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大和の章
オオモノヌシ 八
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「何者だ!我は大和大物主の配下ナガスネヒコなるぞ!」
ヒオミをはじめ烽火台を乗っ取った久米勢は、下の川に居たはずのナガスネヒコがいきなり背後から現れたことに狼狽した。ナガスネヒコは二上山の動きが陽動作戦であることを見ぬき、大石を避けてすぐ烽火台へと上ってきたのだ。もともとこの辺りの守備を任されていただけに地理には詳しい。
「ナガスネか???」
ヒオミは、側にいた者に見に行かせた。その直後。
「うわぁ!!!」
という、叫び声が聞こえた。少しの間、乱闘の喚声、剣と剣が響き合う音が続いたが、やがて烽火台の周辺は静けさに包まれた。
ヒオミは少し後悔していた。主人であるイワレヒコからは偵察行動だけを命じられていた。しかしイリヒコから『タカヒコが死ぬ事がイワレヒコそして橿原にとっては最上の出来事』だと聞かされた。そう聞いてしまった以上、日向からイワレヒコについてきた久米部の大将としては行動に移す以外の選択肢はなかった。
(まさか、我が兵たちが全滅したのか??)
ヒオミの背筋に冷たいものが走った。
(ごくっ)ヒオミは、噂に聞くナガスネヒコの豪勇振りを思い浮かべ緊張のあまり溢れてきた唾を飲み込んで、表とは反対側にある絶壁を見下ろす裏口にそっと近づいた。
そこから外を覗いてみたがナガスネらしき人影も久米の兵の息遣いもなかった。しかし表の扉を蹴破る音がした。
(くそっ!)と、舌打ちした後、裏口から踊り出たヒオミは真赤に焼けた大石をせき止めていた石を取り除きはじめた。
「止めろ!」
表の入口から入ってきたナガスネヒコは裏口が開いているのをみつけ一気に裏口に迫ってきた。
少なからぬ刀傷をうけたのか片口から出血しているのが一目で見て取れた。ナガスネヒコがヒオミにつかみ飛び掛かったその瞬間、大石は土台から離れ断崖の下、タカヒコたちの船をめがけ落ちて行った・・・・・・。
「くそっ!」
ナガスネヒコは、ヒオミの事を忘れ断崖の端に這いつくばって下の様子をうかがったが水飛沫に阻まれはっきりとは見えなかった。尚も目を凝らして様子をうかがおうとしたその時、
(ぐさっ!)
鈍い音がナガスネヒコの背中から響いた。すぐに温かい感触が彼の上半身から腰の辺りまで流れ落ちろように張り付いた。
「?」
首を後ろにひねり、背後を見るとそこには、剣を持ったヒオミが居た。剣の切っ先はナガスネヒコの背中にもぐり込んでいた。どうやら背中全体に広がった温かさはこいつのせいらしい。どうやら事態が飲み込めた。這いつくばった彼の背中にはヒオミの剣が突き刺さっているのだ。
「ふんっ!」とばかりに体をよじり、右手に持っていた鉄剣をヒオミにぶつけるように振りまわした。ヒオミがその切っ先を交わすため後ろに飛んだ瞬間、ヒオミの手にしていた剣の切っ先はナガスネヒコの背中から抜けていった。ナガスネヒコの背中はさらに熱くなり痺れてきた。
ヒオミが離れたのを幸いに起き上がったナガスネヒコは剣を構えた。ヒオミはナガスネヒコが立ちあがったと同時にその場から逃げ出した。それを目で追っていたナガスネヒコだったが今度は眩暈が彼を襲った。
かなり出血したらしい。あっという間に烽火台の周辺にいた三十人近い久米兵を切り伏せた豪傑ナガスネヒコでさえ、今は剣を杖がわりに地面に突き立て、倒れこむことを防ぐことしかできなかった。
「ナガスネヒコ!大丈夫か!!!」
そこへやってきたのはずぶ濡れになってナガスネヒコの後を追ってきたオオナンジとシコオ達であった。
彼らは川の中でなんとか石の直撃を避け、断崖を登り始めたナガスネヒコを見つけ後を追ってきたのだ。ナガスネヒコならこの辺りの地理と情勢に詳しいからだ。遠くなる意識の中でナガスネヒコはオオナンジの方へと倒れ込んだ。オオナンジは彼を助け起こし、護衛のシコオたちに手当てを命じた。幸いこのあたりの山には薬草が沢山ある。
真赤に焼けた大石が投下された大和川は悲惨な状態に陥っていた。大石は慌てて落されたため船上直撃こそ避けられたが、焼けた大石は冷たい川の水に触れると急激な温度変化のためか、まるで爆弾のように砕けてしまったのである。その破片が船とその周辺にいた者たちを襲ったのだ。さらにそのショックで大波をうけ船は転覆してしまっている。
一方ナガスネヒコを刺したヒオミは、大和川の惨状を尻目に一目散に対岸の二上山へと向かった。烽火台の兵は全部ナガスネヒコにやられてしまったので、二上山に潜む別働隊と合流するためである。
ヒオミの当初の計画では、このまま川へ降りてタカヒコに留めを刺さねばならなかったのだが、手負いとはいえ豪勇ぶりの噂されるタカヒコとタケミカヅチにたった一人で向かっていけるはずもなかったのだ。
二上山に配置している別働隊は二十名。タカヒコらに留めを刺すために揃えられた久米の精鋭とは違い、大和、河内あたりの山の民であり、ヤソタケルと同族の者達であった。
しかも烽火台の精鋭三十名はナガスネヒコ一人にやられてしまっている。ヒオミはこの作戦が中途半端に終わるかも知れないと思い始めていた。あれほど強いとは計算外だったのだ。
ヒオミをはじめ烽火台を乗っ取った久米勢は、下の川に居たはずのナガスネヒコがいきなり背後から現れたことに狼狽した。ナガスネヒコは二上山の動きが陽動作戦であることを見ぬき、大石を避けてすぐ烽火台へと上ってきたのだ。もともとこの辺りの守備を任されていただけに地理には詳しい。
「ナガスネか???」
ヒオミは、側にいた者に見に行かせた。その直後。
「うわぁ!!!」
という、叫び声が聞こえた。少しの間、乱闘の喚声、剣と剣が響き合う音が続いたが、やがて烽火台の周辺は静けさに包まれた。
ヒオミは少し後悔していた。主人であるイワレヒコからは偵察行動だけを命じられていた。しかしイリヒコから『タカヒコが死ぬ事がイワレヒコそして橿原にとっては最上の出来事』だと聞かされた。そう聞いてしまった以上、日向からイワレヒコについてきた久米部の大将としては行動に移す以外の選択肢はなかった。
(まさか、我が兵たちが全滅したのか??)
