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大和の章
オオモノヌシ 十五
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「そうか、やっぱり橿原は厳戒態勢か・・。な、三輪のお人こちらを回ってよかったろう??」
タカマヒコは、怪しまれないようにとぼけた言葉をタカヒコに向けた。三輪山の人ということを強調したつもりである。
「ああ、ありがとう」
タカヒコは出雲なまりを覚られないよう短く答えた。しかしそれがかえって当麻の者達に不信感をいだかせたのである。何しろタカヒコは出雲人でないと持ってないような剣と鎧を身に着けているのだ。
当麻のじいと呼ばれる男は、タカヒコに感じた不審を敢えて隠し、道中気をつけるようにと、タカマヒコに言いつけ、葛城の方へと去って行った。
しかし当麻の長である彼は、当麻の村が騒動に巻き込まれないように手を打っていた。自分がタカマヒコらを足止めしている間に、出雲人らしき者が飛鳥山中にいることを、ニギハヤヒへ伝えさせるため、仲間の一人を三輪へ戻らせていたのである。それを知らない、タカヒコらは何とかやり過ごせたと思い先を急いだ。
その後、順調に歩みを進めたタカヒコたちは、鳥見山の南までやってきた。木々が騒がしい。どうやら大勢の人間が潜んでいるらしく、いやな感じが伝わってきた。西に見える磐余の里では、火が焚かれ如何にも臨戦態勢という雰囲気が醸し出されている。
いやな感じがしながらも進んで行くと、鳥見山のくねった蛇のような細い道が少し広けた。タカヒコ達がそこへと出た瞬間、あっという間に数十人の男たちに囲まれてしまった。男たちは何も言わずじりじりと包囲を狭めてきた。みんな山の民らしい装束をしていたが手には石斧や小刀みたいなものなど様々な武器を携えているのが解かる。
タカヒコは暗闇からの襲撃に一瞬ひるんだが、気を立てなおし、腰の剣をスラリと引きぬき片手上段に構え名乗りをあげた。
「我こそは、出雲大国主の子、アジスキタカヒコネなるぞ!」
男たちはタカヒコの大音声の名乗りに少しひるんだ。それを感じたタカヒコは、タカマヒコとカヤナルミに心配するような視線を送った後、尚も大きな声で叫んだ。
「我は今、三輪山への道を急いでいる。悪いがお主たちの相手をしておる暇はない!!」
というや否や、真正面にいる小男めがけて飛びかかり頭上に剣を振り落とした。が、その男の背後から突然飛び出した大男がタカヒコ振り下ろした剣を、長大で金色に輝く銅剣で受け止めた。
『ゴン』
と鈍い衝撃音があたりに響いた。タカヒコは、慌てて剣を手元に戻そうとしたが、彼の鉄剣は銅剣に食い込んだらしく、容易には引き戻せなかった。
「お待ちなされ!」
銅剣でタカヒコの鉄剣を受け止めた大男は叫んだ。そしてもう一方の手で持っていた銅鐸を、タカヒコにじっくり見せるように顔の正面に掲げた。
「アジスキタカヒコネ様、お待ちしておりましたよ」
と、大男は笑みを浮かべ言葉を続けた。
男の名はトミビコ。ナガスネヒコの兄である。ナガスネヒコが三輪山の勤めに出ている間、鳥見山のナガスネ一族をまとめる立場にあった。彼は、船倉にもぐり込み三輪山に潜入したナガスネヒコから連絡をうけ、鳥見山周辺に網を張っていた。タカヒコを保護し、無事に磯城纒向の三輪山に連れて行くためである。
トミビコの持っている金色の銅剣は異名を(*2)「金鵄の剣」という。大和の開祖加茂武角身の持っていた剣と同名であるが、勿論レプリカである。本物は三輪山の北麓に位置する穴師の里の神域に埋納されている。加茂武角身の遺体とともに・・・・。現在、(*3)『穴師坐兵主神社』が建つ山がその場所である。
