大陰史記〜出雲国譲りの真相〜

桜小径

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大和の章

ヤタガラス

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タカヒコ、タカマヒコが眠りについた頃、一人の男が三輪山の砦に身体を引きずりながら歩いていた。

「くそっ!!!なんだあの化け物は」

ヤタは、一人で三輪山への真っ暗な夜道を木の枝を杖代わりにして歩いていた。がけ下に落とされたショックで今まで気絶していたのである。右足の甲が落ちた衝撃で折れているようだし、胸から背中も歩くたびに激しく痛む。おそらく肋骨も数本は折れているだろう。

タカヒコの命を取ったと思った瞬間後ろから槍の柄でしこたま殴られたところまでは覚えている。熊のような大きな化け物だった。目前にした手柄を失った挙句、大怪我までさせられたのだ。ブツブツと愚痴を言いながら、時折、痛みによって「げっ」とか「うげっ」という声を上げて杖を突きながら歩くその姿はまるで、夜道を3本足の巨大なカラスが歩いているようだ。

しばらく歩いていると三輪山の麓に設けられた砦の厩に辿り付いた。そこで助けてもらおうと思い立ち、痛む足を引きずりながら、番人がいるはずの厩の建物に入り込んだ。おかしい。。厩だというのに馬が一匹もいない上に、人の気配もしない。

「おおい。誰かいないか?」

返事は無い。それでももう一度暗闇に向かって声をかけた。

「おおい、誰かいないか?俺は三輪山の兵のヤタだ。怪我をしている。誰かいたら助けてくれないか?」

そのとき、建物の奥から人の気配がしてきた。ヤタはもういちど声をかけると、奥から兵が出てきた。

「ヤタ!生きてたのか!」

兵は、ヤタとともにタカヒコを捜索していた兵の一人だった。兵はミナカタと遭遇したあと、いったん三輪山に戻り事の顛末を見届けた後、逃げ出してきてここに隠れていたのだった。ヤタは男からたった半日に形勢が入れ替わったことを聞かされ驚いた。

「さて、これからどうするか?」

と、ヤタは独り言のように呟いた。

「そりゃ、明日の朝一番でここから逃げるほかあるまい。」

と兵は答えたが、ヤタは何か恨み骨髄に思ってる化け物・タケミナカタに一泡吹かせようと考えているらしく黙り込んだ。

「おい、コヤネ様と橿原のイリヒコ様はどうなった?」

「ああ、麓の政庁に閉じ込められたようだよ。」

「政庁か。。。あそこならしのび込めるなぁ」

ヤタは、イリヒコらに恩を売って取り入ることを考え付いたのだ。闇夜にまぎれイリヒコらを逃がす。夜目の聞くヤタなら、八千矛軍さえ眠りにつけば逃がすことは可能だ。大和川の入口のイワレヒコのところまで案内すれば、恩賞に有り付けるだろうし、何より憎いミナカタとタカヒコに一泡ふかせることができる。一石二鳥だ。ヤタは兵達に三輪山に舞い戻りイリヒコらの逃亡劇を手伝うように説得した。闇夜のヤタガラスの真骨頂だ。

それから数時間後のことである。真夜中の政庁の前では、八千矛軍のうちの何人かが、野営のように屯していた。そこへ、松明を片手に下ーした女を先頭に、数人の男女が車を引いてやってきた。

「こら!こんな夜中に何をしている?」

八千矛の一人が女を恫喝する。

「へえ。私はこの三輪山の里の女です。昨日の夜から戦があるというのでとなりの磯城の里へ避難しておりましたが、今夜になって落着いたとききまして、戻って参りました。」

「こんな、真夜中にか?」

「はい。磯城の里で良いお酒が手に入りましたので、夜明けに大物主さまに献上に上がろうと思いまして。」

「酒?」

「はい、これにございます。」

と、女は自分の後ろに並んでいる八つの樽を指差した。

「海石榴の大市で手に入れた極上のお酒です。沢山ありますので、兵の皆様もいかがですか?何でしたら私達がお酌させていただきますが。。。」

「ごくっ。。。」

八千矛の兵は、思わず生唾を飲み込んだ。八千矛軍にしても越からの強行軍でやってきた。敵も追い散らしたし、夜は静かである。女と酒の誘惑に転びそうである。

「八つも樽がございます。ぜひ皆さんでお楽しみください。大物主さまに献上するのは二つだけですから残りの六つの樽をぜひお上がりください。」

「しかしなぁ」

「あら?もう不穏な輩は追い出したのでございましょう?」

「まあ、それはそうなんだが・・・。」

「だったらいいじゃないですか。私達もお強い男の方にぜひお近づきになりたいものです。」

ついに、誘惑に負けた八千矛の面々は樽の行列を通してしまった。そして、女と酒を酌み交わし、警備のことなど失念している。頃合を見計らった女は八千矛に頼み込んだ。

「この二つの樽は、大物主さまへの献上品なので、今のうちに上にもって上がらせてもらいますね。呑んでしまったら大事ですからね。」

と、女は八つの樽のうち二つを政庁の方へと一緒に樽を運んできた男たちに運ばせた。突然のように宴が始まる。八千矛軍の面々は誰もが酒豪である。体を温めるくらいの酒なら問題無かろうと、責任者として政庁にいたイセツヒコも飲酒を許可したのである。宴の声は深夜の三輪の里に響き渡った。
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