す。
 すると、解説書を置いた台の上にハンカチがあった。おそらくはシルクの、光沢あるそれに包んでかわわしておくのだろうと、彼女はそのハンカチを手に取った。
 明日歌にとっては、準備に手間取っている事に焦りを感じる時間であったが、黒い服の女は表情ひとつ変えず、それを見つめていた。
「では、あなたの今日の運勢を占います」
 明日歌はヴェルヴェットの上でカードをシャッフルする。
 紙であれば摩擦に引っかかりが生じるはずだが、そのカードはなんの抵抗も無くクロスの上で踊っていた。
 山を整えると、明日歌は一呼吸置いてから、一枚のカードを引いた。
 出てきたカードは魔術師だった。
 ――魔術師は創造的で、その反面、言葉巧みな分詐欺師。知に対する探求心と承認欲求が強い。四元素も操れる。正位置なら、創造性と探求心の高い性格の人物。運勢的には、自信を持って自分の技術を披露出来る日。絵の魔術師の様に堂々と振る舞えばいいし、その未来は明るい。
 カードを開いた途端、明日歌の頭の中に何かが流れ込んできた。
「……まず、あなたの運勢は……今日はとてもいい日でしょう。あなたの技術が発揮され、物事は成功するでしょう。そして、あなたは……創造的で、探究心が強く、物事を見事にこなす事が出来る方、でしょうか」
 カードから視線を上げ、明日歌は女を見た。
「そう、いいわねぇ……ところで、私、どんな仕事してる様に見える?」
 女は挑戦的に笑った。
 明日歌は緊張を覚えつつも、女の胸元から、テーブルに上げられた手元へと視線を走らせる。
「服飾関係の方でしょうか。お召のブラウスは長袖ですが、レースのお袖はとても涼しげに見えますし、透明な水晶が中心のブレスレットが涼しげに光っていますから、黒の重さがかえって美しく見えます。それと、そのビーズのネックレス、ハンドメイドの物とお見受けします。黒いお洋服に黒を重ねておられますが、ガラスのビーズがとても綺麗に光っていて、統一感のある、涼しげな美しさを感じます」
「……ご名答」
 女は笑った。
「このネックレスはね、私が作ったの」
「アクセサリー作家の方でしたか……創造性の高いお仕事、ですね」
「えぇ。それにしても、フトゥールは良い子を見つけたものね……あなた、きっと来世でも良い事があるわよ」
 女は彼女の“命日”を知っているかの様な口ぶりだった。
(まさか、死神……)
 彼女の心中を読み取ったかの様に女は笑い、じゃあねと言って出て行った。



 八月十八日。
 タロット占いに予約が入ったから早く来て欲しいとの指示に従い、明日歌は午前十時前に店までやって来た。
 裏から入る様にとは言われておらず、仕方が無いので玄関の扉を開けると、看板は閉店を示していたが、鍵は開いていた。
「おはよー」
 カウンターの椅子に腰掛け、こちらを向いていたのはプルートだった。
 明日歌は挨拶に代わって溜息を吐いた。
「こっちおいで、ミーリャがジュース作ってくれてるんだー」
 自分は客ではない、と言うべく、明日歌はプルートの居るカウンターに向かう。だが、口を開く前に、プルートに腕を掴まれ、そのまま座らされてしまった。
「ちょ、ちょっと、私は別にお客じゃ」
「みんな好きで此処に居るんだから、お金の事は考えてないよ」
「でも、此処は」
「忘れたの? 此処は人間のお店じゃない、そうでしょ?」
 返す言葉が無くなり、明日歌は何も言えなくなった。
 その一瞬の沈黙の間に、ミーリャは乳白色のグラスをカウンターに出した。
「ストレートタイプのリンゴジュースとイチゴソースのノンアルコールカクテル。リンゴジュースは炭酸水で割ってあるから、ソースを混ぜて飲んでね」
 カウンター越しにほほ笑むミーリャは、一見すると茶髪の若い女性だった。バンダナの縁から覗く耳が、木の葉の様な形である事以外は。
「……ミーリャさん、もしかして」
「そう、私はエルフよ。ただ、フトゥールとは別の領地で生まれてるから、得意な事が違うのよ。彼女は北の森で生まれたステーラだから、呪術に詳しいの。でも、私は東の山の麓に生まれたコリース。だから、エルフにしてはおいしい物を作るって、よく言われるの」
「そうそう、ミーリャはこの店で唯一のまともにつくれるシェフだからね」
「え……」
 プルートの言葉に、明日歌はグラスに落した視線を再びミーリャに向けた。
「あの」
「えぇ。この店でまともに働いているのは私だけ。家畜達《アニマーリア》も作ってくれるんだけど、あの子達ホントに働かなくて……」
 ミーリャは苦笑い浮かべ、視線を上に向ける。
「か、かちく……」
 一体、この店はどうなっているのか。そもそも、経営はどうやって成り立っているのか、明日歌には何も分からなかった。



 ――予約のお客さん、一人目は十二時に来るから、タロットルームで待ってて。
“一人目”という事は、二人目が居るのか。
 プルートの笑顔とは裏腹に、明日歌は背筋が寒くなるのを感じながら、ロディアの用意したドレスに着替えた。
 タロットルームに入ると、室内は昨日片付けられたまま、ポプリの用意もされていなかった。
 ――やっと来たか、人間。
「ひっ……」
 突然、クッキーの入れられた箱から声がした。
 ――まずは蓋開けてくれない?
 喋るクッキーの入った箱など開けたくない。そう思った途端、次の言葉が聞こえてきた。
 ――いいから開けろって。箱の中からじゃ不便なんだよ、ほら。
 明日歌は恐る恐る、クッキーの入った缶の蓋を開ける。
 ――やっぱり蓋があると周りが見えなくて不便だよ。人間にはクッキーがないと指図出来ないんだから、大事にしてくれよ? それじゃ、蓋も開いた事だし、今日の占いの話をするから、そこに座って。
 明日歌はクッキーに指示されるまま、椅子に腰掛けた。
 ――まず、今日一人目は今日が初めての客。常連さんの紹介だ。今日は午後から会議があって、自分の企画を発表するらしい。そこで、今日午後からの運勢について占って欲しいが、昼休みに行くので予約で枠を開けておいてくれ、と言う事だった。手っ取り早くだいアルカナのワンオラクルで占うといい。解説はしてやるから、その場を盛り上げてやれ。
「は、はぁ……」
 明日歌は引き攣った表情で、缶の中のネコクッキーを見下ろした。
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