「さあ、この『金鵄の剣』を閃かせ、共に三輪山へと乗り込みましょうぞ!」
と、両者の挨拶の儀式が済み、タカヒコらに合流することを誓ったトミビコと鳥見山の面々は勢いづきタカヒコに進言した。だがタカヒコは彼らを押し留めた。このままなだれ込んでは、三輪山に対して戦いを挑む形になるからだ。
「トミビコ殿、私を穴師の加茂武角身様の眠る場所へと、案内してほしい」
「???」
「ひとつ、考えがあるのだ」
「考えとは???」
タカヒコたちは、謀議をした後二手に別れた。トミビコが率いる本隊は磯城を目指し、タカヒコとタカマヒコとカヤナルミ、それに案内のための数名は穴師の里へ向かったのである。
タカヒコが、遠く出雲から歩んできた大物主への道もあとわずかである。
(*1)
江戸時代の出雲大社の造営時、境内に巨石があった。その巨石を除いて現在の命主社を建てる工事が施されたのだが、その巨石の下から銅矛、銅戈が発掘されている。出雲大社近くにも銅鐸が埋められていると筆者は思っているのだが、それが境内(素鵞社の奥あたり)なら言う事無しである。
(*2)
『神武東征神話』と呼ばれる神話には、『金鵄の導き』により大和入りが果たされた事が記されている。金色に輝く銅剣を大きな羽を広げて飛ぶ鳥に見たてたのではないだろうか?
(*3)
「兵主社」といえば、通常、スサノオや大国主をはじめとする出雲系といわれる神々が奉られることが多いが、この『穴師兵主坐兵主神社』には、一説には『天日槍命』が祭られているとも言われている。しかしこの神社の建つ位置は、三輪山の北麓に広がる纒向遺跡を見下ろす山中にある。これは北方から寄せくる敵から纒向を守ることを意識して祭祀されるようになった「塞の神」の祭祀の場ではなかったか?と筆者は思っている。また、この神社の最初の御神体は『鏡が三面と鈴』であると伝えられている。三元に音を響かす『銅鐸』をその背後に感じるのは筆者だけであろうか?
タカマヒコは、怪しまれないようにとぼけた言葉をタカヒコに向けた。三輪山の人ということを強調したつもりである。
「ああ、ありがとう」
タカヒコは出雲なまりを覚られないよう短く答えた。しかしそれがかえって当麻の者達に不信感をいだかせたのである。何しろタカヒコは出雲人でないと持ってないような剣と鎧を身に着けているのだ。
当麻のじいと呼ばれる男は、タカヒコに感じた不審を敢えて隠し、道中気をつけるようにと、タカマヒコに言いつけ、葛城の方へと去って行った。
しかし当麻の長である彼は、当麻の村が騒動に巻き込まれないように手を打っていた。自分がタカマヒコらを足止めしている間に、出雲人らしき者が飛鳥山中にいることを、ニギハヤヒへ伝えさせるため、仲間の一人を三輪へ戻らせていたのである。それを知らない、タカヒコらは何とかやり過ごせたと思い先を急いだ。
その後、順調に歩みを進めたタカヒコたちは、鳥見山の南までやってきた。木々が騒がしい。どうやら大勢の人間が潜んでいるらしく、いやな感じが伝わってきた。西に見える磐余の里では、火が焚かれ如何にも臨戦態勢という雰囲気が醸し出されている。
いやな感じがしながらも進んで行くと、鳥見山のくねった蛇のような細い道が少し広けた。タカヒコ達がそこへと出た瞬間、あっという間に数十人の男たちに囲まれてしまった。男たちは何も言わずじりじりと包囲を狭めてきた。みんな山の民らしい装束をしていたが手には石斧や小刀みたいなものなど様々な武器を携えているのが解かる。
タカヒコは暗闇からの襲撃に一瞬ひるんだが、気を立てなおし、腰の剣をスラリと引きぬき片手上段に構え名乗りをあげた。
「我こそは、出雲大国主の子、アジスキタカヒコネなるぞ!」
男たちはタカヒコの大音声の名乗りに少しひるんだ。それを感じたタカヒコは、タカマヒコとカヤナルミに心配するような視線を送った後、尚も大きな声で叫んだ。
「我は今、三輪山への道を急いでいる。悪いがお主たちの相手をしておる暇はない!!」
というや否や、真正面にいる小男めがけて飛びかかり頭上に剣を振り落とした。が、その男の背後から突然飛び出した大男がタカヒコ振り下ろした剣を、長大で金色に輝く銅剣で受け止めた。
『ゴン』
と鈍い衝撃音があたりに響いた。タカヒコは、慌てて剣を手元に戻そうとしたが、彼の鉄剣は銅剣に食い込んだらしく、容易には引き戻せなかった。
「お待ちなされ!」
銅剣でタカヒコの鉄剣を受け止めた大男は叫んだ。そしてもう一方の手で持っていた銅鐸を、タカヒコにじっくり見せるように顔の正面に掲げた。
「アジスキタカヒコネ様、お待ちしておりましたよ」
と、大男は笑みを浮かべ言葉を続けた。
男の名はトミビコ。ナガスネヒコの兄である。ナガスネヒコが三輪山の勤めに出ている間、鳥見山のナガスネ一族をまとめる立場にあった。彼は、船倉にもぐり込み三輪山に潜入したナガスネヒコから連絡をうけ、鳥見山周辺に網を張っていた。タカヒコを保護し、無事に磯城纒向の三輪山に連れて行くためである。
トミビコの持っている金色の銅剣は異名を(*2)「金鵄の剣」という。大和の開祖加茂武角身の持っていた剣と同名であるが、勿論レプリカである。本物は三輪山の北麓に位置する穴師の里の神域に埋納されている。加茂武角身の遺体とともに・・・・。現在、(*3)『穴師坐兵主神社』が建つ山がその場所である。
「さあ、この『金鵄の剣』を閃かせ、共に三輪山へと乗り込みましょうぞ!」
と、両者の挨拶の儀式が済み、タカヒコらに合流することを誓ったトミビコと鳥見山の面々は勢いづきタカヒコに進言した。だがタカヒコは彼らを押し留めた。このままなだれ込んでは、三輪山に対して戦いを挑む形になるからだ。
「トミビコ殿、私を穴師の加茂武角身様の眠る場所へと、案内してほしい」
「???」
「ひとつ、考えがあるのだ」
「考えとは???」
タカヒコたちは、謀議をした後二手に別れた。トミビコが率いる本隊は磯城を目指し、タカヒコとタカマヒコとカヤナルミ、それに案内のための数名は穴師の里へ向かったのである。
タカヒコが、遠く出雲から歩んできた大物主への道もあとわずかである。
(*1)
江戸時代の出雲大社の造営時、境内に巨石があった。その巨石を除いて現在の命主社を建てる工事が施されたのだが、その巨石の下から銅矛、銅戈が発掘されている。出雲大社近くにも銅鐸が埋められていると筆者は思っているのだが、それが境内(素鵞社の奥あたり)なら言う事無しである。
(*2)
『神武東征神話』と呼ばれる神話には、『金鵄の導き』により大和入りが果たされた事が記されている。金色に輝く銅剣を大きな羽を広げて飛ぶ鳥に見たてたのではないだろうか?
(*3)
「兵主社」といえば、通常、スサノオや大国主をはじめとする出雲系といわれる神々が奉られることが多いが、この『穴師兵主坐兵主神社』には、一説には『天日槍命』が祭られているとも言われている。しかしこの神社の建つ位置は、三輪山の北麓に広がる纒向遺跡を見下ろす山中にある。これは北方から寄せくる敵から纒向を守ることを意識して祭祀されるようになった「塞の神」の祭祀の場ではなかったか?と筆者は思っている。また、この神社の最初の御神体は『鏡が三面と鈴』であると伝えられている。三元に音を響かす『銅鐸』をその背後に感じるのは筆者だけであろうか?
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