86 / 179
大和の章
オオモノヌシ 四十六
しおりを挟む「よし、これで大丈夫でしょう。タカヒコに話しかけられ、術が解ける事だけが怖かったのですが、タカヒコにはその余裕も残ってはおりますまい。」
コヤネがイリヒコに話しかけた。イリヒコも安堵の表情を浮かべる。一撃、ニ撃とミカヅチの鋭い剣先はタカヒコの体を掠めるが、タカヒコの剣技もなかなかのものである。
体の奥底にまでしみ込んだ動きは、本能的に剣先をかわしつづける。しかし、攻撃を仕掛けることもできない。このままでは、ミカヅチの剣に真っ二つにされるのも時間の問題だ。タカヒコの脚がよろめく。ミカヅチは剣を上段に構えタカヒコの頭上に振り下ろした。
「ガキン」
と鈍い音が響く。間一髪タカヒコは金鵄の剣で受けとめた。しかしミカヅチの一撃は重すぎた。どうやら左の肩が抜けてしまったようだ。
さらにミカヅチは留目とばかりに大きく振りかぶった。そしてそのままもう一度振り下ろす。タカヒコは剣を捨てて転がって逃げた。
ミカヅチの剣が空を切り、地面に突き刺さった。その音を聞いた瞬間にタカヒコの精神力はついに途切れてしまい、そのまま気を失ってしまった。
「まずい!」
タニグク達は色めき立つが縛られているので身動きがとれない。
「タカヒコ様!」
トミビコも声を出すしかできない。
その様子に視線を送ったミカヅチは、大剣を握り直し、大上段に構えた。
「さあ、留めをさそう。」
その時、イリヒコ軍の後背から叫び声が連続して起こった。ミカヅチも異変に気がつき、コヤネの方を振りかえる。
どうやらタケヒ率いる殿軍が動いたらしい。喚声は少しづつ近づいてくる。伝令らしき兵が叫びながら到着した。
「何ごとだ!」
イリヒコは周囲にいた兵達に尋ねた。そこへ麓からの伝令が届いた。
「タケヒ様が討ち死にしました。」
「討ち死に?」
イリヒコは怪訝そうに呟いた。直後にもう一人の伝令が上がってきた。橿原の見知った者だった。伝令はイリヒコを見つけると彼に縋りつき訴えた。
「殿軍は壊滅しそうです。ご指示を。」
「なっ何だと!!!何があった??」
「麓の砦に突如あらわれた数騎を率いた男が現れ、タケヒ様が問答に出られ追い返そうとしたのですが、いきなり一刀両断にされました。」
「何者だ!」
「解かりません。タカヒコを出せと叫んでおるのですが。。。」
イリヒコの全身を何時か何処かで感じたような嫌な予感が走り抜ける。伝令のもたらした衝撃のせいでタカヒコとミカヅチとの対決は忘れさられてしまった。
トミビコ、タニグクらも括られたまま放置されている。その隙に乗じて宮の中からトミビコらの救出のためか、オオナンジら数人が出てきたが、イリヒコ達は誰もそれに気づいていない。
ミカヅチも気絶したらしいタカヒコのことを無視して、コヤネの側までもどってきた。
「父上、何が、起こったのですか?」
コヤネはミカヅチの問いかけも耳に入ってるのかどうかわからない様子だ。
「まさか・・・。」
といって、コヤネは息を呑んだ。続く言葉を出してしまうと、それが現実になって目の前の情景を一変させてしまうような恐怖にとらわれたのだ。
両首脳が沈黙しているうちに得体の知れない騎馬軍団は、イリヒコらの隊列の最後尾に襲いかかったようだ。橿原の兵達を「阿鼻叫喚の世界」に巻き込む悪神がすぐそこまで来ている。そんな気がした。
「全軍、麓からの攻撃に備えよ!!」
イリヒコは号令を出す。宮前に集合していた兵は全員がその場を離れ、イリヒコの戦車を囲み、弓兵も麓からの上り口に照準を合わせ弓を構える。
その途端、山道を駆け上がってきた数騎の騎馬が怒涛のように押し寄せた。山道の途上に配していた兵はすべて蹴散らされたようだ。
怒涛の勢いで走ってくる数騎の姿がイリヒコ達の目に入った。
「射て」
というイリヒコの号令により矢が一斉に放たれる。が、騎馬軍団の面々はその矢を、羽虫を追うが如くいとも簡単に打ち落とし、何事もなかったかのようにイリヒコの正面に馬をつけた。
騎馬の男たちは馬上から整列している橿原の兵を目で威圧した。先頭に立つ巨馬に跨った熊のような大男が戦車の方を向いた。
コヤネが言葉に出さなくても、紛れもない恐怖の現実が目の前に表れてしまったのだ。
男は馬の手綱を握ったまま、イリヒコそしてコヤネに向かい大声で問いかけた。
「何だ、お前らは、何故に我が道を塞ぐ!!」
男は傍若無人な態度で周囲を恫喝し、この場を威圧してしまった。
6
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説




if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

帝国夜襲艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1921年。すべての始まりはこの会議だった。伏見宮博恭王軍事参議官が将来の日本海軍は夜襲を基本戦術とすべきであるという結論を出したのだ。ここを起点に日本海軍は徐々に変革していく…。
今回もいつものようにこんなことがあれば良いなぁと思いながら書いています。皆さまに楽しくお読みいただければ幸いです!

戦争はただ冷酷に
航空戦艦信濃
歴史・時代
1900年代、日露戦争の英雄達によって帝国陸海軍の教育は大きな変革を遂げた。戦術だけでなく戦略的な視点で、すべては偉大なる皇国の為に、徹底的に敵を叩き潰すための教育が行われた。その為なら、武士道を捨てることだって厭わない…
1931年、満州の荒野からこの教育の成果が世界に示される。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)

名残雪に虹を待つ
小林一咲
歴史・時代
「虹は一瞬の美しさとともに消えゆくもの、名残雪は過去の余韻を残しながらもいずれ溶けていくもの」
雪の帳が静かに降り、時代の終わりを告げる。
信州松本藩の老侍・片桐早苗衛門は、幕府の影が薄れゆく中、江戸の喧騒を背に故郷へと踵を返した。
変わりゆく町の姿に、武士の魂が風に溶けるのを聴く。松本の雪深い里にたどり着けば、そこには未亡人となったかつての許嫁、お篠が、過ぎし日の幻のように佇んでいた。
二人は雪の丘に記憶を辿る。幼き日に虹を待ち、夢を語ったあの場所で、お篠の声が静かに響く——「まだあの虹を探しているのか」。早苗衛門は答えを飲み込み、過去と現在が雪片のように交錯する中で、自らの影を見失う。
町では新政府の風が吹き荒れ、藩士たちの誇りが軋む。早苗衛門は若者たちの剣音に耳を傾け、最後の役目を模索する。
やがて、幕府残党狩りの刃が早苗衛門を追い詰める。お篠の庇う手を振り切り、彼は名残雪の丘へ向かう——虹を待ったあの場所へ。
雪がやみ、空に淡い光が差し込むとき、追っ手の足音が近づく。
早苗衛門は剣を手に微笑み、お篠は遠くで呟く——「あなたは、まだ虹を待っていたのですね」
名残雪の中に虹がかすかに輝き、侍の魂は静かに最後の舞を舞った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる