81 / 179
大和の章
オオモノヌシ 四十一
しおりを挟む橿原勢先頭の楯の集団が同じリズムを維持しながら一歩一歩、じわじわと広場の中ほどまで進む。1歩、また1歩と射程距離に近づいてくる。タカヒコが号令をかけた。
「射て!」
10名の弓兵が一斉に射撃する。そのほとんどが橿原勢の楯に阻まれた。タカヒコが迎撃に出てきたことを知ったイリヒコは中軍から離れ先頭集団に合流してきた。イリヒコは相手の弓兵の攻撃が薄いことを知っていたので楯兵の間から、強弓兵を前に出した。
橿原勢の強弓勢が矢を番え、弦を引き絞り始めたとき、タカヒコが号令を下す。
「ヤマタノオロチを前へ!」
弓兵が引っ込みそこへ「ヤマタノオロチ」が登場した。
「なっなんだあれは!!!」
「だっ大蛇だ!!!!」
橿原勢はヤマタノオロチの異様さに驚き戦列が乱れ、弓を引き絞る手も緩んだ。三輪山の神の化身は蛇の姿をしているというのは大和の民にとっては常識である。それを目の前にした兵達はコヤネから受けたこの戦いの意味する話が頭から消え失せ、ただ畏れた。
「何をしている!!射て!!あんなものは作り物だ!!!」
イリヒコが号令をかけるが兵列はすぐには立て直せない。それを遠目でみていたタカヒコがヤマタノオロチに号令をかけた。
「さあ!ヤマタノオロチよ!奴らを吹き飛ばすのだ!!」
オロチの口から、長槍が発射される。八本の長槍はものすごいスピードで、橿原勢の正面へと突き刺さった。
並んでいた数10名の兵が槍に貫かれ、吹き飛ばされる。逃げ惑う兵たちの混乱は極みに達した。イリヒコの眼前に並んでいた楯兵も弓兵も、あるものは突き抜かれ、あるものは逃げ惑い、陣形は総崩れになってしまった。
戦闘意欲を維持しているらしい兵はイリヒコの周囲を守っている数名だけのようだ。
「今だ!」
タカヒコは、ヤマタノオロチのあまりに大きな攻撃力に驚嘆しつつも、勝機を見逃さなかった。
金鵄の剣を振るい、先頭をきってイリヒコ軍へ突進していった。トミビコ、タニグクらもこれに続いた。戦う前は約20倍の兵力差だった。
敵軍には未だ戦線に参入してない200名近い兵力が麓に残っているとはいえ、今この戦闘状況においては、ヤマタノオロチによるたったの一撃で互角の兵力になってしまった。戦意を考えるとタカヒコ軍の方が完全に優位にたったのだ。
「まずい!退却だ!」
イリヒコは采配用に持っていた幅広の銅剣を振るい、慌てて号令をかけるが、混乱のせいで周囲の兵もうまく動けない。
そこへタカヒコたちが襲いかかった。タカヒコはイリヒコの姿を発見し、一直線にイリヒコのところへ向かってくる。イリヒコは退路が気になっているためタカヒコの接近に気がつかない。
「イリヒコ!覚悟せよ!!!」
タカヒコが走ってきた勢いに任せたまま、跳びあがってイリヒコに斬りかかる。
イリヒコの横にいた兵が槍をタカヒコと剣を合わせるが、軽くいなされる。
そのままタカヒコの金鵄の剣はイリヒコに向っていくが、イリヒコは手にしていた幅広銅剣で辛うじてその攻撃をうけとめた。
そこへタニグクらも突っ込んできた。両軍入り乱れての乱戦が繰り広げられる。ヤマタノオロチの出現と攻撃に浮き足立った橿原勢の殆どはタカヒコ軍の相手にならない。つぎつぎと追い払われる始末だ。
イリヒコとタカヒコは向かい合って剣を切り結ぶ。お互い銅剣なので一撃で留目を刺すような攻撃にはならない。
ぱっと後ろに跳んで距離をとったイリヒコは銅剣を投げ捨て、腰に佩いていた鉄剣フツノミタマの剣を握る。タカヒコは追いかけて斬りかかる。
「ギン」
二人の剣が、合わされた音が響く。フツノミタマの剣は金鵄の剣に食い込んだ。二人とも剣を引けない。
こうなったらお互い力勝負である。つばぜり合いのような格好でふたりは押し合い、また引き合う。
追いついてきたトミビコがイリヒコに斬りかかるが、イリヒコがかわそうと身を捩ったため、剣先はイリヒコではなく、ちょうど食い込んでいたフツノミタマの剣を叩いた。
その衝撃でフツノミタマと金鵄の剣はひき離された。引き合っていた二人は、ちょうど綱引きの縄が真中で切れたように、しりもちをついて後ろに転んでしまった。
「タカヒコ様、大丈夫ですか?」
タニグクが転んだタカヒコを助け起こす。イリヒコは離れたことを幸いに転んだまま、自軍の兵達の後ろに紛れ込む。
その時、ヤマタノオロチ登場に続く今日2度目の異常が起こった。先発隊として大物主の宮付近に忍んでいたイリヒコの兵達の一部が、戦闘に参加してきたのである。形成は再び逆転する。
タカヒコ達は上下かろ挟み撃ちになった格好である。
「万事休す。」
タカヒコの頭の中でその言葉が渦巻いた。
2
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説



帝国夜襲艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1921年。すべての始まりはこの会議だった。伏見宮博恭王軍事参議官が将来の日本海軍は夜襲を基本戦術とすべきであるという結論を出したのだ。ここを起点に日本海軍は徐々に変革していく…。
今回もいつものようにこんなことがあれば良いなぁと思いながら書いています。皆さまに楽しくお読みいただければ幸いです!

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。


戦争はただ冷酷に
航空戦艦信濃
歴史・時代
1900年代、日露戦争の英雄達によって帝国陸海軍の教育は大きな変革を遂げた。戦術だけでなく戦略的な視点で、すべては偉大なる皇国の為に、徹底的に敵を叩き潰すための教育が行われた。その為なら、武士道を捨てることだって厭わない…
1931年、満州の荒野からこの教育の成果が世界に示される。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)

連合艦隊司令長官、井上成美
ypaaaaaaa
歴史・時代
2・26事件に端を発する国内の動乱や、日中両国の緊張状態の最中にある1937年1月16日、内々に海軍大臣就任が決定していた米内光政中将が高血圧で倒れた。命には別状がなかったものの、少しの間の病養が必要となった。これを受け、米内は信頼のおける部下として山本五十六を自分の代替として海軍大臣に推薦。そして空席になった連合艦隊司令長官には…。
毎度毎度こんなことがあったらいいな読んで、楽しんで頂いたら幸いです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる