大陰史記〜出雲国譲りの真相〜

桜小径

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大和の章

オオモノヌシ 四十四

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タカヒコの絶叫を、聞いたイリヒコは憐れみの表情を浮かべつつ答えた。

「何を馬鹿なことをおっしゃる。タカヒコ殿。今や貴方の命は私の号令1つでどうとでもなるのだ。試してご覧になりますか?」

と、不敵な笑みを浮かべた。

タカヒコは更に前に出ようとするが、トミビコらがタカヒコを中心に円陣を組んているのだ動けない。加茂のタニグクがタカヒコに耳打ちをした。

「タカヒコ様、落ち着いて下さい。イリヒコのかつて主人、ツヌガアラシトも我らが抑えてているのです。ここを生き残れば策は色々ありましょう。」

そう言われたタカヒコは、はっとした表情を浮かべ頷いた。

イリヒコはその様子を眺めながら、タカヒコたちに向かって矢を一度だけ放つように命令した。

数百の矢がタカヒコたちに向かって発射される。円陣を組んだタカヒコ軍のものたちは矢を叩き落として防いだが到底間に合わない。数人が矢に射られ倒れ込んだ。幸いタカヒコだけは無傷だ。それを確認したイリヒコは弓兵を止める。

「タカヒコ殿は、どうやら武勇に優れてらっしゃるのを誇りにされているようだ。我が軍の精鋭10名と戦ってみませんか?貴方が勝てばお命はお助けしましょう。やりますか?」

傍らで聞いていたコヤネが、イリヒコをコヤネが諌める。

「何を馬鹿な事をおっしゃるのですか、イリヒコ様、今更そんなことをしても無意味でしょう。一刻も早く兵を動かし、タカヒコらをお討ち取りくださいませ。」

「何を慌てている。コヤネ殿。タカヒコの神懸りをここで打ち破っておく必要があるのだ。このまま多勢をもって無勢のタカヒコを押し殺しても、彼の英名は残ってしまう。それは将来の禍根ともなりうるのだ。」

「そうは仰いますが、万が一、我が方の10名が討ち取られてしまっては一層の英名を与えることになりかねません。」

「大丈夫だ。見ろ、奴は既に疲労困憊。そんなことは起こるはずもない。」

「それは、そうですが。。。」

コヤネの反対もむなしく、イリヒコは御前試合よろしくタカヒコと橿原勢の精鋭を戦わせることにした。

コヤネはイリヒコの足らぬところをこの行動で把握した。やはりこの男も武人なのだ。政略家のニギハヤヒや自分とは違う。ニギハヤヒならここで一気に留めを刺した事だろう。勿論、コヤネ自身もそうだ。

一騎討ちを望んだタカヒコとしては、この申し出を断ることはできない。イリヒコは戦いの邪魔をさせないようトミビコ、タニグクたちには縄をかけ動けぬようにするよあ支持した。

播磨合戦以来の仇敵ともいうべきオオナンジを射ぬき、出雲の王子タカヒコの無様な状態に追い込んだイリヒコは、こみ上げてくる喜びに舞い上がっている。

彼はコヤネらに指示を与えつつ自らの人生を思い起こしていた。父母を亡くした幼い少年のころ、父兄として慕っていた半島の新羅出身のツヌガアラシト率いる天之日矛軍の一員として、倭国各地を点々としながらも苦しいけれどそれなりに楽しい時期を過ごしていた。

それが播磨のオオナンジと天之日矛との間に起こった戦によって、イリヒコはその生活基盤を壊されたのだ。

その戦の捕虜として連れて来られた大和の国で橿原のイワレヒコに助けられ青年に成長した。

その武勇と知略を買われイワレヒコの末娘の入り婿として橿原に一族として迎えられ、数日前には橿原勢力の頭首となった。

そして今また大和の国の王たらんとしている自分の境遇を思い起こしていたのだ。彼は少しばかり興奮し舞い上がっている。

やがて、戦いの舞台が設えられた。橿原から10名の兵が選ばれた。タカヒコはこの10名と勝ち抜き戦で戦い勝たなくてはいけない。

「タカヒコ様!」

タニグクやトミビコが不安そうにタカヒコを見つめる。

戦いが始まった。一人、また一人とタカヒコは橿原の兵を打ち倒して行く。

「タカヒコ様はなかなかお強い。だが10人も打ち倒せるだろうか?」

トミビコはタニグクに話しかけた。

「タカヒコ様がいくらお強いとはいえ、真剣勝負でとなると身も心も削られるだろう。」

タニグクの不安の通りに5人を打ち倒したあとから目に見えてタカヒコの動きが鈍くなっている。

「ええい!また負けたか!」

口調はキツイがイリヒコは、まだまだ余裕である。タカヒコは既に鎧兜の重みさえ苦痛に感じるほど疲れが表に出ている。

タカヒコは鎧兜を脱ぎたいとイリヒコに申し出た。

「鎧兜を取ると、動きは楽にはなるであろうが、一撃で終わりになるやも知れぬぞ」

トミビコが心配そうに呟いた。その心配を吹き飛ばすように、動きが軽やかになったタカヒコは三名の兵をあっという間に倒した。

コヤネはその強さを眼前にして不安が更に募ってきた。

「イリヒコ様、タカヒコ殿の相手を東国勢最強の男にお任せくだされ」

と、イリヒコに進言した。イリヒコもさすがに八名の強者が敗れるにいたり不安を感じ始めていた。

「最強?それは心強い。用意をさせろ」

コヤネは、その男を連れて来るといい、麓に降りることになった。コヤネがその男を連れて戻るまで勝ち抜き戦は小休止となった。





既に8名の兵を倒したがもう疲労は極限状態である。兵達は時ならぬ勝ちぬき試合の開催にすっかり気分が緩み始めた。
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