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詩方夢那

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第六話 折パイ式タロット講座

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 明日歌の汗が引いた頃、フトゥールは机を片付け、前日と同じ様に青いヴェルヴェットのクロスを広げた。
「よく使う展開法スプレッドをまずは三つ教えるわね」
 シャッフルされたカードの山がひとつ、クロス上に出来あがる。
「まずはワンオラクル。今日の運勢が知りたい、という人向けに、零番から二十一番までのだいアルカナ二十二枚で占う方法。解読が難しいかもしれないけれど、今日一日の指標としての大雑把な物だから、難しく考えないで。問題に直面しそうなら、もう一枚、山から補助カードを引いて、それを対策として解読して。注意としちゃ、カードをお守りとして下さいっていうお客が居るけど、絶対にカードには触らせない事。ワンオラクルでも開運スイーツサービスがあるから、そっちに誘導して」
「はぁ……」
「で、次からはしょうアルカナ五十六枚を入れた、七十八枚をフルに使った方法よ」
 フトゥールはカードを並べ直し、全てのカードのシャッフルをする。
「これから見せるのはファクターリーディング。二枚のカードを使って、今の問題を読み解くと同時に、それに対する原因から解決策を探す方法。何となくついていないと言うお客に勧める方法で、現状理解に使う方法。カードはカットしたらふたつの山にして、今の問題とその原因についてのカードを引いて。補助カードはそれぞれに引いてね」
「なんだか、難しいですね……」
 明日歌は渋い表情で呟く。
「現状とその障害になっている事をカードから読み説くだけだから、難しく考えないで。原因が分かれば、解決策が見えてくるはずだから、原因が知りたいお客の為の占い。解決策が必要なら、別の展開法があるから、問題の本質を見極めた上で、解決までしたいと言うお客には使わないでね」
 フトゥールはカードをひとつの山に整える。
「次が一番よく使う展開法、タイムラインリーディングよ」
 カードが三つの山に整えられた。
「何かの問題について、過去、現在、未来の状況をカードから読み説く方法。補助カードはそれぞれに引けるけど、私は解決策の為には引かないわ。あくまで、現状を解読する為の方法。特にネガティブな未来が示された時には、そのカードが示す“最悪のシナリオ”を回避する事を考える、そういう方法」
「あの、それって、二枚のカードの占いとの違いに意味を感じないんですけど」
「んー、問題の原因が知りたいならファクター、問題の行く末を知りたいならタイムライン……どうしてこうなったかを知るのと、これからどうなるかを見るのが差、と言えば分かる?」
「そう言われたら、なんとなく……」
「じゃ、次は解決策までまとめて読む方法よ」
 フトゥールは再びカードをひとつの山にして、三つの山を作り直す。
「これから見せるのは、ピラミッド・トライアングル。底辺の三枚をタイムラインとして、二段目の二枚は過去から現在に至るまでに生じた障害と、現在から未来に生じる障害、頂点が未来への解決策。これもよく使う展開法。並べる時には、左の山から順にカードを引いて、両脇から二段目、最後は中央から引いてね。あと、タイムライン以外は基本的に残った山から適当に補助カードを引いてね」
「どういう時に使うんですか?」
「ある問題について、過去から未来を見通した上で解決策が欲しい、という時。普通はタイムラインから読み説くけど、過去の出来事に於ける障害がある時や、お客自身が考え過ぎている時にはこれにして。ただ、失敗したらその時点で占いは止めた方がいいわ。問題の推移を見守る事も時に必要だから。もし、お客が不安だというなら、代わりに今日の運勢を占うか、開運スイーツの方に回してあげて」
 明日歌は色々と詰め込まれ、何がなんだか、そろそろ分からなくなっていた。
「ま、手順は全部手順書に書いてあるから、後でそれを読んで。別に、占いの時に手順書を見てはならないわけでもないし。勿論、集中が切れるから覚えているに越した事は無いけど、簡略化した手順書もあるから、そう思い詰めないで」
 フトゥールが、紅茶でも入れてくるわと席を立とうとした時、エレベーターが上がって来た。
「あら、出来たみたい」
 フトゥールはエレベーターの方に向かう。すると、エレベーターを降りて来た白いエプロンの女は、出来あがったクッキーをフトゥールに手渡した。
「明日の分、ひとまずねこちゃんで作っておきましたー」
「ありがとう」
 白いエプロンの女はエレベーターに、フトゥールは元居た席に戻る。
「使い魔のしろが出来あがったわよ」
 明日歌が見せられたのは、猫耳の生えた、比率的には二等身の、胴体のバランスは、胴体の方が若干多めの、間抜けな人形型クッキーだった。
「明日からはこのクッキーを箱に入れて置いておくから、そこから聞こえる使い魔の声をよく聞いて、代弁してね」
 明日歌は此処に来て、漸く自覚した。
 此処が普通の場所ではない事を。



