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大和の章
オオモノヌシ 十四
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タカマヒコはタカヒコを運んできた大籠に今度はカヤナルミを乗せもくもくと山道を降りて行った。タカヒコの足取りも出雲からの長旅の疲労を、タカマヒコの小屋でのほんの少しの間の眠りで回復させたかのように軽やかだった。大岩の目印にタカヒは×印をつけていくのを忘れなかった。
タカマヒコが三輪山へのルートとして選んだのは巨勢から飛鳥を周り笠置山系の多武嶺、鳥見山の麓を通るコースだった。イワレヒコらに見つからないのを前提としているが、鳥見山の麓近くにはイワレヒコが大和入り後、最初に暮らしたイワレの村がある。もちろん人目につかない山中を行くつもりだが、ここがこのコースの難関になるだろう。通常なら半日、のんびり歩けば丸1日はかかる距離だ。
しかし何があっても今夜中には到着したいというのがタカヒコの本音でもある。途中はぐれた伊和大神らのことも気になるし、大物主がタカヒコを待ちかねているのも理解していた。
葛城山を下りたところにある巨勢の集落で橿原勢が南部にも探索を行っていることが解かった。タカマヒコの旧知の者からの情報である。ごく少数の騎馬での見まわりらしく、馬が走れない山中を行けばかち合うことはないと思われた。巨勢から飛鳥までの道程は馬の通れるなだらかな地域であり、ここさえ抜ければあとは三輪山まで山中を進めるのだ。
タカマヒコは少し不安だった。自分一人なら飛鳥までの距離ならどうって事はないが妹を背負い、タカヒコを連れての歩きでは、騎馬に出くわすとそれまてでである。その不安が彼らの足を急がせた。次の斜面を下れば、まもなく吉野川の支流、曽我川が見えてくるはずだ。
「あれは?何??」
背負い籠から顔を出したカヤナルミが飛鳥(曽我川)の方角を指差した。指差す方には二騎の見まわり兵らしき影がいた。辺りは薄暮である。向こうの二人がこちらに気が付いているかどうかさえよく解からないがニ騎は少しづつこちらに近づいている。タカヒコは茂みに隠れるようタカマヒコに指示した。タカヒコもすぐ隣の茂みに身を潜めやり過ごそうとした。
二騎の見回り兵は、闇に覆われるのを恐れたのか、馬首を返し飛鳥の方へと戻って行った。なんとかここで見つかってしまうことは避けられたが、飛鳥方面へ近づくことに不安感は否めない。そのまま飛鳥から橿原を目指していったかどうか皆目見当もつかないのだ。
「まずいな」
「うん、飛鳥の村へは入らない方がいいかもしれない・・・」
と、二人は顔を見合わせて呟いた。
「せっかくここまで下りてきたけど、また山道へもどるしかしょうがないよ。山の中を東へいきましょうよタカヒコ様」
「そうだな、飛鳥の手前の曽我川に兵が配置されてるかもしれないし・・。」
3人は、道を外れまた山道を進むことにした。曽我川をなんとか越え、飛鳥の方角を目指して歩いていると飛鳥方面からこちらへ向かって歩いてくる山の民らしき4・5人の男たちに出くわした。彼らはタカヒコ達を視野に入れるや否や、ぱっと両脇の茂みに散った。
「あれは??」
タカヒコは突然の出来事に立ち尽くしてたが、慌ててタカマヒコの方を振り向いた。
「ああ、心配することないよ」
「えっ?知った顔なのか?」
「いや、そういうわけじゃないが、あのカッコは橿原や磯城のもんじゃねぇ」
「では、葛城の?」
「うん、多分、葛城か当麻のもんだろう。大方飛鳥の方へ出かけた帰りかな」
しばらくすると、タカヒコたちの真横の茂みの中から声がかかった。
「おい、そこを行くのは葛城のタカマではないか?」
「おっ、当麻のじぃ!!どうされた?こんなところで?」
男たちは、タカマと同じ葛城山系の山の民で、二上山の麓、当麻辺りを縄張りにしている。主に、石切と運搬を仕事にしている部族の者達だった。市を代行してもらってる関係もあるので、お互い顔と名前は知っている。
「それはこちらの聞きたいことじゃ、お主こそ今頃からどこへ行く?」
「ちょっと道に迷った人がいて、案内をしているところ・・・」
「案内??」
と当麻のじいと呼ばれたその男は茂みから出てきて、タカヒコをじろっと眺めた。
「うん?出雲のお人か?」
「違うよ、じい。三輪山のお人だけれど、巨勢のあたりで迷ったらしい」
と、タカマヒコは誤魔化した。
「そうか、ならいいんだが・・。橿原の者が出雲人を見かけたら通報しろとあちこちを周っているからな。巻き込まれたら偉いことだ。」
「で、じいはどこからの帰りだ?」
「そうそう、そろそろ大物主さまがお隠れになるやもしれぬというので、お隠れ所(石室、前方後円墳)の石の段取りをしたいと、ニギハヤヒ様から呼び出されてのう大市のある海柘榴市(つばいち)まで行っておったのだ。その帰り橿原を横切ろうと思ったらこの騒ぎで通りぬけできんかった。おかげで鳥見山まで逆戻りせねばならんようになってこんな遅い時間になってしもうた。」
