上 下
56 / 179
大和の章

オオモノヌシ 十六

しおりを挟む
ニギハヤヒは多忙である。タカヒコが播磨を出たという報告をうけて以来丸2日間は、ほとんど一睡もせず日常の政務をこなし、その上にタカヒコに対する策を次々考え実行してきた。

彼が仕える老齢の大物主の病状は、タカヒコを迎えるという精神的な張りもあってか、安定している。大物主が永遠の眠りにつくための寿陵の建設について当麻の石作りの者と行った打ち合わせが終わったあと、彼は軽い眠りについていた。しかしその暫しの休息も、引き返してきた当麻の者からの報告によって打ち破られた。

当麻の者の言う『出雲人らしき人物』、これだけでタカヒコ乃至その供回りであることは容易に理解ができた。しかし橿原やコヤネの東国軍が網を張っていた全く逆の地点に現れたのは彼にとって意外であった。

タカヒコがトミビコらと合流したであろうことはニギハヤヒには読めた。タカヒコが南回りで三輪山へと近づいてという事実は、ニギハヤヒには、狼狽を与えた。タカヒコとタケミカヅチの行動は全く掴めていなかった。そこへ、この報告である。 

(もしや全軍が鳥見山あたりに集結しているのか??)

もしそうだとしたら完全に裏をかかれたといことになる。

(まさか???この秘密は大物主様にさえ漏れてないはず・・・・)

ニギハヤヒが橿原から入手した情報では、オオナンジとナガスネヒコは河内へ引き返したことになっていた。ニギハヤヒは直ちにウカシ兄弟を呼び出し、三輪山の東端(後の出雲郷)へと向かわせた。

西南に関しては、橿原が大軍を各所に配置して守備している。河内からの再侵攻を警戒しているのだ。三輪山の兵を直接動かせば、大物主に察知される。病身とはいえ、邪魔立てされる可能性は高い。ニギハヤヒが自由に動かせるのはウカシ兄弟と、尾張・常陸に向かうはずだった自らの眷属、物部だけである。

しかもその殆どは、ウマシマチと共に橿原軍に預けている。橿原のような半独立勢力でない彼には直属の軍は持てないのだ。しかし手を拱いているわけにはいかない。

彼は、大物主の居室へと向かい、三輪山の守備の一部を動かす許可を得ようとしていた。この軍を自ら率い鳥見山に差し向けてタカヒコを葬ろうとしているのだ。これがうまく行けば、橿原に奪われた主導権を取り戻すこともできる。

「大物主様、さきほどウカシ兄弟より、穴師の里に異変がありとの報告がありました。つきましたては軍の派遣をお許しください。」

ニギハヤヒは、大物主の前に平伏して、いつも通りの異変鎮圧だということを大物主へ伝えた。兵の派遣先を鳥見山でなく穴師だと報告したのは、穴師が、大和の始祖とされる武角身の魂が宿る大物主にとっても大事な場所の一つだからだ。

大物主はタカヒコの到着を待つため、いつもの床の上でなく今日は正装を身につけ、椅子に腰掛けてニギハヤヒの話を聞いていた。

「異変?三輪の間近の穴師でか???」

「はっ!詳しいことは、まだ解かりませんが、播磨で日矛が暴れたようですので、その一派かと・・・・・・。」

「ふむ。穴師のことはいつものようにお主にまかせる。」

「ははっ!では直ちに」

と、臨戦態勢の準備のために立ち去ろうとするニギハヤヒを大物主は引きとめた。

「待て待て、出雲のタカヒコはまだ到着せぬのか?昨夜のうちに河内潟まできておるというたではないか」

「私も、今か今かとお待ちしておるのですがまだ連絡がございません。もしや事故にでも遭われたのかもしれないと思いまして、橿原の者に大和川の捜索を頼んでおります。まもなく何らかの報告があるやもしれません。もう暫くお待ち下され。」

「ニギハヤヒよ、穴師の警戒よりも、タカヒコの安全を優先するのだ。あれに万一のことでもあれば、出雲の大国主様、大和の開祖加茂武角身様、そして亡き我が父大歳に申し訳が立たん。」

「ははっ!このニギハヤヒ、肝に銘じまする」

「よろしく、頼むぞ。ニギハヤヒよ」

「お任せくだされ」

ニギハヤヒは老齢の大物主の姿を痛々しく感じていた。「自分がこの大和の国を導かなくてはならない」という思いを一層強く感じていた。陰謀好きの彼ではあったが、彼は彼なりに、まだ国としては幼い大和の国の繁栄を願う気は誰よりも強くもっているのであった。そして彼が大陸からもってきた治世の法則は倭国にも通じるという強い信念も持っていた。

ニギハヤヒの忠誠はあくまでも大物主個人に対してのものであり、倭国というものに対して帰属意識があるわけではないのだ。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

陸のくじら侍 -元禄の竜-

陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた…… 

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

崇神朝そしてヤマトタケルの謎

桜小径
エッセイ・ノンフィクション
崇神天皇から景行天皇そしてヤマトタケルまでの歴史を再構築する。

16世紀のオデュッセイア

尾方佐羽
歴史・時代
【第12章を週1回程度更新します】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。 12章では16世紀後半のヨーロッパが舞台になります。 ※このお話は史実を参考にしたフィクションです。

浅葱色の桜 ―堀川通花屋町下ル

初音
歴史・時代
新選組内外の諜報活動を行う諸士調役兼監察。その頭をつとめるのは、隊内唯一の女隊士だった。 義弟の近藤勇らと上洛して早2年。主人公・さくらの活躍はまだまだ続く……! 『浅葱色の桜』https://www.alphapolis.co.jp/novel/32482980/787215527 の続編となりますが、前作を読んでいなくても大丈夫な作りにはしています。前作未読の方もぜひ。 ※時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦組みを推奨しています。行間を詰めてありますので横組みだと読みづらいかもしれませんが、ご了承ください。 ※あくまでフィクションです。実際の人物、事件には関係ありません。

江戸の夕映え

大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。 「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三) そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。 同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。 しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。

上意討ち人十兵衛

工藤かずや
歴史・時代
本間道場の筆頭師範代有村十兵衛は、 道場四天王の一人に数えられ、 ゆくゆくは道場主本間頼母の跡取りになると見られて居た。 だが、十兵衛には誰にも言えない秘密があった。 白刃が怖くて怖くて、真剣勝負ができないことである。 その恐怖心は病的に近く、想像するだに震えがくる。 城中では御納戸役をつとめ、城代家老の信任も厚つかった。 そんな十兵衛に上意討ちの命が降った。 相手は一刀流の遣い手・田所源太夫。 だが、中間角蔵の力を借りて田所を斬ったが、 上意討ちには見届け人がついていた。 十兵衛は目付に呼び出され、 二度目の上意討ちか切腹か、どちらかを選べと迫られた。

出雲死柏手

桜小径
エッセイ・ノンフィクション
井沢元彦先生の掲示板に投稿した文章をまとめたものです。

処理中です...