大陰史記〜出雲国譲りの真相〜

桜小径

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大和の章

オオモノヌシ 五

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三輪の執務用の建物の中でニギハヤヒは、コヤネの持ち帰った竹簡を読んだ。なんとも受け入れがたい内容が含まれていたが、現時点ではこれを飲むしかしょうがなかった。ニギハヤヒはコヤネの自慢げな報告を聞き終わると、一言だけコヤネに尋ねた。

「この竹簡はイワレヒコ殿のご意志か?」

「イワレヒコ殿はもちろん橿原の総意であると、イリヒコ殿が署名なされました。」

「そうか・・・。ヒボコ上がりのあの男か・・・・・・。」

浮かぬ顔をしているニギハヤヒの顔色を伺いつつコヤネが遠慮がちに。

「何か、私の交渉に不手際がございましたのでしょうか??」

「いやいや、そうではない。なかなかの名文を書く男が橿原にいたものだと感心しただけのこと。」

ニギハヤヒは、コヤネに内容を明かさなかった。もしここでコヤネの不備を指摘する事でコヤネの立場を微妙にすることは何もプラスにならないと考えたからである。

三輪山の軍勢とコヤネの東国軍の二つがそろわないと、橿原勢に対して全く押さえが効かなくなるからである。東国軍を構成する蝦夷の剛勇を利用しない手はない。

「さようでございますか、確かにあのイリヒコという男は一筋縄では行かぬ雰囲気がござりました」

「いやいやその男を向こうに回しこれだけの成果を引き出すとは、流石は倭国随一と歌われるコヤネ殿の交渉術ですな」

「これで、わが息子の不手際も幾分かは取り戻せましたでしょうか?」

「十分でござる。しかしナガスネヒコとミカヅチは今ごろどうしておるやら」

「私が橿原に赴いている間、何か報告はございませんでしたか?」

「タカヒコ殿、いやタカヒコと播磨の頑固者の軍は、摂津の渡で夜営しているらしい」

「では、決戦は明日になりますな?」

「大和川の下流の砦に、出雲のタカヒコからという伝令が入ったようだ」

「こちらへは、大和川を遡る道筋を通ってくるようですな」

「橿原にだけは任せてはおけまい。コヤネ殿の軍勢も幾らかを葛城の方へ裂いていただきたい。その途上、ウマシマチを橿原へ人質として送っていただきたい。コヤネ殿なら息子のことをお任せできる」

「はっ!確かに承りました」

「さぁ、コヤネ殿も今夜はお休みになられよ、明朝夜明けとともに出発していただきたい」

ニギハヤヒの執務室の灯は落とされた。嵐の前の静けさか、磯城纒向三輪山の政庁一帯はひっそりと静まり返った。しかし暫くして大物主の居室の灯かりが点されたことは、大物主の身辺を世話しているごくわずかの人しか気が付くことはなかった。勿論、ニギハヤヒの預かり知らぬことである・・・・。

タカヒコらは翌朝早く、大和川の河口で川を溯上するための小船を求め、河口に設けられた砦に立ち寄っていた。もうあたりは薄暮というより、漆黒の緞帳のような闇が太陽の光によって裂かれようとするところであった。

タカヒコとオオナンジは溯上の段取りと中継点への連絡などの交渉を、もともとはここの責任者であるナガスネヒコに任せた。

前任者のナガスネヒコがタカヒコらを連れてきたので砦の現責任者であるアカガネは右往左往し、慌てながらも烽火や松明、船の準備と護衛の手配、各所に設けられた中継所、烽火台への連絡を行った。

砦とこの地点の主将であるアカガネにとって、武人のナガスネヒコ以外の要人に初めて会うことは初めての経験であった。(もし声をかけられたらどうしようか?)などと対面を前にして考えていた。

日矛撃退の播磨合戦の主役の一人であるオオナンジは彼ら武人にとっては今や伝説の存在であり、とおり名の示すとおり神にも比すべき存在である。そして若き貴人、大国主の息子であるタカヒコなどは雲の上の存在である。

オオナンジは自分の方が立場も年齢も上なのでアカガネの挨拶にもぶっきらぼうに答えた。アカガネも緊張のせいで、前もって暗記していた挨拶の言を述べるので精一杯であった。

しかしタカヒコは加茂のカブロギに窘められた経験もあって、年上のアカガネに礼を尽くして挨拶を交わした。彼に緊張を解くように言い、儀礼だけでなく河内の港の状態や、瀬戸内の様子、周囲の状態などを逐一質問し、それに答えるアカガネの報告の緻密さを誉めた。さらにはアカガネに「ヤソタケル」という勇ましい名前を与えた。

この名前には大和河内に点在する幾つもの部族、集落の総まとめという意味が含まれている。アカガネはタカヒコとの会話にいたく感動を覚えた。この感動が後に、最後の最後まで天孫とよばれる侵略者に反抗し、敵対させた理由の一つでもある。

その様子を見ていたナガスネヒコやタケミカヅチは正直驚いた。彼らもニギハヤヒに大事にされていることは自覚してはいたが、そこにはタカヒコが自分たちや今アカガネらふりまく親密さとか気安さと違い「合理性」が感じられた。

あくまでニギハヤヒは彼らの「武力」だけを求めているのだ。その「武力」をニギハヤヒのために用いることのできなくなった今、ニギハヤヒは彼らのことをどう思っているのだろう?そんな疑問も彼らの脳裏によぎったが今はタカヒコの若さと明るさと豪胆で一本気なところに惹かれてもいた。
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