と、言いながらもう一度タカヒコを嘗め回すように視線を這わせた。
タカマヒコが三輪山へのルートとして選んだのは巨勢から飛鳥を周り笠置山系の多武嶺、鳥見山の麓を通るコースだった。イワレヒコらに見つからないのを前提としているが、鳥見山の麓近くにはイワレヒコが大和入り後、最初に暮らしたイワレの村がある。もちろん人目につかない山中を行くつもりだが、ここがこのコースの難関になるだろう。通常なら半日、のんびり歩けば丸1日はかかる距離だ。
しかし何があっても今夜中には到着したいというのがタカヒコの本音でもある。途中はぐれた伊和大神らのことも気になるし、大物主がタカヒコを待ちかねているのも理解していた。
葛城山を下りたところにある巨勢の集落で橿原勢が南部にも探索を行っていることが解かった。タカマヒコの旧知の者からの情報である。ごく少数の騎馬での見まわりらしく、馬が走れない山中を行けばかち合うことはないと思われた。巨勢から飛鳥までの道程は馬の通れるなだらかな地域であり、ここさえ抜ければあとは三輪山まで山中を進めるのだ。
タカマヒコは少し不安だった。自分一人なら飛鳥までの距離ならどうって事はないが妹を背負い、タカヒコを連れての歩きでは、騎馬に出くわすとそれまてでである。その不安が彼らの足を急がせた。次の斜面を下れば、まもなく吉野川の支流、曽我川が見えてくるはずだ。
「あれは?何??」
背負い籠から顔を出したカヤナルミが飛鳥(曽我川)の方角を指差した。指差す方には二騎の見まわり兵らしき影がいた。辺りは薄暮である。向こうの二人がこちらに気が付いているかどうかさえよく解からないがニ騎は少しづつこちらに近づいている。タカヒコは茂みに隠れるようタカマヒコに指示した。タカヒコもすぐ隣の茂みに身を潜めやり過ごそうとした。
二騎の見回り兵は、闇に覆われるのを恐れたのか、馬首を返し飛鳥の方へと戻って行った。なんとかここで見つかってしまうことは避けられたが、飛鳥方面へ近づくことに不安感は否めない。そのまま飛鳥から橿原を目指していったかどうか皆目見当もつかないのだ。
「まずいな」
「うん、飛鳥の村へは入らない方がいいかもしれない・・・」
と、二人は顔を見合わせて呟いた。
「せっかくここまで下りてきたけど、また山道へもどるしかしょうがないよ。山の中を東へいきましょうよタカヒコ様」
「そうだな、飛鳥の手前の曽我川に兵が配置されてるかもしれないし・・。」
3人は、道を外れまた山道を進むことにした。曽我川をなんとか越え、飛鳥の方角を目指して歩いていると飛鳥方面からこちらへ向かって歩いてくる山の民らしき4・5人の男たちに出くわした。彼らはタカヒコ達を視野に入れるや否や、ぱっと両脇の茂みに散った。
「あれは??」
タカヒコは突然の出来事に立ち尽くしてたが、慌ててタカマヒコの方を振り向いた。
「ああ、心配することないよ」
「えっ?知った顔なのか?」
「いや、そういうわけじゃないが、あのカッコは橿原や磯城のもんじゃねぇ」
「では、葛城の?」
「うん、多分、葛城か当麻のもんだろう。大方飛鳥の方へ出かけた帰りかな」
しばらくすると、タカヒコたちの真横の茂みの中から声がかかった。
「おい、そこを行くのは葛城のタカマではないか?」
「おっ、当麻のじぃ!!どうされた?こんなところで?」
男たちは、タカマと同じ葛城山系の山の民で、二上山の麓、当麻辺りを縄張りにしている。主に、石切と運搬を仕事にしている部族の者達だった。市を代行してもらってる関係もあるので、お互い顔と名前は知っている。
「それはこちらの聞きたいことじゃ、お主こそ今頃からどこへ行く?」
「ちょっと道に迷った人がいて、案内をしているところ・・・」
「案内??」
と当麻のじいと呼ばれたその男は茂みから出てきて、タカヒコをじろっと眺めた。
「うん?出雲のお人か?」
「違うよ、じい。三輪山のお人だけれど、巨勢のあたりで迷ったらしい」
と、タカマヒコは誤魔化した。
「そうか、ならいいんだが・・。橿原の者が出雲人を見かけたら通報しろとあちこちを周っているからな。巻き込まれたら偉いことだ。」
「で、じいはどこからの帰りだ?」
「そうそう、そろそろ大物主さまがお隠れになるやもしれぬというので、お隠れ所(石室、前方後円墳)の石の段取りをしたいと、ニギハヤヒ様から呼び出されてのう大市のある海柘榴市(つばいち)まで行っておったのだ。その帰り橿原を横切ろうと思ったらこの騒ぎで通りぬけできんかった。おかげで鳥見山まで逆戻りせねばならんようになってこんな遅い時間になってしもうた。」
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