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播磨の章
オオナンジ 二
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タカヒコ達が話しをしているうちに、タケミカヅチはおよそ20張りほどの弓隊を先頭に100名ほどの歩兵を引き連れて川を押し渡ろうとしだした。こちらには弓矢の持ち合わせはない。
彼等は鹿皮の鎧を身につけているようだ。身のこなしも軽そうである。浅瀬を探しつつこちらに、じわじわと近づいて来る。先ほどタカヒコらが射掛けられたところまで進んでくると弓隊が射撃の構えをとった。
「まずい、あの丘まで退け!」
タカヒコ達は川から少し離れた小高い丘を目指して馬を走らせた。列を乱しながらもその場から全員が逃げ出し丘の上に集まった。射程から逃れたと思ったタカヒコが川の方を振り向くと、弓隊の最前列に大男のタケミカヅチが強弓を構えていた。目があったその瞬間、矢はミカヅチの弓から勢い良く飛び出し一直線にタカヒコの額を目掛けて飛んできた。キーンという金属音があたりにこだました。タカヒコの剛剣が一閃し矢を叩き落したのだ。直後に「にやり」とタケミカヅチが笑ったような顔をしたのをタカヒコは見逃さなかった。
タカヒコは正直タケミカヅチを恐れた。矢の距離はともかく、丘に向かって打ち上げたのにも関わらず矢の勢いが衰えてなかったからだ。常人離れした膂力である。
タケミカヅチはタカヒコ達の反撃を警戒し、弓隊と歩兵数10名を川中に残したまま摂津側の岸に揚々と引き上げていった。岸に上がり満足そうにタケミカヅチはタカヒコの方を見て笑った。
その時である。「ごうっ」という大音響があたりに響き、明石川は一気に水かさをあげた。まるで鉄砲水である。ミカヅチが置いていった兵たちはあっと言う間に水に飲まれた。
「何事だ!」
タカヒコらは矢の射程から逃げようとしたのが幸いして、誰も水に浚われなかった。一方摂津側の川岸は驚くほどの水に浸かっている。岸から離れて後方にいたタケミカヅチは膝くらいまで上がってきた水の中に呆然と立ちすくんでいた。
一瞬の鉄砲水に100名ほどの兵が彼の周りには極僅かの兵しか残っていない。川中にいた弓兵だけでなく川岸に展開していた歩兵も全て流されてしまったようだ。両陣営が戸惑っているうちに川の水はだんだんと少なくなってきた。が、それでも先ほどのような浅瀬の川とは風景が一変していた。かなりの水量をもつ川へと僅かの時間のうちに変貌してしまったのだ。
「ミカヅチよ、何が起こったのだ」
呆然としているミカヅチの背後から、声がした。後方の住吉の港で待機していたナガスネヒコである。タカヒコを見つけた知らせの烽火が上がったのを見て馬を飛ばして掛け付けてきたのだ。ナガスネヒコは大和軍本隊の精鋭を率いてきてはいるが、飽くまで哨戒部隊だという名目のため人数は騎馬10騎と歩兵・弓兵合わせて20名ほどである。残りは港に置いてきた。タカヒコの率いる員数を食い止めるくらいはこれだけの人数で十分事足りるという判断もあった。
「ナガスネヒコ様、いきなり川が暴れました。私の率いていた東国兵はほとんど川にながされてしまいました。先程まで水量の乏しかったこの川原に水が溢れ、大蛇が蠢くが如く一時に暴れ出し、我らの味方を飲み込んだのです。」
「なに、川が暴れただと?それほどの雨など降ってはおらぬ。上流からもそんな報告はうけておらぬが?」
タケミカヅチはナガスネヒコに自分達先遣隊が明石川に到着してからの様子を逐一報告した。ナガスネヒコは報告を聞きながらじっくりと考え込んでいたが、「はっ」と何かに気付いたような顔つきで語り出した。
「明石川の水量がそんなに少ないわけはない。さては・・・・・・。ここはまずい。ただちに住吉の港まで退却だ。港にいるコヤネに連絡をいれろ」
「えっどういうことでしょうか?」
「。。。間違いなくこな川の上流にいる。」
「誰が?」
「播磨の大河を自らの眷族の如くに使いこなし、野を削り、地形おも変化させ、川筋や大きな谷をも曲げる男だ。」
その時である。大きな流れとなった明石川の上流から銅鐸を打ち鳴らす音とともに、川船を先頭に筏の大軍が現れた。川船の舳先に立ってこちらを睨みつけている壮年の男は大和にとって小うるさい存在である播磨のオオナンジその人であった。
後続の筏には但馬討伐に向かったはずのアシハラノシコオたちが乗っているようだ。筏の上にはみるからにおびただしい数の兵がおり、それぞれ長柄の槍をもっている。
