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大和の章
オオモノヌシ 十
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苦悩しているオオナンジの目に上流から下ってくる船が見えた。船もこちらに気づいたようで舳先をこちらに向けて近づいてきた。船の男はナガスネヒコを見つけるや大声で呼びかけた。
「おおい、ナガスネ!!!」
上流から下ってきた船に乗っていたのは、オトシキという磯城の男とその部下だった。彼らは、先代の大物主の時代から出雲族といっても播磨系の伊和から枝分かれした部族の一つである。彼らは、元は橿原の中の磐余の里にいたが、大物主に請われて三輪山周辺の治安を守るためひとつの役目が与えられていた。
その役目とは『異族の監視』である。イワレヒコやニギハヤヒらだけでなく、大和盆地に新たに入植してきた氏族や部族を監視し、その動きを逐一大物主に直接伝えるののだ。役目を全うするために租税の免除をうけている。
しかし、表向きは田畑が耕せる土地をあたえられていない『蛮族』『蝦夷』と認識されていた。江戸幕府風にいえば「隠密」といったところだ。その素性をしっているのは大物主とごくわずかの出雲や播磨からの入植者だけである。もちろん加茂武角身と姻戚を結んだナガスネヒコの一族もそのうちである。
オトシキたちは橿原の動きを察知し、大物主に伝えたのだ。大物主は文字通り「助け舟」を寄越したのだった。
大物主はニギハヤヒとコヤネの謀議が終わった直後に、同じ三輪山の宮の中でオトシキの兄、エシキからの橿原の動きについて報告を受けていた。
この時点ではまさか自らの右腕であるニギハヤヒが今回の策謀の黒幕だとまでは気がついてはいなかったが、エシキ、オトシキ兄弟に大物主の使いで河内に行くという名目を与えたのだ。そしてなにかあれば、タカヒコ一行を無事に三輪へ連れて参れと命令したのである。
大和川の出口を抑える橿原勢、そしてニギハヤヒも現大物主の命に表立って逆らうことは難しかった。大物主の座を禅譲によって手にいれる事を目的にしている以上、大物主本人と揉めるのも避けたかった。
イワレヒコやニギハヤヒにとってタカヒコらの絶命はあくまで事故を装わなくてはいけないのだ。それに橿原の検問はオトシキ一人が乗った船を行かせても問題はあるまいと簡単に通してしまったのだ。
オトシキの船は底が二重になって人が2・3人寝転べるくらいの船倉がある。この船倉に隠れて三輪山まで一気にしのび込むのである。
オオナンジはオトシキに尋ねた。
「お主らは大物主様より直接、我らを連れて来るよう命を出されたのだな?」
「左様にございます。」
ナガスネヒコが更にオトシキに尋ねた。
「オトシキよ、ニギハヤヒ様はそなたらがここに来ていることを知っているのか?」
「いえ、私たち兄弟は真夜中に誰にも知られぬように大物主様に面会いたしました。」
「うむ。そなたらはイワレヒコ殿が日向から入植される前の橿原の主であったの?」
「橿原などという広い土地ではありません。橿原のほんの一部、磐余の里です。」
オオナンジが口を挟んだ。
「磐余の里だと?」
「はい。先祖は播磨より」
「ワシはオオナンジ、播磨の伊和より参った」
「では!」
「元を辿ればそなたらとワシらは同族じゃな。こんな窮地に同族と出会うと、少しほっとする」
と、オオナンジは笑みを浮かべ、更に問いかけた。
「オトシキよ、大物主様はタカヒコへ禅譲するのを求めておるのか?」
「禅譲?それは正直、わかりません。ナガスネヒコ様もご存知の通り、私たちは貴方たちと違い「まつりごと」には一切関わりません。大物主様を陰から守る事が私達の使命。ただひとつ、タカヒコ様御一行を無事に三輪山へお連れすることのみ、大物主様とお約束して参りました。大物主様は一刻も早く、タカヒコ様と会いたいと仰せです。」
「とりあえず、三輪山へはたどり着けるようだな」
オオナンジが力なく笑った。なにしろこれから寝転んだ状態のまま船倉に閉じ込められるわけである。
エシキ、オトシキ兄弟の生まれた磐余の里は今は橿原の中心地である。イワレヒコらが播磨から捕虜として連れてこられたとき、磐余の里を明け渡し三輪山へと移動したのだ。見方によっては、父祖の地をイワレヒコらに奪われたのも同じである。その采配はニギハヤヒによるものであったが、それを伝え聞いた大物主は自らの親衛隊としてエシキの一族を三輪山に迎えたのである。
