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大和の章
オオモノヌシ 三十
しおりを挟むヤタの鉞がタカマヒコの脳天めがけて振り下ろされる。タカマヒコは手にした剣を頭上に構え、その一撃目をなんとか受け止めた。
『ギン』と鈍い音が響く。剣を通して頭の上にヤタの体重が乗ってくるのが解かる。タカマヒコの両腕の震えがヤタの振り下ろした鉞の強さを示している。
辛うじて一太刀目は剣で受けた。ヤタは軽く後ろに跳んでニ太刀目を討ち込む態勢を整えた。よろめいたタカマヒコに兵が襲いかかろうとする。それを見たヤタは兵達を制した。
「おい、。お前たちは引っ込んでいろと言ったろう。万が一俺がこいつにやられたら一斉におそいかかりゃあいいだろう。これは一対一の勝負なんだ。俺が終わるまで手を出すな!」
兵達は不服そうな表情を浮かべながらも従った。彼ら里人には山中を走るように移動するのは、かなり堪えたはずた。安堵の表情を浮かべへたり込む兵もいた。ヤタはどうしても手柄を一人占めしたいらしい。
「さあ、勝負だ!」
ヤタはタカマヒコに向かってまさかりを付きだした。タカマヒコは兵ではなく単なる葛城の山人だ。従って剣の使い方も剣を持っての戦い方も碌に知らない。
一方ヤタは三輪山に使えてもう何年も経つ。それなりに剣技も習っているのだろう。ヤタの武器はおそらく鉄の鉞、一方タカマヒコの剣は出雲の鉄剣、この戦いにおいてタカマヒコが勝っているのは武器のレベルだけのようだ。
タカマヒコは何とか、気力を振り絞り剣を構えた。再びヤタの攻撃が始まる。一方のヤタにしても鉄剣を持つ相手との戦いははじめてなので、警戒しているようだ。鉞では強い一撃を食らわすと必殺であるが、その重さが邪魔になる。相手が剣に慣れているなら交わしざまの一撃で致命傷をうけることは間違いない。鉞に慣れているヤタにしてもこの重さでは何度も打ち合うことは難しい。
ヤタは大きく踏み込んだ一撃、タカマヒコは再び剣で受けようとしたが間に合わない。ヤタの鉞はタカマヒコの左肩に食い込んだが、タカヒコの鎧には肩当もついていたので衝撃を軽減することはできたが「グシャッ」という鈍い音がタカマヒコの体中に響いた。
左の鎖骨を砕かれたようだ。右手に持った鉄剣を振りまわしてヤタを遠ざける。が痛みのせいか、剣を振るったのと同時にバランスを崩して倒れ込んだ。左腕を使って起きようとしたが、左腕が動かない。そこへヤタの留目の一撃が振り下ろされた。
(あっ俺はここで死ぬのか??)
なんとか半身を起こしたが身体が思いとうりには動かない。死を覚悟して頭をたれながらそんなことを考えた。額が割れたのかタカマヒコの目に血がしみ込んだと同時に目を閉じた。
(あれ?俺はまだ死んでないのか?)
目あたりの血を拭いながら、剣を杖にして立ちあがった。そしてヤタの居るはずの方向を向いて立ちあがった。右手一本で鉄剣を握り、切っ先をヤタのほうに向けた。
(ヤタが見えない?どこにいる?)
左側頭部に鈍い痛みが走り、血が再び目に入ってきた。立ったまま体中に神経を張り巡らす。鈍い痛みが少しづつ強い痛みへとかわっていく。
(こりゃ駄目だ)
と、思って右手で持っていた鉄剣を投げ捨てて左側頭部を触ってみた。どこもへこんでないないようだ。どうやら切っ先でなく鉞の横っ面で思いきりはたかれたらしい。
ヤタが一歩下がった気配がした。留めの一撃のためヤタは身を引きながら鉞を大上段に構えた。
(やられる)
と、タカマヒコが戦いを諦めたそのとき、少し離れたところからも、数人の叫び声が聞こえてくる。
「た、助けてくれ」
(ヤタの声か?兵たちの声か?)
目の前で、『ガツン』と大きな音が響いた瞬間、タカマヒコは全身に衝撃を受け、耐え切れず倒れ込んだ。どうやら誰かが体当たりしたままタカマヒコに覆い被さっているような感覚だ。
(誰かが庇ってくれたのか?)
タカマヒコは自分に覆い被さっている人間を確かめようと、右手で目の回りの血を拭ってその男の顔を見た。
(ヤタ?どうして??死んでるのか?)
と、ヤタの体を押しのけようとしたが、タカマヒコにはもうそれだけの力はなかった。
(誰かが助けてくれたのか?タカヒコ様か?)
そう思ってタカヒコの名を呼び目を凝らした。するとタカマヒコに被さっていたヤタの体が無造作に引き剥がされた。その瞬間タカマヒコの顔を覗きこんでいる鎧兜を身につけた熊のような大男が見えた。
(誰だ?)
その瞬間、タカマヒコの意識はついに途切れてしまった。
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