大陰史記〜出雲国譲りの真相〜

桜小径

文字の大きさ
上 下
87 / 179
大和の章

オオモノヌシ 四十七

しおりを挟む

騎馬の大男は、馬に跨ったまま叫ぶ。

「答えぬか!」

辺りを睥睨し、一番目立つ衝車に乗ったイリヒコに目をつけ、右手で持っていた槍の穂先で指名した。兜をかぶっているので大男の顔ははっきりと見えないがイリヒコは射ぬくような視線に恐怖を感じた。どこかで感じたような恐怖だ。だが、イリヒコには思い出せない。

「そこの男、お主が下におったタワケ者の大将か、何者だ!名を名乗れ!!何ゆえ我が行く手を阻むのだ!!」

大男は、尊大な態度でイリヒコに名を問うた。大男の跨っている巨馬は穴師山の厩につないであった大陸馬の種による駿馬に違いない。イリヒコもあの馬が欲しくて所望したことがあったのだが、試し乗りをすると振るい落とされてしまい、諦めたほど気性の荒い馬だ。余りにも気性が激しいので乗り手が見つからなかったため、厩に繋ぎっぱなしになっていたのだ。

その馬を大男はいとも簡単に乗りこなしている。それだけでイリヒコにもこの馬上の大男が只者ではないことが解かった。イリヒコがコヤネの方を向くとコヤネは俯いて振るえている。

「どうしたのだコヤネ殿?」

返事はない。コヤネは男の正体を知っているのだ。イリヒコは大男の正体がわからないが嫌な予感はずっと続いている。それどころか男が近づいてくるたびにその予感は肌を刺激し、鳥肌があわのように全身を包む。握り締めた手の中には汗が滲んでいる。恐怖なのか?それとも畏れなのか?イリヒコの本能は、イリヒコの脳髄に危険信号を送っている。

イリヒコは返事をしないコヤネに小声でもう一度聞いた。

「コヤネ殿、あの男は誰なのです?」

「あっあれは。。。ひっ!」

大男の顔を見ながら答えようとしたコヤネは、大男と直接に目を合わせてしまったらしく答えを中断し再び俯いてしまった。

「どうした!名は何と申す!!」

痺れをきらした大男は衝車の近くまで馬を走らせた。整列していた兵は大男から発せられるオーラの圧力に精神的に屈っしてしまい思わず道を開けてしまった。

「三輪山に兵を充満させる不届き者は名も名乗られんほどのばか者なのか!それとも、三輪山の麓を制圧しただけで大和の王でも気取っておるのか?」

と、衝車の真正面に騎馬のままやってきた大男の大声が辺りに木霊する。大男はゆっくりと兜を脱いだ。兵はピクリともしないでその様子を見ているしかなかった。イリヒコの目が正面にたった大男の目とあった瞬間、イリヒコの脳髄は何時か何処かで感じたような、得体のしれなかい恐怖の原因の全てを思いだし、理解した。

「くそ!何をしている!!この男を討つのだ!!全員でかかれ!!!」

イリヒコの号令に真っ先に反応したのは、橿原の兵ではなく大男と彼の部下の騎馬達だった。橿原兵が動くより速く騎馬の男達は橿原兵を次ぎから次ぎへと馬上からの槍攻撃で、薙ぎ伏せ、そして突き倒す。

ありの行列を踏み潰すが如くの有様である。戦闘に巻き込まれなかった橿原勢はその勢いに気おされ、イリヒコの乗る衝車のまわりの兵以以外は殆どが逃げ出してしまった。

大男が

「止めい!」

と一喝すると騎馬軍の攻撃がピタリと止む。橿原の兵達よりかなり訓練されているようだ。

その衝車と大男の間を遮っていた兵は全て蹴散らされている。大男が衝車の直前までゆっくりと馬を進めてきた。その大男の前に衝車のうえのイリヒコとコヤネを守るように大男が立ちふさがる。ミカヅチだ。イリヒコはミカヅチならあの大男を止められるのではないかと期待した。

「我は、常陸の国のタケミカヅチなり。お手合わせを所望致す。」

「ふんっ」

大男は馬に跨ったまま、ミカヅチの態度を鼻で笑い。ゆっくりと槍をミカヅチに近づけた。ミカヅチはその槍を両手でしっかと掴み、力任せに引っ張る。

最初は余裕の態度だった大男は、ミカヅチの怪力に慌てる。ミカヅチが尚も力をこめて槍を引っ張ると大男は、馬上でバランスを崩し、槍から手を放し、慌てて馬から飛び降りた。

「ほう、なかなかの強者がいるものだ」

と、大男は嘯くように呟いた。

「よし、良いだろう。相手をしてやる。」 

と、言った大男は部下の騎馬達に「手出し無用」と伝え、懐剣を握り中段に構えた。剣は出雲造りの鉄剣のようだ。鞘にも見事なヒスイの装飾が施してある。

ミカヅチもゆっくりと剣を構えた。お互い隙を探っているのか微動だにしない。

その時、コヤネが手配していた毒矢が大男に向けて放たれた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

水野勝成 居候報恩記

尾方佐羽
歴史・時代
⭐タイトルを替えました。 ⭐『福山ご城下開端の記』もよろしくお願いします。 ⭐福山城さま令和の大普請、完成おめでとうございます。 ⭐2020年1月21日、5月4日に福山市の『福山城築城400年』Facebookでご紹介いただきました。https://m.facebook.com/fukuyama400/ 備後福山藩初代藩主、水野勝成が若い頃放浪を重ねたあと、備中(現在の岡山県)の片隅で居候をすることになるお話です。一番鑓しかしたくない、天下無双の暴れ者が、備中の片隅で居候した末に見つけたものは何だったのでしょうか。 →本編は完結、関連の話題を適宜更新。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

処理中です...