オオナンジが号令をかけると同時に、ナガスネヒコ達に向かいつぎつぎと筏をとびおりこちらに向かい走りはじめた。百や二百は軽く居そうな感じである。
彼等は鹿皮の鎧を身につけているようだ。身のこなしも軽そうである。浅瀬を探しつつこちらに、じわじわと近づいて来る。先ほどタカヒコらが射掛けられたところまで進んでくると弓隊が射撃の構えをとった。
「まずい、あの丘まで退け!」
タカヒコ達は川から少し離れた小高い丘を目指して馬を走らせた。列を乱しながらもその場から全員が逃げ出し丘の上に集まった。射程から逃れたと思ったタカヒコが川の方を振り向くと、弓隊の最前列に大男のタケミカヅチが強弓を構えていた。目があったその瞬間、矢はミカヅチの弓から勢い良く飛び出し一直線にタカヒコの額を目掛けて飛んできた。キーンという金属音があたりにこだました。タカヒコの剛剣が一閃し矢を叩き落したのだ。直後に「にやり」とタケミカヅチが笑ったような顔をしたのをタカヒコは見逃さなかった。
タカヒコは正直タケミカヅチを恐れた。矢の距離はともかく、丘に向かって打ち上げたのにも関わらず矢の勢いが衰えてなかったからだ。常人離れした膂力である。
タケミカヅチはタカヒコ達の反撃を警戒し、弓隊と歩兵数10名を川中に残したまま摂津側の岸に揚々と引き上げていった。岸に上がり満足そうにタケミカヅチはタカヒコの方を見て笑った。
その時である。「ごうっ」という大音響があたりに響き、明石川は一気に水かさをあげた。まるで鉄砲水である。ミカヅチが置いていった兵たちはあっと言う間に水に飲まれた。
「何事だ!」
タカヒコらは矢の射程から逃げようとしたのが幸いして、誰も水に浚われなかった。一方摂津側の川岸は驚くほどの水に浸かっている。岸から離れて後方にいたタケミカヅチは膝くらいまで上がってきた水の中に呆然と立ちすくんでいた。
一瞬の鉄砲水に100名ほどの兵が彼の周りには極僅かの兵しか残っていない。川中にいた弓兵だけでなく川岸に展開していた歩兵も全て流されてしまったようだ。両陣営が戸惑っているうちに川の水はだんだんと少なくなってきた。が、それでも先ほどのような浅瀬の川とは風景が一変していた。かなりの水量をもつ川へと僅かの時間のうちに変貌してしまったのだ。
「ミカヅチよ、何が起こったのだ」
呆然としているミカヅチの背後から、声がした。後方の住吉の港で待機していたナガスネヒコである。タカヒコを見つけた知らせの烽火が上がったのを見て馬を飛ばして掛け付けてきたのだ。ナガスネヒコは大和軍本隊の精鋭を率いてきてはいるが、飽くまで哨戒部隊だという名目のため人数は騎馬10騎と歩兵・弓兵合わせて20名ほどである。残りは港に置いてきた。タカヒコの率いる員数を食い止めるくらいはこれだけの人数で十分事足りるという判断もあった。
「ナガスネヒコ様、いきなり川が暴れました。私の率いていた東国兵はほとんど川にながされてしまいました。先程まで水量の乏しかったこの川原に水が溢れ、大蛇が蠢くが如く一時に暴れ出し、我らの味方を飲み込んだのです。」
「なに、川が暴れただと?それほどの雨など降ってはおらぬ。上流からもそんな報告はうけておらぬが?」
タケミカヅチはナガスネヒコに自分達先遣隊が明石川に到着してからの様子を逐一報告した。ナガスネヒコは報告を聞きながらじっくりと考え込んでいたが、「はっ」と何かに気付いたような顔つきで語り出した。
「明石川の水量がそんなに少ないわけはない。さては・・・・・・。ここはまずい。ただちに住吉の港まで退却だ。港にいるコヤネに連絡をいれろ」
「えっどういうことでしょうか?」
「。。。間違いなくこな川の上流にいる。」
「誰が?」
「播磨の大河を自らの眷族の如くに使いこなし、野を削り、地形おも変化させ、川筋や大きな谷をも曲げる男だ。」
その時である。大きな流れとなった明石川の上流から銅鐸を打ち鳴らす音とともに、川船を先頭に筏の大軍が現れた。川船の舳先に立ってこちらを睨みつけている壮年の男は大和にとって小うるさい存在である播磨のオオナンジその人であった。
後続の筏には但馬討伐に向かったはずのアシハラノシコオたちが乗っているようだ。筏の上にはみるからにおびただしい数の兵がおり、それぞれ長柄の槍をもっている。
オオナンジが号令をかけると同時に、ナガスネヒコ達に向かいつぎつぎと筏をとびおりこちらに向かい走りはじめた。百や二百は軽く居そうな感じである。
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