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西遷の章

タギシミミ

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深いため息をついたアラカワトベは、イワレヒコをじっと見つめたあと、視線をイリヒコに移した。

「今回は、我が孫娘を助けていただいたし、姉の遺言もありますから、お助けしましょう。しかし、貴方達の顔を見て暮らすわけには行きません。姉の三人の娘達が復讐を考えないとも限りません。一刻も早くこの村を出てください。」

と、アラカワトベは言った。そして筑紫島に行けるほどの船は用意できないが、淡路に小人数を渡すくらいの船なら用意できる。その準備ができ次第に出て行ってくれとイワレヒコは言い渡された。準備には数日かかるそうだ。

翌日、イワレヒコはイツセの眠る竈山に祈りを奉げに行くと言い出した。悔恨の情が湧いたのだ。イリヒコらと殆どの兵を荒川村に残し、数名の兵を従えて潮見峠までやってきた時、賊が現れた。

地理に不案内なイワレヒコ一行はあっというまに散り散りに追い散らされ、討ち取られ、また囲まれた。一人の男が、イワレヒコの前に立ちはだかった。

「お前がイワレヒコか!」

「何者だ?」

と、イワレヒコは問いただした。賊の頭らしい男は筑紫造りと思われる鎧を纏っている。

「この鎧に見覚えはないか!」

と言われイワレヒコは頭の着ている鎧を見つめた。ぼろぼろになっているが、兄イツセが着こんでいた鎧に良く似ている。

「もしや?」

「気が付かれたか?」

「兄の、、、イツセの孫なのか?」

「そうだ、私はウガベの子、タギシだ。」

「タギシという名か」

イワレヒコは襲われ、刃を突きつけられてる状態にも関わらず、名を噛み締めるよう、微笑みながらうなづいた。

タギシは、そんな様子に戸惑いの表情を浮かべながら続けた。

「祖父イツセの無念を晴らさせていただく。」

と、持っていた矛を構えた。

「今朝一番で河内のアカガネ様から連絡を受けたところだ。大和大物主様からのご命令でイワレヒコ、イリヒコを捕縛せよというな。だが我らにはイワレヒコに恨みがある。」

「・・・・・・・・」

イワレヒコは、死を覚悟した。その前にイツセの眠る竈山に参らせて欲しいとだけ言った。タギシもそれを了承した。二人は竈山に祈りを奉げ、イツセの鎮魂を願った。

いよいよ、イワレヒコは処刑される。タギシは、自らイワレヒコを殺すと言い、祖父イツセの得物と伝えられる「カカスの大矛」を握り締めた。イツセが大和の国に無事に入れるように願を掛けて筑紫の職人に作らせた矛だ。タギシはイワレヒコの正面にたち、カカスの大矛を構える。

「大叔父イワレヒコよ。1つ聞きたいことがある。」

「何だ。」

「お前は祖父を見殺してまで大和に入り、大物主のお気に入りとなったそうじゃないか、それがどうして追われる身になったのだ。」

「その矛の持ち主、我が兄イツセの意思が乗り移ったのかもしれん。」

「どういうことだ?」

「兄は、大和の国を獲るために、私の婚姻話に乗じて筑紫島を出たのだ。あのまま筑紫にいては我々兄弟は日の目を見ることはなかっただろうからな。しかし、私は恐ろしかったのだ。婿として入って国を奪う?そんな事ができるはずもない。」

「祖父イツセに反対だったと?」

「そうだ。日向から散々な目に会い続けた私は王だのなんだのもうどうでも良くなっていた。だから大和に辿り着いた後もイツセを探すことはしなかった。大和入して数年たってもイツセの噂を聞かない。それに私にも息子が生まれ家族ができた。」

「怪我を負った兄を見捨てたのだな」

「そうだ。忘れてしまっていた。兄の事も、日向のことも、、、」

「、、、」

「大物主を倒して大和の国を奪うというのは、兄イツセの当初の宿願だった。しかし私は、大物主に気に入られ、大和の国を奪うなんて野望は捨ててしまい、長い年月を過ごした。だが、我が一族はミマキイリヒコという傑物を得てしまったのだ。イリヒコは天之日矛の一員だった。なんという縁だろうか。矛が私の手に入ってしまったのだ。忘れたはずの矛が。。。。。。」

「イリヒコ?」

「そうだ。あの男は矛の切っ先の鋭く、且つ、剣よりも逞しい力を持っている。あいつは、我が義息子は私にとっては、イツセにとってのカカスの矛のようなものだよ。結果として国盗りは失敗してしまったがな。」

「国盗りだと!」

「そうだ、大物主になるはずだった出雲のタカヒコを殺し、その座にイリヒコを就けるという夢を見てしまったのだ。」

「なんという。。。。。」

タギシは矛を下ろした。

「どうした。ワシを殺すのではなかったのか?」

「凄いよ。あんたは。」

「うむ?」

「結局、あんたは祖父イツセの夢を継ごうとした。」

「偶然に過ぎない。イツセのことなど、ワシは忘れておった。」

「殺すのは止めた。」

「何?」

「殺しはしない。だがあんた達を大和、大物主に突き出してやることにした。」

タギシはカカスの大矛を見事な矛さばきで操り、そして最後にイワレヒコではなく、上を向いて空を切った。
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