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害毒

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「早く出しなさいよ! アンタじゃ話にならないのよ! アンタ程度が私と話せるとでも思ってんの?! 私は侯爵令嬢なのよ!! もっと偉い人呼びなさいって言ってんでしょうが!!!
 ああ、もうその顔もムカつく!! ほら早く! 騎士団ならせめて副団長レベルじゃないと話にならないのよ!!!!」

 煩い。元気だろうとは思っていたが、ここまでとは流石に予想外だった。叫ぶだけでは飽き足らず、鉄格子を力任せに蹴りまくっているらしい。響き渡る金属音にも負けない声で叫んでいるのが信じられん、喉が潰れないのが不思議なくらいだ。躁狂茸を食べた熊よりも元気が有り余っているんじゃないかとすら思う。鉄格子越しの尋問しか出来ないという意味が良く分かった。
 ヤツは貴族の邸で二年暮らしていた上に、それ以前もそこそこ不自由の無い暮らしをしていた筈だろうに。何でこんなに平気なんだ?
 ああ、見張りの騎士が窶れた顔をしている。可哀想に。

「お疲れ様。どうだ?」
「ずっとあの調子で、マトモに会話も成立しません」

 もう火曜の夕方に近い時間なんだけど? ヤツらが拘束されたのは昨夜遅く、日付が変わる少し前。それから最低限の食べ物と水を与えられ、ベッドも無い冷たい床に寝るしかない狭くて暗い牢に放り込まれ、騎士が入れ替わり立ち替わり尋問に訪れる。そんな中でこれだけ騒ぎまくっていられたのか? ある意味感心する。

「少し早いが交代するか? 隊長には言っておくぞ」
「大丈夫ですよ……この機会にストレス耐性を上げようかと思っているんです」
「そうか、だが無理するなよ」

 げっそりした顔で言われて心配になるが、流石に限界になる前に助けを求めるだろう。尋問を担当する騎士は比較的 短時間で交代するからまだマシな筈。それに引き換え、見張りは時間いっぱいだから堪らないだろうな。

「このままアンタが居座るんだったら自殺してやる! 責任問題ね、イヤなら今すぐあっち行きなさいよ!!!」

 馬鹿か。こんな害獣が自殺したところで大した騒ぎにもならない。いや、それ程の知能があったことに驚くか。そもそも、お前が自ら命を絶つ筈ないだろう。


「お疲れ」
「殿下、お運び戴きありがとうございます。私は先程交代したばかりで疲れてはおりませんが、誰に対してもこの調子でして」

 諦めてこちらにやって来た騎士を労うと苦笑しながら返答された。すぐに交代したお陰か見張りとは比べものにならない程に顔色が良い。頑丈な鉄格子に阻まれ直接触れ合うことは無いが、阿婆擦れの性別に合わせ女性騎士が尋問を担当している。恐らくそれも気に入らないんだろうな。
 今回は動かざる証拠が揃っているので被疑者の供述なんて必要無い。こうやって尋問しているのはお前らのためだと何故分からないのか? この時点で素直に話していれば良かったのに。

「これ以上続けても無意味だろう、ヤツを呼んで来てくれ」
「承知しました」

 明らかにほっとした様子の騎士を下がらせ、騒音の発生源に向かう。こんな生きる公害を放置しては善良な騎士たちが心配だ、早く何とかしないと。
 騎士の苦痛がどんなものだったか知るために相手から見えない位置に暫く逗まり騒音を聞いていた。この有害物質をどうやって廃棄したら良いのだろうな。と言うか一周回って気の毒になるな、頭の中身が。見張りの精神が心配だから少し静かにさせるか。

「静かにしろ」
「オリアンダー様! 良かった、聞いて下さいよ」

 俺が姿を現した途端、嬉しそうに笑いかける愚物。正直言って気持ち悪いんだが。そして予想通りの名前呼び。コイツの頭には何が詰まっているのか想像もつかない。

「黙れ」

 戦場じゃあるまいし、品の無い大声は出したくないので殺気を放ちながら命令すると黙った。おお、凄いな。理性が無くとも、いや、だからこそ動物としての勘は働くのか。

「学園で言ったのをもう忘れたのか。あれから二月しか経っていないぞ。覚えていられる頭の持ち主とも思わなかったが予想通りだな。許可無く俺の名を呼ぶな、常識だろう」

 それが無いから今こんな所に入れられているんだが、この淫売にそれが理解できるか甚だ疑問だ。

「っ、それは謝ります。でもおかしいでしょう? 何で私が一般牢なんですか? それに一体私が何をしたと言うんです?!」

 最初はまだ静かに話していたが、最後はやはり叫びだした。これに付き合わされる騎士が気の毒すぎる。

「ジャーク、バスタード、スニーキー」
「っ!」

 お前が依頼したヤツらだ、忘れたとは言わせないぞ。

「そっ、それが?」
「この状況でまだしらを切るつもりか、心臓に毛どころか針金が生えているようだな」

 でも目が泳ぎまくっているから然程ではないのか? それとも図太くはあるが取り繕う知能が無いだけかな。

「殿下、お待たせしました」
「いや、こちらこそご苦労だった」

 俺の傍に来て挨拶する騎士の顔を見た阿婆擦れが目を見開く。

「あっ、アンタ……!」
「どうも~スニーキーで~す。当然ながら偽名だけど」
「だから私の誘いに乗らなかったのね!」
「そもそも俺、見た目も言動もガキのアンタに食指が動くような変態じゃないんで。病気も怖いし」

 スニーキーはれっきとした騎士だが二年前から身元を隠して裏組織に潜入していた。この男、強面ではあるが非常に整った容貌をしている。騎士だから体格も良い。危険な魅力を放つ男に惹かれる女性は多いだろう。職務が無くとも、わざわざこんなゲテモノを相手する必要なんて無い。
 それにしてもやっぱりこの淫乱は幼い。母親のガーナーリアは顔立ちはそっくりだが、学生時代でもさほど幼く見えなかったと聞く。受けた教育の差か。


 全くもって堅気には見えない新人騎士がいる。初めてスニーキーを見た時の俺の感想だ。裏組織の人間より遥かにそれらしい外見の持ち主。身体能力も突出して高く、弱点らしきものは見受けられない。
 折良く団長が潜入捜査を考えていたので提案すると、それが採用された。入団したての新人なので本業がバレる危険性の低さも好都合で、問題と言えば経験値の低さ。だが頭の回転も早く度胸もある。しっかり訓練してからなら大丈夫だろうと踏み切った。
 命がけの任務なので下準備に一年以上かけ万全を期したお陰もあり、結果は大成功。今回の件に関わった組織を丸ごと潰せる見込みだ。無事に生還したスニーキーは今後、本名で彼本来の職場に戻る。だが念のため今回の被疑者たちと会う際は今まで通りスニーキーとして対面するが。


「お前の知能で理解できるか分からんが、打ち合わせの時からスニーキー以外の騎士も複数、その場で取り引きを目撃し記録している。言い逃れできると思うな」

 証拠がしっかり揃い過ぎて、本当は尻軽母娘の供述なんか必要無い。でも所定の手続きは必要だから。俺自身も関わってしまったし、最後まで付き合うつもりだ。こんな害毒は きっちり排除して後顧の憂いを断たねば。

「あと、お前の扱いは何もおかしくない。平民は一般牢と決まっている」
「平民?! 私は侯爵令嬢で……」

 あー、まあ勘違いしてるだろうなとは思っていた。少し調べれば分かるだろうに。

「ドープ・コンフィデント侯爵とその妻ガーナーリアは内縁関係だ。慣行に従い夜会などでは夫婦として扱われるが、法的には他人だぞ」
「そんなっ! で、でも私は、お父様の娘で……」
「お前も侯爵家の籍には入っていない。残念だったな」

 学園でも不便が無いようにコンフィデントを名乗らせていただけで、名簿ではシフィリス・コンフィデント(仮)になっている。それを確認した際は流石に笑いを堪えきれなかった。
 因みに母方の祖父であるモデスト男爵とは既に縁を切ってしまっている。男爵ではなく、シフィリスの母のガーナーリアが。コンフィデント家に入る際、財政難の実家から助けを求められたら面倒だという酷い理由で。お陰で母娘揃って平民だ。

 そもそも本当にドープの子かも怪しい。コイツの目や髪の色は母方の祖父であるモデスト男爵の色そのもので、顔立ちは母であるガーナーリアをそのまま若返らせたかのように似ている。コイツの容姿には母方の特徴しか表れていない。ガーナーリアは生まれた娘を見た瞬間、快哉を叫んだだろう。
 確実に血縁の有無を鑑定する方法があれば良いが、残念ながらそんな物は無い。血を引く者には必ず表れる何らかの特徴を持つ家系も幾つかある。でもそんなのは稀だ。コンフィデント家の場合、赤髪と緑の目を持つ者が生まれやすいけれど絶対ではない。前侯爵は金髪碧眼だったが、その父に瓜二つだったのであらぬ疑いをかけられずに済んだと聞く。
 コイツはこの姿で生まれたという、ただそれだけで自分の母を大いに助けていた。

「それとお前が巻き込んだソウトレス子爵の娘も父親が即座に一族から追放したのでめでたく平民だ」

 コイツはスニーキーたちと接触する際、取り巻きその二を連れて行ったことが複数回ある。大方、如何にもモテそうなスニーキーたちと度々会っていることを見せびらかしたかったのだろう。全く相手にされていないのなら自慢にもならないがな。取り巻きの前では流石に依頼内容は語っていないが、尻軽が金を渡す現場を見て通報もせずに放置していた。父が放逐するのは当然だろう。
 比較的マシだった取り巻きその一は既に付き合いをやめていたので破滅は免れたが、コイツとつるんでいた過去が付き纏う筈だ。騙されやすい自分を恨むんだな。

「残念だったな、スニーキーが来るまでの間に自供していれば少しは量刑もマシになっただろうに。
 平民が次期侯爵を襲う計画を立てたんだ、裁きの日を覚悟して待て」

 先程より大きな声で叫ぶ罪人に鎮静剤を投与する指示を出してから外に出た。
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