 八月十七日。
 午前十一時前に店に行くと、玄関は開いていた。
「来た来た」
 フトゥールは待ち構えていたらしく、カウンター席から玄関に向かう。
「えっと、今日もよろしくお願いします」
 明日歌は頭を下げるが、フトゥール首を傾げる。
「あら、あなた、まだ何か聞きたい事があるの?」」
「え……」
 明日歌はフトゥールの言う事が理解出来なかった。
「あのさ、今日はあなたに、後はよろしくって言う為に待ってただけなの」
「え……えぇ? ちょ、ちょっと待って! 私、とてもじゃないけど」
「大丈夫、助手は残してあるから」
 フトゥールはカウンターを見遣る。明日歌も同じ方を見ると、其処には黒いマントが座っていた。
「……まさか」
「死神のプルート。魔界の住民相手に困ったら助けてくれるわ。それと、タロットルームのクッキーにはタロットの使い魔が待っててくれるから、基本的に使い魔に従ってね。あ、上に蛇の奥方がドレスを用意してくれているから、着替えてね。それじゃ、二週間ほどよろしく」
 フトゥールは満面の笑みを浮かべ、ヴェールをひるがえすと、関係者専用になっている地下への階段へと進んでいった。
「地下は魔界との連絡通路を兼ねてるんだ。ボクがキミの魂を回収する時にも、あそこを通るんだよ」
 無邪気な声が、不意に彼女を現実に連れ戻す。
 ――後、一ヶ月……。
 不思議と未練は無かった。ただ、良く分からなかった。死ぬとは、どういう事なのか。
「さ、上に行って、蛇のおばさんがドレス作ってくれてるから」
「……え、つ、作った?」
 急激に引き戻された現実は、現実離れしていた。
「そ。あ、でも人間が作るのとは違うから、気にしないで、さ、上行こう」
 席を離れたプルートは明日歌の手を掴み、エレベーターに向かった。
「ちょ、ちょっと、これ本当に動くの?」
「もちろん。中身はちゃんと点検してもらってるから大丈夫ー」
 透明な籠が、鳥籠の中を上へと進む。どうやら、内側の鳥籠は内装だったらしい。
 三階に着き、テーブルのフロアに入ると、テーブルが少しかわされ、一体のトルソーが置かれていた。
「あれが蛇のおばさんのドレス、凄いでしょ?」
 用意されていたのは、丈が少し長めで、深い紫色の、ワンピースよりも少し華やかなドレスだった。
「本当に、あれ、着るの?」
 明日歌はプルートを見遣る。
「嫌? 似合うと思うんだけどなー、ヴェールもあるし」
「べ、ヴェール?」
「うん。フトゥールがいつも被ってるでしょ? キミにも似合うと思うけど?」
 明日歌は改めてドレスを見る。
(あぁ、マジでやるんだな……)
「さ、ブラインド開ける前に着替えて」
 プルートは笑って階段を下りて行った。
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