66 / 179
大和の章
オオモノヌシ 二十六
しおりを挟む
12年ほど前の話である。ヤタは葛城の山人を裏切り、橿原にタカマヒコの父母の居場所をご注進した男だ。そのご注進のお陰か、橿原を通じて三輪山に出仕している。タカマヒコ兄妹にとっては怨敵といっても良いほどの男だ。
タカヒコ達は息を潜めて兵達が通りすぎるのを待った。全員が通りすぎて後しばらく待ち、まずタカマヒコが岩座の下から這い出てきた。敵がいないか辺りを見まわした。タカマヒコの視線が振りかえって岩座の上の方を向いて止まった。タカヒコは異常を察知し、カヤナルミを動かぬよう抱きしめ、穴の中にいる残りの者を手と目で制した。
「はっはっは。お主が出雲の貴公子といわれるアジスキタカヒコ様だね?こんな目立つ岩の下の穴の中にひそんで見つからないと思ったか!ここはなあ。古のカモタケツノミ様が、纒向の国見をしたという岩座だよ。俺は元は葛城の山人、大和の山なら知らぬ場所はないのだよ。さあ、大人しくしな。」
と、岩座の天辺からタカヒコの装束を身につけた。タカマヒコに向かって声が発せられた。ヤタだ。気づかぬ振りをして舞い戻ったのであろう。
ヤタはタカマヒコの事などすっかり忘れているようだ。
12年の月日は赤ん坊だったカヤナルミを子供に変え、子供だったタカマを立派な青年に変えてくれたのだ。タカマヒコはしめたと思った。これでタカマヒコをタカヒコと勘違いしてくれたらもうけものだ。タカマヒコは一昨日、タカヒコから聞いた名乗りをそのままそらんじて見せた。
「いかにも、私は出雲大国主の子、アジスキタカヒコと申す者。そなたは何故、私の名を知っておる。しかも知っておいてその無礼はどういうつもりなのか?この出雲造りの鉄剣の錆びにでもなりたいのか?」
と、タカマヒコはタカヒコになり切ったつもりで大見得を切った。タカマヒコを高貴な人間と思い込んでいるヤタは一瞬ひるんだが、大声で言い返した。
「私は葛城のヤタ、三輪の里ではカラスで通っている。大和大物主のご命令で、罪人である出雲のタカヒコを討ち取りに参った」
「葛城の者のくせに、三輪の里に住んでいるのか?」
「けっ!そんなことはどうでも良い。山人の暮らしに嫌気がさしたから三輪の里人になったまでよ」
「で?嫌気が差したはずの山人の仕事を当てられているのか。ふっ」
「くそっ何で笑う!馬鹿にしやがって!!!」
「お前一人で私を討ちに参ったのか?先ほどの兵はどうした?」
「そんなこと今から死ぬお前には関係ない。」
「なるほど、勲功を一人占めにする気だな?お前はどこまで行っても浅はかな男よ。」
「うっうるさいっ!!!里人なんて幾ら居ようと、戦闘が強かろうと、山の中では役に立たねぇ。馬道を穴師の宮まで行ったら引き返してくるだろうよ。」
[ふふん。それまでに、私を殺すつもりだな?果して、お前にできるかな?」
と、にやっと笑ったタカマヒコは、岩座に飛び乗った。そのまま鉄剣を振りまわしヤタに切りかかる。ヤタは身をよじって一太刀目をかわした。タカマヒコはそのままの勢いで岩座の反対側に飛び降りた。
「おい、どうした?ヤタとやら??」
「くそっ、貴族の癖に身のこなしの良い奴だな。抜かったわ。」
と、言いながらタカヒコらが潜んでいる反対側に飛び降りた。タカマヒコは待ち構えていたように剣を振るうが、ヤタは簡単に後ろに飛びのいてかわした。すこし間が開いたのを確認したタカマヒコはタカヒコらからヤタを離そうと広い道へと飛び出し、山上に向かって駆け上がった。
「馬鹿め、そっちには兵がいるぞ!」
と、ヤタは追いかけながら叫んだ。ヤタという男はどこまでも手柄を一人占めしたい男らしい。ヤタはタカマヒコを追ってタカヒコたちから遠ざかっていった。
二人の気配が遠ざかったのを確認したタカヒコとカヤナルミは、岩座の下から這い出した。ここから麓まではヤタが来た方向に下れば良い。ニギハヤヒの兵の第2陣でも出くわさない限り、三輪山と纒向の都はもう目の前である。
麓までは順調にやってきた。だが、正面にはニギハヤヒの兵たちが展開している。万が一山狩り部隊が討ち漏らしたとき、ここで食いとめる算段なのであろう。
こうなってくると三輪山の入口にも兵が展開している可能性が高い。麓まで辿りつけばトミビコもきているだろから、何とかなるかもしれないが、今はこの山を抜ける手立てを考えなくてはいけない。
タカヒコは、辺りをゆっくりと見回した。ニギハヤヒの寄越した兵たちが木々の合間や草陰を探っている。兵たちは木々の上の方も確認しながら、彼らも知らないうちにタカヒコに一歩また一歩と近づいてきた。
タカヒコ達は息を潜めて兵達が通りすぎるのを待った。全員が通りすぎて後しばらく待ち、まずタカマヒコが岩座の下から這い出てきた。敵がいないか辺りを見まわした。タカマヒコの視線が振りかえって岩座の上の方を向いて止まった。タカヒコは異常を察知し、カヤナルミを動かぬよう抱きしめ、穴の中にいる残りの者を手と目で制した。
「はっはっは。お主が出雲の貴公子といわれるアジスキタカヒコ様だね?こんな目立つ岩の下の穴の中にひそんで見つからないと思ったか!ここはなあ。古のカモタケツノミ様が、纒向の国見をしたという岩座だよ。俺は元は葛城の山人、大和の山なら知らぬ場所はないのだよ。さあ、大人しくしな。」
と、岩座の天辺からタカヒコの装束を身につけた。タカマヒコに向かって声が発せられた。ヤタだ。気づかぬ振りをして舞い戻ったのであろう。
ヤタはタカマヒコの事などすっかり忘れているようだ。
12年の月日は赤ん坊だったカヤナルミを子供に変え、子供だったタカマを立派な青年に変えてくれたのだ。タカマヒコはしめたと思った。これでタカマヒコをタカヒコと勘違いしてくれたらもうけものだ。タカマヒコは一昨日、タカヒコから聞いた名乗りをそのままそらんじて見せた。
「いかにも、私は出雲大国主の子、アジスキタカヒコと申す者。そなたは何故、私の名を知っておる。しかも知っておいてその無礼はどういうつもりなのか?この出雲造りの鉄剣の錆びにでもなりたいのか?」
と、タカマヒコはタカヒコになり切ったつもりで大見得を切った。タカマヒコを高貴な人間と思い込んでいるヤタは一瞬ひるんだが、大声で言い返した。
「私は葛城のヤタ、三輪の里ではカラスで通っている。大和大物主のご命令で、罪人である出雲のタカヒコを討ち取りに参った」
「葛城の者のくせに、三輪の里に住んでいるのか?」
「けっ!そんなことはどうでも良い。山人の暮らしに嫌気がさしたから三輪の里人になったまでよ」
「で?嫌気が差したはずの山人の仕事を当てられているのか。ふっ」
「くそっ何で笑う!馬鹿にしやがって!!!」
「お前一人で私を討ちに参ったのか?先ほどの兵はどうした?」
「そんなこと今から死ぬお前には関係ない。」
「なるほど、勲功を一人占めにする気だな?お前はどこまで行っても浅はかな男よ。」
「うっうるさいっ!!!里人なんて幾ら居ようと、戦闘が強かろうと、山の中では役に立たねぇ。馬道を穴師の宮まで行ったら引き返してくるだろうよ。」
[ふふん。それまでに、私を殺すつもりだな?果して、お前にできるかな?」
と、にやっと笑ったタカマヒコは、岩座に飛び乗った。そのまま鉄剣を振りまわしヤタに切りかかる。ヤタは身をよじって一太刀目をかわした。タカマヒコはそのままの勢いで岩座の反対側に飛び降りた。
「おい、どうした?ヤタとやら??」
「くそっ、貴族の癖に身のこなしの良い奴だな。抜かったわ。」
と、言いながらタカヒコらが潜んでいる反対側に飛び降りた。タカマヒコは待ち構えていたように剣を振るうが、ヤタは簡単に後ろに飛びのいてかわした。すこし間が開いたのを確認したタカマヒコはタカヒコらからヤタを離そうと広い道へと飛び出し、山上に向かって駆け上がった。
「馬鹿め、そっちには兵がいるぞ!」
と、ヤタは追いかけながら叫んだ。ヤタという男はどこまでも手柄を一人占めしたい男らしい。ヤタはタカマヒコを追ってタカヒコたちから遠ざかっていった。
二人の気配が遠ざかったのを確認したタカヒコとカヤナルミは、岩座の下から這い出した。ここから麓まではヤタが来た方向に下れば良い。ニギハヤヒの兵の第2陣でも出くわさない限り、三輪山と纒向の都はもう目の前である。
麓までは順調にやってきた。だが、正面にはニギハヤヒの兵たちが展開している。万が一山狩り部隊が討ち漏らしたとき、ここで食いとめる算段なのであろう。
こうなってくると三輪山の入口にも兵が展開している可能性が高い。麓まで辿りつけばトミビコもきているだろから、何とかなるかもしれないが、今はこの山を抜ける手立てを考えなくてはいけない。
タカヒコは、辺りをゆっくりと見回した。ニギハヤヒの寄越した兵たちが木々の合間や草陰を探っている。兵たちは木々の上の方も確認しながら、彼らも知らないうちにタカヒコに一歩また一歩と近づいてきた。
4
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説



帝国夜襲艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1921年。すべての始まりはこの会議だった。伏見宮博恭王軍事参議官が将来の日本海軍は夜襲を基本戦術とすべきであるという結論を出したのだ。ここを起点に日本海軍は徐々に変革していく…。
今回もいつものようにこんなことがあれば良いなぁと思いながら書いています。皆さまに楽しくお読みいただければ幸いです!

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。


戦争はただ冷酷に
航空戦艦信濃
歴史・時代
1900年代、日露戦争の英雄達によって帝国陸海軍の教育は大きな変革を遂げた。戦術だけでなく戦略的な視点で、すべては偉大なる皇国の為に、徹底的に敵を叩き潰すための教育が行われた。その為なら、武士道を捨てることだって厭わない…
1931年、満州の荒野からこの教育の成果が世界に示される。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)

連合艦隊司令長官、井上成美
ypaaaaaaa
歴史・時代
2・26事件に端を発する国内の動乱や、日中両国の緊張状態の最中にある1937年1月16日、内々に海軍大臣就任が決定していた米内光政中将が高血圧で倒れた。命には別状がなかったものの、少しの間の病養が必要となった。これを受け、米内は信頼のおける部下として山本五十六を自分の代替として海軍大臣に推薦。そして空席になった連合艦隊司令長官には…。
毎度毎度こんなことがあったらいいな読んで、楽しんで頂いたら幸いです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる