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播磨の章
アカルヒメ
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タカヒコは何か感じたように、馬に跨りなおし丘に向かって駆け出した。加茂の民も顔を見合わせ何かに気づいたようにタカヒコの後を追い馬に跨りだした。
残された神官とシコオたちはぽかんと口を開けたままその場に立ちすくんでいた。 丘の反対側では、とんでもない事が起こっていた。そこは船着場があり、伊和の里で 別れたアカルヒメとホアカリが日矛の残党たちに襲われていたのだ。筏の上にはアカルヒメと2名の漕ぎ手のみ。 ホアカリと護衛についてきたシコオ1名は川に下り て筏の前後を守りながら日矛たちと争っている。
ホアカリは腰のあたりまで川に浸 かっていた。ホアカリとて剣の名人ではあるが川の流れに足を取られてはたまらな い。しかも敵は馬上にいるのだ。 丘の上からその様子を見て取ったタカヒコは猛然と馬を飛ばし木立の前を抜け、揖保 川の流れの中へと突っ込んでいった。タカヒコは突然の戦闘とその勝利の余韻のため ホアカリとアカルヒメのことをすっかり失念してしまっていたのだ。
「くそっ!」
タカヒコは焦りと怒りを押えながら、馬を急がせた。川まではおよそ100メート ル、そこから数メートル先の川の真っ只中で戦闘は行われている。馬の轡を左手で握 り、右手では出雲造りの鉄剣の柄を握り締め、馬上ですぐにでも斬りかかれる態勢を とり、揖保川に浮かぶ筏をめざした。
タカヒコの目には、奮戦するホアカリの姿が見 えた。長柄の矛の攻撃を支えかねているようだった。下半身を川の流れに晒している ホアカリの斬撃では、日矛の矛捌きには及ばない。
「ホアカリ!馬を斬れ」
タカヒコの声が聞こえたかどうか。ホアカリは長柄の矛を避けようと体を動かした瞬 間、川の流れに飲み込まれた。
「ま・まずい。」
タカヒコの馬はやっと川の中ほどまでやってきた。筏までもうすぐだ。しかしあと1歩遅 く、筏の上のアカルヒメは日矛に囚われてしまった。護衛のシコオの姿も見えな い。漕ぎ手の二人もあっという間に切り伏せられてしまった。
川から上がった日矛はをアカルヒメを馬の背に乗せ、反対側の川岸へとあがっていった。こうなってくると一 気に形勢逆転である。残り5名の日矛は一斉にタカヒコに打ちかかってきた。
タカヒ コは一番近くにいた日矛の矛をかわし、すれ違いざまに相手の首を一突きして打ち倒 したが所詮は多勢に無勢、奮闘も空しくアカルヒメを乗せた馬が去っていくのを眺め るしかできなかった。
ホアカリは切りつけられ流されてしまった。タカヒコを追ってきた加茂の民はホアカリを救出するため川の中へと入った。それを見て日矛たちはタカヒコを深追いするのを止め、アカルヒメを乗せた馬が去っていた方向へと退却していった。 追いかけてきた加茂のタニグクがタカヒコのそばまで馬を進めてくるまでには、日矛の一団は既に森の中へと消えていた。
「タカヒコ様!」
タニグクはタカヒコの馬の轡をとり彼の顔を除き込みながら声を掛けた。呆然とアカルヒメの消えた方を見ていたタカヒコだったが、タニグクの声と彼の顔が視界に入っ たことでようやく戦闘の興奮も冷めて我にかえった。
「タニグク、やられたよ迂闊だった。アカルヒメを奪われてしまった。」
「ホアカリ様と護衛のものは?」
「護衛らは私の目の前で斬られてしまったよ。ホアカリは川に流された」
と力なく答えた。タニグクはタカヒコを川岸に誘導し終わると、連れてきた数名のも のたちに命じて川の周辺にホアカリらがいないか探させた。結局みつかったのは瀕死 の重傷をおった御付きの女人と護衛のものの無惨にこときれた姿だけだった。
「タカヒコ様、ここは一旦市場まで退きましょう。日矛の大将を捕らえられたので す。やつらもこのままにしておきますまい。アカルヒメ様の御命も簡単には奪わないでしょう」
「そうだな、アカルヒメとアラシトとの人質交換を言ってくるかもしれん」
二人は今後のことを話し合いながら、とりあえず相野の市へ戻っていった。
アカルヒメと彼女をさらった日矛たちは、揖保川の下流のシイネツヒコと待ち合わせ た場所まで戻っていた。シイネツヒコとの約束の時間までもう間もない。首領であるアラシトの奪還は今現在の彼我の戦力を見比べても不利なことでは目に見えていた。
人質交換するにしても、彼らにはアカルヒメがどういう人物であるか、人質としての 価値は十分なのかが計りかねていた。敵の大将タカヒコのうろたえ振りから大事な人 間らしいことは解ってはいたが、はたして吉備の大王であるアラシトの命とつりあい が取れるのかどうか彼らには判断がつきかねた。
「こうなってはいたしかたない。あの小生意気なシイネツヒコとかいう海人のガキに 相談するしかなかろう」
