45 / 179
大和の章
オオモノヌシ 五
しおりを挟む
三輪の執務用の建物の中でニギハヤヒは、コヤネの持ち帰った竹簡を読んだ。なんとも受け入れがたい内容が含まれていたが、現時点ではこれを飲むしかしょうがなかった。ニギハヤヒはコヤネの自慢げな報告を聞き終わると、一言だけコヤネに尋ねた。
「この竹簡はイワレヒコ殿のご意志か?」
「イワレヒコ殿はもちろん橿原の総意であると、イリヒコ殿が署名なされました。」
「そうか・・・。ヒボコ上がりのあの男か・・・・・・。」
浮かぬ顔をしているニギハヤヒの顔色を伺いつつコヤネが遠慮がちに。
「何か、私の交渉に不手際がございましたのでしょうか??」
「いやいや、そうではない。なかなかの名文を書く男が橿原にいたものだと感心しただけのこと。」
ニギハヤヒは、コヤネに内容を明かさなかった。もしここでコヤネの不備を指摘する事でコヤネの立場を微妙にすることは何もプラスにならないと考えたからである。
三輪山の軍勢とコヤネの東国軍の二つがそろわないと、橿原勢に対して全く押さえが効かなくなるからである。東国軍を構成する蝦夷の剛勇を利用しない手はない。
「さようでございますか、確かにあのイリヒコという男は一筋縄では行かぬ雰囲気がござりました」
「いやいやその男を向こうに回しこれだけの成果を引き出すとは、流石は倭国随一と歌われるコヤネ殿の交渉術ですな」
「これで、わが息子の不手際も幾分かは取り戻せましたでしょうか?」
「十分でござる。しかしナガスネヒコとミカヅチは今ごろどうしておるやら」
「私が橿原に赴いている間、何か報告はございませんでしたか?」
「タカヒコ殿、いやタカヒコと播磨の頑固者の軍は、摂津の渡で夜営しているらしい」
「では、決戦は明日になりますな?」
「大和川の下流の砦に、出雲のタカヒコからという伝令が入ったようだ」
「こちらへは、大和川を遡る道筋を通ってくるようですな」
「橿原にだけは任せてはおけまい。コヤネ殿の軍勢も幾らかを葛城の方へ裂いていただきたい。その途上、ウマシマチを橿原へ人質として送っていただきたい。コヤネ殿なら息子のことをお任せできる」
「はっ!確かに承りました」
「さぁ、コヤネ殿も今夜はお休みになられよ、明朝夜明けとともに出発していただきたい」
ニギハヤヒの執務室の灯は落とされた。嵐の前の静けさか、磯城纒向三輪山の政庁一帯はひっそりと静まり返った。しかし暫くして大物主の居室の灯かりが点されたことは、大物主の身辺を世話しているごくわずかの人しか気が付くことはなかった。勿論、ニギハヤヒの預かり知らぬことである・・・・。
タカヒコらは翌朝早く、大和川の河口で川を溯上するための小船を求め、河口に設けられた砦に立ち寄っていた。もうあたりは薄暮というより、漆黒の緞帳のような闇が太陽の光によって裂かれようとするところであった。
タカヒコとオオナンジは溯上の段取りと中継点への連絡などの交渉を、もともとはここの責任者であるナガスネヒコに任せた。
前任者のナガスネヒコがタカヒコらを連れてきたので砦の現責任者であるアカガネは右往左往し、慌てながらも烽火や松明、船の準備と護衛の手配、各所に設けられた中継所、烽火台への連絡を行った。
砦とこの地点の主将であるアカガネにとって、武人のナガスネヒコ以外の要人に初めて会うことは初めての経験であった。(もし声をかけられたらどうしようか?)などと対面を前にして考えていた。
日矛撃退の播磨合戦の主役の一人であるオオナンジは彼ら武人にとっては今や伝説の存在であり、とおり名の示すとおり神にも比すべき存在である。そして若き貴人、大国主の息子であるタカヒコなどは雲の上の存在である。
オオナンジは自分の方が立場も年齢も上なのでアカガネの挨拶にもぶっきらぼうに答えた。アカガネも緊張のせいで、前もって暗記していた挨拶の言を述べるので精一杯であった。
