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大和の章
オオモノヌシ 四十五
しおりを挟むコヤネは、既に大和の王になったかのような振るまいを始めたイリヒコに危険を感じている。
ニギハヤヒならこんな馬鹿な真似はしなかったろうと思うと、ここは自分がなんとかしなくてはいけないと考えた。
タカヒコと兵士との戦いを小休止させている間にコヤネは、麓の宿舎に一旦もどった。
万が一を考え、薬で眠っているタケミカヅチを起こし、催眠術をかけたのだ。
ここしばらくのタカヒコとの記憶を全て失わせたのだ。しかし急な思いつきだったので十分に術が効いているのかどうか解からない。
そうこうしている間に時間がすぎ太陽が下りはじめる。日の入りまであと3時間もないだろう。イリヒコもいらだっている。
万が一10人全員が打ち倒されても最後には兵力を以ってタカヒコらを押し殺すつもりではあったが、腕利きの兵10人全員が倒されることなどないと思っていたからだ。
大和の国の王座に手を掛けたという興奮が慎重なはずのイリヒコの判断を少しづつ狂わせている。そこへタケミカヅチを伴いコヤネか戻ってきた。
「さあ、10人目だ・・・・。」
タカヒコは剣を杖代わりにして立つのがやっとの状態である。コヤネか施した術は今のところしっかり効いている。コヤネが確かめたところ、大和入りしてからの記憶を失っているようだ。つまり、ミカヅチはタカヒコと出会い、一度は同心した事を忘れている。
「お待ち下さいませ」
コヤネがイリヒコの前にタケミカヅチとともに立った。
「我が息子、ミカヅチを10人目の相手として推薦したい。」
コヤネは、イリヒコにミカヅチが記憶を失いタカヒコの事を忘れていることを説明した。
イリヒコとしてもナガスネヒコ亡きあと、最強の称号を得ることが見えているミカヅチが10人目で出てくれるのは、在り難い。
しかし、戦いの途中、記憶が戻ったりすれば一大事である。イリヒコは一騎当千、万夫不当とされる兵が醸し出す恐ろしさを、午前中に感じたばかりなのである。ミカヅチが正気に戻り、タカヒコを逃がすことに力を発揮したとしたら・・・。
ここにいる全ての兵の包囲をミカヅチとタカヒコの二人で突き破ることも可能に思えるのだ。
「大丈夫だろうか?コヤネ殿。」
「こんなことになるのが嫌で、お諌めしましたのに・・・・。術が解ければ、猛毒の毒矢でミカヅチを射殺すしかありますまい。我が配下の1番腕の良い弓兵を後ろの大木の上に配置しました。戦うしか能がないとはいえ我が子にこんな仕打ちをするのは忍びないのですが、いたし方ありますまい。ミカヅチが幾ら強いと申しましても、あれも人の子です。熊をも一撃にて撃ち殺す毒矢でいれば一たまりもありますまい。。。。。。」
「うむ。コヤネ殿、私がこの国の王になれたら、クモオシ殿はじめコヤネ殿の一族を優遇させていただこう。」
「お願いいたします。。。」
「ミカヅチ!無事だったのか!!」
対戦相手として目の前に現れたミカヅチに対して、タカヒコは声をかけた。しかし何処か酩酊しているかのようなミカヅチはタカヒコの言葉に無反応だ。ミカヅチはじろっとタカヒコの顔を見まわしてからコヤネの方を振り向いて聞いた。
「父上!この、男を倒せば良いのですか?」
「そうじゃ!大和の国、ひいては我が常陸の国のためこの男を倒すことが、お主に授けられた命令だ!!」
「わかりました。」
恭しく、コヤネの方角を向いて頭を下げたミカヅチは、ゆっくりと手にした剣を振りかざし、タカヒコに向かって言放った。
「私は、常陸の国の王、アメノコヤネの一子、タケミカヅチと申す。名を名乗られよ。」
「何を言っている。私がわからぬのか?ミカヅチよ!」
その言葉を聞いてじっとタカヒコの顔を見るがミカヅチには、タカヒコのことがわからない。それを見ていたコヤネが声をかける。
「誰でも良い、とにかくその男を打ち倒すのだ!!!その男は其方の師、ナガスネヒコ殿を謀殺した男だ。」
その声に反応したかのように、酩酊状態であったミカヅチの目に精気が戻った。
「ナガスネヒコ殿ほど強い方を倒した?ならばその仇を俺がとって見せよう!」
と大剣を振りかざし、タカヒコに斬りかかった。タカヒコの疲労は、極みに達している。肩で息をしながら剣をかわすことで精一杯で、反撃どころかミカヅチに声をかけることさえできない。
ミカヅチは、交わしながら無様に転がり逃げ惑うタカヒコをじわじわと追い詰めていく。空振りしているとはいえ、その振りの強さには躊躇がない。隙を見せると一刀両断される。
タニグクがミカヅチに声を、かける
「どうしてしまったミカヅチ!俺だ播磨から一緒にここまでやってきたタニグクだ。お前の前にいるのは出雲のタカヒコ様だぞ!」
その声は、ミカヅチに届かなかったのか、ミカヅチは更に速度をあげ、タカヒコに襲いかかった。
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