ヒオミの背筋に冷たいものが走った。
(ごくっ)ヒオミは、噂に聞くナガスネヒコの豪勇振りを思い浮かべ緊張のあまり溢れてきた唾を飲み込んで、表とは反対側にある絶壁を見下ろす裏口にそっと近づいた。
そこから外を覗いてみたがナガスネらしき人影も久米の兵の息遣いもなかった。しかし表の扉を蹴破る音がした。
(くそっ!)と、舌打ちした後、裏口から踊り出たヒオミは真赤に焼けた大石をせき止めていた石を取り除きはじめた。
「止めろ!」
表の入口から入ってきたナガスネヒコは裏口が開いているのをみつけ一気に裏口に迫ってきた。
少なからぬ刀傷をうけたのか片口から出血しているのが一目で見て取れた。ナガスネヒコがヒオミにつかみ飛び掛かったその瞬間、大石は土台から離れ断崖の下、タカヒコたちの船をめがけ落ちて行った・・・・・・。
「くそっ!」
ナガスネヒコは、ヒオミの事を忘れ断崖の端に這いつくばって下の様子をうかがったが水飛沫に阻まれはっきりとは見えなかった。尚も目を凝らして様子をうかがおうとしたその時、
(ぐさっ!)
鈍い音がナガスネヒコの背中から響いた。すぐに温かい感触が彼の上半身から腰の辺りまで流れ落ちろように張り付いた。
「?」
首を後ろにひねり、背後を見るとそこには、剣を持ったヒオミが居た。剣の切っ先はナガスネヒコの背中にもぐり込んでいた。どうやら背中全体に広がった温かさはこいつのせいらしい。どうやら事態が飲み込めた。這いつくばった彼の背中にはヒオミの剣が突き刺さっているのだ。
「ふんっ!」とばかりに体をよじり、右手に持っていた鉄剣をヒオミにぶつけるように振りまわした。ヒオミがその切っ先を交わすため後ろに飛んだ瞬間、ヒオミの手にしていた剣の切っ先はナガスネヒコの背中から抜けていった。ナガスネヒコの背中はさらに熱くなり痺れてきた。
ヒオミが離れたのを幸いに起き上がったナガスネヒコは剣を構えた。ヒオミはナガスネヒコが立ちあがったと同時にその場から逃げ出した。それを目で追っていたナガスネヒコだったが今度は眩暈が彼を襲った。
かなり出血したらしい。あっという間に烽火台の周辺にいた三十人近い久米兵を切り伏せた豪傑ナガスネヒコでさえ、今は剣を杖がわりに地面に突き立て、倒れこむことを防ぐことしかできなかった。
「ナガスネヒコ!大丈夫か!!!」
そこへやってきたのはずぶ濡れになってナガスネヒコの後を追ってきたオオナンジとシコオ達であった。
彼らは川の中でなんとか石の直撃を避け、断崖を登り始めたナガスネヒコを見つけ後を追ってきたのだ。ナガスネヒコならこの辺りの地理と情勢に詳しいからだ。遠くなる意識の中でナガスネヒコはオオナンジの方へと倒れ込んだ。オオナンジは彼を助け起こし、護衛のシコオたちに手当てを命じた。幸いこのあたりの山には薬草が沢山ある。
真赤に焼けた大石が投下された大和川は悲惨な状態に陥っていた。大石は慌てて落されたため船上直撃こそ避けられたが、焼けた大石は冷たい川の水に触れると急激な温度変化のためか、まるで爆弾のように砕けてしまったのである。その破片が船とその周辺にいた者たちを襲ったのだ。さらにそのショックで大波をうけ船は転覆してしまっている。
一方ナガスネヒコを刺したヒオミは、大和川の惨状を尻目に一目散に対岸の二上山へと向かった。烽火台の兵は全部ナガスネヒコにやられてしまったので、二上山に潜む別働隊と合流するためである。
ヒオミの当初の計画では、このまま川へ降りてタカヒコに留めを刺さねばならなかったのだが、手負いとはいえ豪勇ぶりの噂されるタカヒコとタケミカヅチにたった一人で向かっていけるはずもなかったのだ。
二上山に配置している別働隊は二十名。タカヒコらに留めを刺すために揃えられた久米の精鋭とは違い、大和、河内あたりの山の民であり、ヤソタケルと同族の者達であった。
しかも烽火台の精鋭三十名はナガスネヒコ一人にやられてしまっている。ヒオミはこの作戦が中途半端に終わるかも知れないと思い始めていた。あれほど強いとは計算外だったのだ。
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