「いや、ますます増長させるたけだ。それよりも吉備へ戻って軍を引き連れてきた方 がよかろう」
残された神官とシコオたちはぽかんと口を開けたままその場に立ちすくんでいた。 丘の反対側では、とんでもない事が起こっていた。そこは船着場があり、伊和の里で 別れたアカルヒメとホアカリが日矛の残党たちに襲われていたのだ。筏の上にはアカルヒメと2名の漕ぎ手のみ。 ホアカリと護衛についてきたシコオ1名は川に下り て筏の前後を守りながら日矛たちと争っている。
ホアカリは腰のあたりまで川に浸 かっていた。ホアカリとて剣の名人ではあるが川の流れに足を取られてはたまらな い。しかも敵は馬上にいるのだ。 丘の上からその様子を見て取ったタカヒコは猛然と馬を飛ばし木立の前を抜け、揖保 川の流れの中へと突っ込んでいった。タカヒコは突然の戦闘とその勝利の余韻のため ホアカリとアカルヒメのことをすっかり失念してしまっていたのだ。
「くそっ!」
タカヒコは焦りと怒りを押えながら、馬を急がせた。川まではおよそ100メート ル、そこから数メートル先の川の真っ只中で戦闘は行われている。馬の轡を左手で握 り、右手では出雲造りの鉄剣の柄を握り締め、馬上ですぐにでも斬りかかれる態勢を とり、揖保川に浮かぶ筏をめざした。
タカヒコの目には、奮戦するホアカリの姿が見 えた。長柄の矛の攻撃を支えかねているようだった。下半身を川の流れに晒している ホアカリの斬撃では、日矛の矛捌きには及ばない。
「ホアカリ!馬を斬れ」
タカヒコの声が聞こえたかどうか。ホアカリは長柄の矛を避けようと体を動かした瞬 間、川の流れに飲み込まれた。
「ま・まずい。」
タカヒコの馬はやっと川の中ほどまでやってきた。筏までもうすぐだ。しかしあと1歩遅 く、筏の上のアカルヒメは日矛に囚われてしまった。護衛のシコオの姿も見えな い。漕ぎ手の二人もあっという間に切り伏せられてしまった。
川から上がった日矛はをアカルヒメを馬の背に乗せ、反対側の川岸へとあがっていった。こうなってくると一 気に形勢逆転である。残り5名の日矛は一斉にタカヒコに打ちかかってきた。
タカヒ コは一番近くにいた日矛の矛をかわし、すれ違いざまに相手の首を一突きして打ち倒 したが所詮は多勢に無勢、奮闘も空しくアカルヒメを乗せた馬が去っていくのを眺め るしかできなかった。
ホアカリは切りつけられ流されてしまった。タカヒコを追ってきた加茂の民はホアカリを救出するため川の中へと入った。それを見て日矛たちはタカヒコを深追いするのを止め、アカルヒメを乗せた馬が去っていた方向へと退却していった。 追いかけてきた加茂のタニグクがタカヒコのそばまで馬を進めてくるまでには、日矛の一団は既に森の中へと消えていた。
「タカヒコ様!」
タニグクはタカヒコの馬の轡をとり彼の顔を除き込みながら声を掛けた。呆然とアカルヒメの消えた方を見ていたタカヒコだったが、タニグクの声と彼の顔が視界に入っ たことでようやく戦闘の興奮も冷めて我にかえった。
「タニグク、やられたよ迂闊だった。アカルヒメを奪われてしまった。」
「ホアカリ様と護衛のものは?」
「護衛らは私の目の前で斬られてしまったよ。ホアカリは川に流された」
と力なく答えた。タニグクはタカヒコを川岸に誘導し終わると、連れてきた数名のも のたちに命じて川の周辺にホアカリらがいないか探させた。結局みつかったのは瀕死 の重傷をおった御付きの女人と護衛のものの無惨にこときれた姿だけだった。
「タカヒコ様、ここは一旦市場まで退きましょう。日矛の大将を捕らえられたので す。やつらもこのままにしておきますまい。アカルヒメ様の御命も簡単には奪わないでしょう」
「そうだな、アカルヒメとアラシトとの人質交換を言ってくるかもしれん」
二人は今後のことを話し合いながら、とりあえず相野の市へ戻っていった。
アカルヒメと彼女をさらった日矛たちは、揖保川の下流のシイネツヒコと待ち合わせ た場所まで戻っていた。シイネツヒコとの約束の時間までもう間もない。首領であるアラシトの奪還は今現在の彼我の戦力を見比べても不利なことでは目に見えていた。
人質交換するにしても、彼らにはアカルヒメがどういう人物であるか、人質としての 価値は十分なのかが計りかねていた。敵の大将タカヒコのうろたえ振りから大事な人 間らしいことは解ってはいたが、はたして吉備の大王であるアラシトの命とつりあい が取れるのかどうか彼らには判断がつきかねた。
「こうなってはいたしかたない。あの小生意気なシイネツヒコとかいう海人のガキに 相談するしかなかろう」
「いや、ますます増長させるたけだ。それよりも吉備へ戻って軍を引き連れてきた方 がよかろう」
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