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大和の章

オオモノヌシ 三

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「倭の大王」つまりは、倭人の倭国の王でありしかも大王というからには倭地域全体を統べる王である。これは大国主の配下では名乗りたくても名乗れない称号であり、筑紫の邪馬台国という「晋に認められた倭王」がこの世にある以上、誰も認めてくれない王の称号でもある。

ニギハヤヒがコヤネを通じ、イワレヒコ一族に持ち込んだ起死回生の策とは、

1・まずタカヒコとオオナンジという厄介者を大和川での事故死にみせかけて暗殺し、大物主の座を空位にする。

2・近々行われるであろう筑紫と出雲の戦争には出雲側として参戦し、大国主らを油断させ、大和に大して疑念を持たせないようにし、筑紫攻撃の先陣を受け持ち全力を尽くし出雲を勝利に導く。

3・戦争の混乱に乗じて「親魏倭王の印」や晋国が発行した正当な倭国の代表と認める割符などを持つタカミムスビ・オモイカネ親子を救出しそれらを奪取する。

4・それをを盾に大和は出雲から独立する。戦争状態になれば出雲と敵対している半島諸国や筑紫島の残存勢力も大和につくであろう。そうすれば出雲大国主とはいえ大和の独立を認めざるをえない。

そして、この計画にイワレヒコ一族が加担してくれるならニギハヤヒの息子らモノノベの者をイリヒコの臣下(人質)として差し出すというものである。そしてさらにイワレヒコらが望むならニギハヤヒ自らは石上に隠遁することも条件の中に入れた。

「そんなにうまくいくものか!」

イワレヒコは、コヤネから視線を外し吐き捨てるように言った。じっと聞いていたイリヒコがイワレヒコの方に向き直り、話し掛けた。

「義父上、そして義兄上様方、この計画に乗りましょう。」

「なんだと!」

「このまま橿原の地で細々とわが一族の血統を伸ばしていくのならタカヒコ様を迎えることが一番です。が、我らは大和や出雲にとっては所詮よそ者。そしてニギハヤヒにいたっては倭人ですらありません。そしてそれは半島からやってきた私も同じことです。」

「しかしわしはこんな他人任せの作戦が到底成し遂げられるとは思えない。」

「確かにそうです。このままでは我ら一族の全てを掛けるわけにはいきません。」

「では、どうするというのだ」

イリヒコはコヤネの方を向きこう言いつけた。

「コヤネ殿、ニギハヤヒの一族だけでなく、あなたからも人質をいただきたい。あなたの本拠は東国。もし仮にこの計画が失敗しても橿原のもの全員が東国に逃れられる手はずをすぐに整えてもらいたい。人質はあなたの子だけではなく、全ての中臣の者から出していただく。」

「一族全体の子供全部ですか??」

と、コヤネは狼狽しつつ聞き返した。

「そうです。今は大和に滞在している貴方の一族で手をうちましょう。しかし作戦が成功した暁には東国から新たに人質をいただく。子供全部とはいいません。タケミカヅチ殿は、せひ我が配下に頂きたい。そしてさらに一つ条件を加えさせていただきたい。タカヒコ様の襲撃はニギハヤヒ殿とあなたたちだけで成功させてほしい。もしこれに失敗すれば我々は大物主様の傘下としてあなた方を攻撃させていただく。」

「つまり、橿原勢はタカヒコ様暗殺には加わらないという仰せですか」

「その通り、我々は大物主様に臣従している身分です。その主筋にあたるタカヒコ様に刃を向けるなどという事は後世に残したくはありませんし、したくもありません。そして何よりこの段階で失敗すれば絵に描いた餅ですらありませんから」

「・・・」

「あてが外れましたか?コヤネ殿。ニギハヤヒ殿は我らの兵を使いタカヒコ様襲撃に充てようと思われていたのでしょう?」

「いえ、そのようなことは・・・」

「この期に及んで嘘をつかれるな。この橿原は大和川の出口にあたる要地。東国からの河川の運搬がますます盛んになれば我らがここにいては邪魔なのでしょう?タカヒコ様らとの戦の流れによっては我らを背後から襲い、この地を奪おうと思っておられるのでしょう。」

「いえ。滅相もない・・・」

コヤネはイリヒコにニギハヤヒとコヤネの考えの奥の底まで見透かされているような気がして声が震えてきた。

「では、今すぐ人質を橿原にお届けあれ。そうさなぁ。まずはニギハヤヒ殿のご子息でありナガスネヒコの甥でもあるご長男のウマシマチ殿がよかろう。彼なら三輪の居館におられよう。三輪からならすぐにでもこちらへおいでになることができるでしょう。」

「ぐっっ。」

今まで流暢に受け答えしてきたコヤネではあったが、人質の要求、しかもニギハヤヒが自らの後継者として位置付け、成長を楽しみにしている長男ウマシマチを人質にということであれば、コヤネの一存では到底答えられない。コヤネは大きく息を吸い込み観念したかのようなうめき声を漏らし眼を瞑った。

「どうされた?コヤネ殿??」

暫しの間イワレヒコの問いかけにも答えずじっと瞑目し俯いていたコヤネは中空を漂う何かに憑依されたかのように全身を痙攣させた直後、顔を天井に向けて両の眼を「かっ」とばかりに見開いた。ゆっくりと少しづつ顔を上げ、正面に向き直った時、コヤネの両の眼は真っ赤に血走っていた。そして対面の挨拶のするかのようにイワレヒコとイリヒコのほうに拍手をうち平伏した。そしてそのままの態勢のまま語り出した。
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