しかしタカヒコは加茂のカブロギに窘められた経験もあって、年上のアカガネに礼を尽くして挨拶を交わした。彼に緊張を解くように言い、儀礼だけでなく河内の港の状態や、瀬戸内の様子、周囲の状態などを逐一質問し、それに答えるアカガネの報告の緻密さを誉めた。さらにはアカガネに「ヤソタケル」という勇ましい名前を与えた。
この名前には大和河内に点在する幾つもの部族、集落の総まとめという意味が含まれている。アカガネはタカヒコとの会話にいたく感動を覚えた。この感動が後に、最後の最後まで天孫とよばれる侵略者に反抗し、敵対させた理由の一つでもある。
その様子を見ていたナガスネヒコやタケミカヅチは正直驚いた。彼らもニギハヤヒに大事にされていることは自覚してはいたが、そこにはタカヒコが自分たちや今アカガネらふりまく親密さとか気安さと違い「合理性」が感じられた。
あくまでニギハヤヒは彼らの「武力」だけを求めているのだ。その「武力」をニギハヤヒのために用いることのできなくなった今、ニギハヤヒは彼らのことをどう思っているのだろう?そんな疑問も彼らの脳裏によぎったが今はタカヒコの若さと明るさと豪胆で一本気なところに惹かれてもいた。
「この竹簡はイワレヒコ殿のご意志か?」
「イワレヒコ殿はもちろん橿原の総意であると、イリヒコ殿が署名なされました。」
「そうか・・・。ヒボコ上がりのあの男か・・・・・・。」
浮かぬ顔をしているニギハヤヒの顔色を伺いつつコヤネが遠慮がちに。
「何か、私の交渉に不手際がございましたのでしょうか??」
「いやいや、そうではない。なかなかの名文を書く男が橿原にいたものだと感心しただけのこと。」
ニギハヤヒは、コヤネに内容を明かさなかった。もしここでコヤネの不備を指摘する事でコヤネの立場を微妙にすることは何もプラスにならないと考えたからである。
三輪山の軍勢とコヤネの東国軍の二つがそろわないと、橿原勢に対して全く押さえが効かなくなるからである。東国軍を構成する蝦夷の剛勇を利用しない手はない。
「さようでございますか、確かにあのイリヒコという男は一筋縄では行かぬ雰囲気がござりました」
「いやいやその男を向こうに回しこれだけの成果を引き出すとは、流石は倭国随一と歌われるコヤネ殿の交渉術ですな」
「これで、わが息子の不手際も幾分かは取り戻せましたでしょうか?」
「十分でござる。しかしナガスネヒコとミカヅチは今ごろどうしておるやら」
「私が橿原に赴いている間、何か報告はございませんでしたか?」
「タカヒコ殿、いやタカヒコと播磨の頑固者の軍は、摂津の渡で夜営しているらしい」
「では、決戦は明日になりますな?」
「大和川の下流の砦に、出雲のタカヒコからという伝令が入ったようだ」
「こちらへは、大和川を遡る道筋を通ってくるようですな」
「橿原にだけは任せてはおけまい。コヤネ殿の軍勢も幾らかを葛城の方へ裂いていただきたい。その途上、ウマシマチを橿原へ人質として送っていただきたい。コヤネ殿なら息子のことをお任せできる」
「はっ!確かに承りました」
「さぁ、コヤネ殿も今夜はお休みになられよ、明朝夜明けとともに出発していただきたい」
ニギハヤヒの執務室の灯は落とされた。嵐の前の静けさか、磯城纒向三輪山の政庁一帯はひっそりと静まり返った。しかし暫くして大物主の居室の灯かりが点されたことは、大物主の身辺を世話しているごくわずかの人しか気が付くことはなかった。勿論、ニギハヤヒの預かり知らぬことである・・・・。
タカヒコらは翌朝早く、大和川の河口で川を溯上するための小船を求め、河口に設けられた砦に立ち寄っていた。もうあたりは薄暮というより、漆黒の緞帳のような闇が太陽の光によって裂かれようとするところであった。
タカヒコとオオナンジは溯上の段取りと中継点への連絡などの交渉を、もともとはここの責任者であるナガスネヒコに任せた。
前任者のナガスネヒコがタカヒコらを連れてきたので砦の現責任者であるアカガネは右往左往し、慌てながらも烽火や松明、船の準備と護衛の手配、各所に設けられた中継所、烽火台への連絡を行った。
砦とこの地点の主将であるアカガネにとって、武人のナガスネヒコ以外の要人に初めて会うことは初めての経験であった。(もし声をかけられたらどうしようか?)などと対面を前にして考えていた。
日矛撃退の播磨合戦の主役の一人であるオオナンジは彼ら武人にとっては今や伝説の存在であり、とおり名の示すとおり神にも比すべき存在である。そして若き貴人、大国主の息子であるタカヒコなどは雲の上の存在である。
オオナンジは自分の方が立場も年齢も上なのでアカガネの挨拶にもぶっきらぼうに答えた。アカガネも緊張のせいで、前もって暗記していた挨拶の言を述べるので精一杯であった。
しかしタカヒコは加茂のカブロギに窘められた経験もあって、年上のアカガネに礼を尽くして挨拶を交わした。彼に緊張を解くように言い、儀礼だけでなく河内の港の状態や、瀬戸内の様子、周囲の状態などを逐一質問し、それに答えるアカガネの報告の緻密さを誉めた。さらにはアカガネに「ヤソタケル」という勇ましい名前を与えた。
この名前には大和河内に点在する幾つもの部族、集落の総まとめという意味が含まれている。アカガネはタカヒコとの会話にいたく感動を覚えた。この感動が後に、最後の最後まで天孫とよばれる侵略者に反抗し、敵対させた理由の一つでもある。
その様子を見ていたナガスネヒコやタケミカヅチは正直驚いた。彼らもニギハヤヒに大事にされていることは自覚してはいたが、そこにはタカヒコが自分たちや今アカガネらふりまく親密さとか気安さと違い「合理性」が感じられた。
あくまでニギハヤヒは彼らの「武力」だけを求めているのだ。その「武力」をニギハヤヒのために用いることのできなくなった今、ニギハヤヒは彼らのことをどう思っているのだろう?そんな疑問も彼らの脳裏によぎったが今はタカヒコの若さと明るさと豪胆で一本気なところに惹かれてもいた。
7
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説



帝国夜襲艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1921年。すべての始まりはこの会議だった。伏見宮博恭王軍事参議官が将来の日本海軍は夜襲を基本戦術とすべきであるという結論を出したのだ。ここを起点に日本海軍は徐々に変革していく…。
今回もいつものようにこんなことがあれば良いなぁと思いながら書いています。皆さまに楽しくお読みいただければ幸いです!

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。


戦争はただ冷酷に
航空戦艦信濃
歴史・時代
1900年代、日露戦争の英雄達によって帝国陸海軍の教育は大きな変革を遂げた。戦術だけでなく戦略的な視点で、すべては偉大なる皇国の為に、徹底的に敵を叩き潰すための教育が行われた。その為なら、武士道を捨てることだって厭わない…
1931年、満州の荒野からこの教育の成果が世界に示される。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)

連合艦隊司令長官、井上成美
ypaaaaaaa
歴史・時代
2・26事件に端を発する国内の動乱や、日中両国の緊張状態の最中にある1937年1月16日、内々に海軍大臣就任が決定していた米内光政中将が高血圧で倒れた。命には別状がなかったものの、少しの間の病養が必要となった。これを受け、米内は信頼のおける部下として山本五十六を自分の代替として海軍大臣に推薦。そして空席になった連合艦隊司令長官には…。
毎度毎度こんなことがあったらいいな読んで、楽しんで頂いたら幸いです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる