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大和の章

オオモノヌシ 十二

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タカヒコがようやく口を開こうとすると若者はそれを遮るように話を続けた。

「よく眠ってらっしゃったな。夜になる前に目覚めてよかった。暗くなって山を降りるのは大変だからね。見たところ相当高貴なお人のようだな。大和川の方で争いがあったようだが、巻き込まれなさったのか?あ、オレはタカマ、こいつはカヤナルミっていう。三輪や橿原の南、葛城・飛鳥あたりを縄張りにしている山人の一族だ。」

「えっ!葛城??」

「どうした?葛城だとまずいのかい?」

「いや、そんなことはない。でも確か私は二上に居たはず。そこから運んでくれたのか?」

「おうさ、今日はたまたま当麻に食べ物を仕入れに行ったんだ。そこで、橿原の奴ら戦いが起こったって大騒ぎしてるのをきいて見物に行ってたんだよ、その帰りに倒れているあんたを見つけたんだ。ところで、あんたの名前は?」

「これは、申し遅れた。私は出雲大国主の子、アジスキタカヒコと申すもの。どうやら助けていただいたようで・・・・」

「ええ!?あんたいや貴方様かい??次の大物主様っていうのは!!!」

と、慌てて妹の頭を抑えつけ礼をとらせ自らは地べたにへたりこんだ。

「タカマどのと申されたな、頭を上げなさい。貴方は私の命を助けてくれたのだから・・」

「はっ」

と答えたものの頭を上げようとしないタカマの隣に、同じように座り込んだタカヒコは、助けてもらった礼を述べた。


ようやく、緊張の解けたタカマにタカヒコはいろいろと問いただした。今は亡きタカマの曽祖父は筑紫の邪馬台国から、初代火御子の死の直後、何かの事件に巻き込まれ、まだ子供だったタカマの父を連れて、先に大和盆地に入植していた一族を頼ってやってきたらしい。

祖父の亡き後長じて橿原と諍いを起こしたタカマの父は、葛城の山人の娘だった母のところへ婿入りしてタカマ兄妹をもうけた。父母は橿原の者に遺恨があったらしく、橿原一族の誰かに殺されてしまったらしい。

タカマ兄妹は母方である葛城の一族として養われる事となり、今は葛城山の中腹に小屋を建て妹と二人で暮らしている。ということだった。タカマは何が原因で自分の祖父や父が疎まれたのか全く心あたりもないし、何も知らないらしい。

そんなこんなで、タカマは橿原に対してはいい印象は持っていない。だから本来なら橿原の磐余の里でするべき商売(山で採れたものと他の産物、衣服などとの交換だが・・)をその手前の当麻に運び、代わりに磐余の里に持っていってもらっているのだ。そのため二上山から葛城山辺りまではタカマにとっては庭みたいなものだ。


「葛城族」とよく一括りにされるが、葛城山系に点在する各部族はヤソタケルら河内の諸部族とは違って、それぞれ縄張り意識が強く、通常交換経済つまり商事に関する事以外ではあまり付き合いを持たない。

二上山、葛城山に多く存在する巨石はその縄張りの目印でもあるのだ。血統が混じりにくいのである。したがって他部族との交わりを表す証拠となる「系譜」に対して無頓着な気質を生んでいる。またそれは一方で邪馬台国が開いた国際貿易による利益拡充や文明の発展にやや遅れを持つことにつながって行く。

余談ではあるが系譜に無頓着であった彼らは、我々現代人にとって、非常に理解しにくい系統の勢力の一つでもある。だが、葛城系氏族は系譜を紡ぎ出したのが遅かったがゆえに、一つの大きな遺産を残してくれている。

それがニギハヤヒの系譜と交わった葛城系氏族の一つ『海部氏系図』がそれである。何故二ギハヤヒの系譜と交わることとなったか?これはまた、このお話の展開を待って述べたいと思う。
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