エシキの策により、オオナンジ一行は恐らく遠巻きに張り付いているであろう橿原の見張りを振りきるためにわざと川下の中継所まで逆戻りして乗り換えることになった。
エシキの小船だけがまず中継港に向け出発した。オオナンジとナガスネヒコは暫くして二重底のあるオトシキの船に乗り込んで後を追った。
隠れて見ているであろう橿原の者たちにはあきらめて河内に戻ったように見えたことだろう・・・・。
「おおい、ナガスネ!!!」
上流から下ってきた船に乗っていたのは、オトシキという磯城の男とその部下だった。彼らは、先代の大物主の時代から出雲族といっても播磨系の伊和から枝分かれした部族の一つである。彼らは、元は橿原の中の磐余の里にいたが、大物主に請われて三輪山周辺の治安を守るためひとつの役目が与えられていた。
その役目とは『異族の監視』である。イワレヒコやニギハヤヒらだけでなく、大和盆地に新たに入植してきた氏族や部族を監視し、その動きを逐一大物主に直接伝えるののだ。役目を全うするために租税の免除をうけている。
しかし、表向きは田畑が耕せる土地をあたえられていない『蛮族』『蝦夷』と認識されていた。江戸幕府風にいえば「隠密」といったところだ。その素性をしっているのは大物主とごくわずかの出雲や播磨からの入植者だけである。もちろん加茂武角身と姻戚を結んだナガスネヒコの一族もそのうちである。
オトシキたちは橿原の動きを察知し、大物主に伝えたのだ。大物主は文字通り「助け舟」を寄越したのだった。
大物主はニギハヤヒとコヤネの謀議が終わった直後に、同じ三輪山の宮の中でオトシキの兄、エシキからの橿原の動きについて報告を受けていた。
この時点ではまさか自らの右腕であるニギハヤヒが今回の策謀の黒幕だとまでは気がついてはいなかったが、エシキ、オトシキ兄弟に大物主の使いで河内に行くという名目を与えたのだ。そしてなにかあれば、タカヒコ一行を無事に三輪へ連れて参れと命令したのである。
大和川の出口を抑える橿原勢、そしてニギハヤヒも現大物主の命に表立って逆らうことは難しかった。大物主の座を禅譲によって手にいれる事を目的にしている以上、大物主本人と揉めるのも避けたかった。
イワレヒコやニギハヤヒにとってタカヒコらの絶命はあくまで事故を装わなくてはいけないのだ。それに橿原の検問はオトシキ一人が乗った船を行かせても問題はあるまいと簡単に通してしまったのだ。
オトシキの船は底が二重になって人が2・3人寝転べるくらいの船倉がある。この船倉に隠れて三輪山まで一気にしのび込むのである。
オオナンジはオトシキに尋ねた。
「お主らは大物主様より直接、我らを連れて来るよう命を出されたのだな?」
「左様にございます。」
ナガスネヒコが更にオトシキに尋ねた。
「オトシキよ、ニギハヤヒ様はそなたらがここに来ていることを知っているのか?」
「いえ、私たち兄弟は真夜中に誰にも知られぬように大物主様に面会いたしました。」
「うむ。そなたらはイワレヒコ殿が日向から入植される前の橿原の主であったの?」
「橿原などという広い土地ではありません。橿原のほんの一部、磐余の里です。」
オオナンジが口を挟んだ。
「磐余の里だと?」
「はい。先祖は播磨より」
「ワシはオオナンジ、播磨の伊和より参った」
「では!」
「元を辿ればそなたらとワシらは同族じゃな。こんな窮地に同族と出会うと、少しほっとする」
と、オオナンジは笑みを浮かべ、更に問いかけた。
「オトシキよ、大物主様はタカヒコへ禅譲するのを求めておるのか?」
「禅譲?それは正直、わかりません。ナガスネヒコ様もご存知の通り、私たちは貴方たちと違い「まつりごと」には一切関わりません。大物主様を陰から守る事が私達の使命。ただひとつ、タカヒコ様御一行を無事に三輪山へお連れすることのみ、大物主様とお約束して参りました。大物主様は一刻も早く、タカヒコ様と会いたいと仰せです。」
「とりあえず、三輪山へはたどり着けるようだな」
オオナンジが力なく笑った。なにしろこれから寝転んだ状態のまま船倉に閉じ込められるわけである。
エシキ、オトシキ兄弟の生まれた磐余の里は今は橿原の中心地である。イワレヒコらが播磨から捕虜として連れてこられたとき、磐余の里を明け渡し三輪山へと移動したのだ。見方によっては、父祖の地をイワレヒコらに奪われたのも同じである。その采配はニギハヤヒによるものであったが、それを伝え聞いた大物主は自らの親衛隊としてエシキの一族を三輪山に迎えたのである。
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