大陰史記〜出雲国譲りの真相〜

桜小径

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大和の章

オオモノヌシ 二十六

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12年ほど前の話である。ヤタは葛城の山人を裏切り、橿原にタカマヒコの父母の居場所をご注進した男だ。そのご注進のお陰か、橿原を通じて三輪山に出仕している。タカマヒコ兄妹にとっては怨敵といっても良いほどの男だ。

タカヒコ達は息を潜めて兵達が通りすぎるのを待った。全員が通りすぎて後しばらく待ち、まずタカマヒコが岩座の下から這い出てきた。敵がいないか辺りを見まわした。タカマヒコの視線が振りかえって岩座の上の方を向いて止まった。タカヒコは異常を察知し、カヤナルミを動かぬよう抱きしめ、穴の中にいる残りの者を手と目で制した。

「はっはっは。お主が出雲の貴公子といわれるアジスキタカヒコ様だね?こんな目立つ岩の下の穴の中にひそんで見つからないと思ったか!ここはなあ。古のカモタケツノミ様が、纒向の国見をしたという岩座だよ。俺は元は葛城の山人、大和の山なら知らぬ場所はないのだよ。さあ、大人しくしな。」

と、岩座の天辺からタカヒコの装束を身につけた。タカマヒコに向かって声が発せられた。ヤタだ。気づかぬ振りをして舞い戻ったのであろう。

ヤタはタカマヒコの事などすっかり忘れているようだ。

12年の月日は赤ん坊だったカヤナルミを子供に変え、子供だったタカマを立派な青年に変えてくれたのだ。タカマヒコはしめたと思った。これでタカマヒコをタカヒコと勘違いしてくれたらもうけものだ。タカマヒコは一昨日、タカヒコから聞いた名乗りをそのままそらんじて見せた。

「いかにも、私は出雲大国主の子、アジスキタカヒコと申す者。そなたは何故、私の名を知っておる。しかも知っておいてその無礼はどういうつもりなのか?この出雲造りの鉄剣の錆びにでもなりたいのか?」

と、タカマヒコはタカヒコになり切ったつもりで大見得を切った。タカマヒコを高貴な人間と思い込んでいるヤタは一瞬ひるんだが、大声で言い返した。

「私は葛城のヤタ、三輪の里ではカラスで通っている。大和大物主のご命令で、罪人である出雲のタカヒコを討ち取りに参った」

「葛城の者のくせに、三輪の里に住んでいるのか?」

「けっ!そんなことはどうでも良い。山人の暮らしに嫌気がさしたから三輪の里人になったまでよ」

「で?嫌気が差したはずの山人の仕事を当てられているのか。ふっ」

「くそっ何で笑う!馬鹿にしやがって!!!」

「お前一人で私を討ちに参ったのか?先ほどの兵はどうした?」

「そんなこと今から死ぬお前には関係ない。」

「なるほど、勲功を一人占めにする気だな?お前はどこまで行っても浅はかな男よ。」

「うっうるさいっ!!!里人なんて幾ら居ようと、戦闘が強かろうと、山の中では役に立たねぇ。馬道を穴師の宮まで行ったら引き返してくるだろうよ。」

[ふふん。それまでに、私を殺すつもりだな?果して、お前にできるかな?」

と、にやっと笑ったタカマヒコは、岩座に飛び乗った。そのまま鉄剣を振りまわしヤタに切りかかる。ヤタは身をよじって一太刀目をかわした。タカマヒコはそのままの勢いで岩座の反対側に飛び降りた。

「おい、どうした?ヤタとやら??」

「くそっ、貴族の癖に身のこなしの良い奴だな。抜かったわ。」

と、言いながらタカヒコらが潜んでいる反対側に飛び降りた。タカマヒコは待ち構えていたように剣を振るうが、ヤタは簡単に後ろに飛びのいてかわした。すこし間が開いたのを確認したタカマヒコはタカヒコらからヤタを離そうと広い道へと飛び出し、山上に向かって駆け上がった。

「馬鹿め、そっちには兵がいるぞ!」

と、ヤタは追いかけながら叫んだ。ヤタという男はどこまでも手柄を一人占めしたい男らしい。ヤタはタカマヒコを追ってタカヒコたちから遠ざかっていった。

二人の気配が遠ざかったのを確認したタカヒコとカヤナルミは、岩座の下から這い出した。ここから麓まではヤタが来た方向に下れば良い。ニギハヤヒの兵の第2陣でも出くわさない限り、三輪山と纒向の都はもう目の前である。

麓までは順調にやってきた。だが、正面にはニギハヤヒの兵たちが展開している。万が一山狩り部隊が討ち漏らしたとき、ここで食いとめる算段なのであろう。

こうなってくると三輪山の入口にも兵が展開している可能性が高い。麓まで辿りつけばトミビコもきているだろから、何とかなるかもしれないが、今はこの山を抜ける手立てを考えなくてはいけない。

タカヒコは、辺りをゆっくりと見回した。ニギハヤヒの寄越した兵たちが木々の合間や草陰を探っている。兵たちは木々の上の方も確認しながら、彼らも知らないうちにタカヒコに一歩また一歩と近づいてきた。
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