大陰史記〜出雲国譲りの真相〜

桜小径

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大和の章

オオモノヌシ 四十七

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騎馬の大男は、馬に跨ったまま叫ぶ。

「答えぬか!」

辺りを睥睨し、一番目立つ衝車に乗ったイリヒコに目をつけ、右手で持っていた槍の穂先で指名した。兜をかぶっているので大男の顔ははっきりと見えないがイリヒコは射ぬくような視線に恐怖を感じた。どこかで感じたような恐怖だ。だが、イリヒコには思い出せない。

「そこの男、お主が下におったタワケ者の大将か、何者だ!名を名乗れ!!何ゆえ我が行く手を阻むのだ!!」

大男は、尊大な態度でイリヒコに名を問うた。大男の跨っている巨馬は穴師山の厩につないであった大陸馬の種による駿馬に違いない。イリヒコもあの馬が欲しくて所望したことがあったのだが、試し乗りをすると振るい落とされてしまい、諦めたほど気性の荒い馬だ。余りにも気性が激しいので乗り手が見つからなかったため、厩に繋ぎっぱなしになっていたのだ。

その馬を大男はいとも簡単に乗りこなしている。それだけでイリヒコにもこの馬上の大男が只者ではないことが解かった。イリヒコがコヤネの方を向くとコヤネは俯いて振るえている。

「どうしたのだコヤネ殿?」

返事はない。コヤネは男の正体を知っているのだ。イリヒコは大男の正体がわからないが嫌な予感はずっと続いている。それどころか男が近づいてくるたびにその予感は肌を刺激し、鳥肌があわのように全身を包む。握り締めた手の中には汗が滲んでいる。恐怖なのか?それとも畏れなのか?イリヒコの本能は、イリヒコの脳髄に危険信号を送っている。

イリヒコは返事をしないコヤネに小声でもう一度聞いた。

「コヤネ殿、あの男は誰なのです?」

「あっあれは。。。ひっ!」

大男の顔を見ながら答えようとしたコヤネは、大男と直接に目を合わせてしまったらしく答えを中断し再び俯いてしまった。

「どうした!名は何と申す!!」

痺れをきらした大男は衝車の近くまで馬を走らせた。整列していた兵は大男から発せられるオーラの圧力に精神的に屈っしてしまい思わず道を開けてしまった。

「三輪山に兵を充満させる不届き者は名も名乗られんほどのばか者なのか!それとも、三輪山の麓を制圧しただけで大和の王でも気取っておるのか?」

と、衝車の真正面に騎馬のままやってきた大男の大声が辺りに木霊する。大男はゆっくりと兜を脱いだ。兵はピクリともしないでその様子を見ているしかなかった。イリヒコの目が正面にたった大男の目とあった瞬間、イリヒコの脳髄は何時か何処かで感じたような、得体のしれなかい恐怖の原因の全てを思いだし、理解した。

「くそ!何をしている!!この男を討つのだ!!全員でかかれ!!!」

イリヒコの号令に真っ先に反応したのは、橿原の兵ではなく大男と彼の部下の騎馬達だった。橿原兵が動くより速く騎馬の男達は橿原兵を次ぎから次ぎへと馬上からの槍攻撃で、薙ぎ伏せ、そして突き倒す。

ありの行列を踏み潰すが如くの有様である。戦闘に巻き込まれなかった橿原勢はその勢いに気おされ、イリヒコの乗る衝車のまわりの兵以以外は殆どが逃げ出してしまった。

大男が

「止めい!」

と一喝すると騎馬軍の攻撃がピタリと止む。橿原の兵達よりかなり訓練されているようだ。

その衝車と大男の間を遮っていた兵は全て蹴散らされている。大男が衝車の直前までゆっくりと馬を進めてきた。その大男の前に衝車のうえのイリヒコとコヤネを守るように大男が立ちふさがる。ミカヅチだ。イリヒコはミカヅチならあの大男を止められるのではないかと期待した。

「我は、常陸の国のタケミカヅチなり。お手合わせを所望致す。」

「ふんっ」

大男は馬に跨ったまま、ミカヅチの態度を鼻で笑い。ゆっくりと槍をミカヅチに近づけた。ミカヅチはその槍を両手でしっかと掴み、力任せに引っ張る。

最初は余裕の態度だった大男は、ミカヅチの怪力に慌てる。ミカヅチが尚も力をこめて槍を引っ張ると大男は、馬上でバランスを崩し、槍から手を放し、慌てて馬から飛び降りた。

「ほう、なかなかの強者がいるものだ」

と、大男は嘯くように呟いた。

「よし、良いだろう。相手をしてやる。」 

と、言った大男は部下の騎馬達に「手出し無用」と伝え、懐剣を握り中段に構えた。剣は出雲造りの鉄剣のようだ。鞘にも見事なヒスイの装飾が施してある。

ミカヅチもゆっくりと剣を構えた。お互い隙を探っているのか微動だにしない。

その時、コヤネが手配していた毒矢が大男に向けて放たれた。
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