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播磨の章
アマテルクニテルヒコホアカリノミコト
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タカヒコは馬を飛ばし通常の半分ほどの時間で相野についた。筏はまだ到着していない。しばらくここで待つことにして、ちょうど相野で開かれていた市場で休憩をとっていた。すると下流の方から全身血まみれになった騎馬が走ってきた。
「あれは何だ?」
と市場にいた人々がざわめきだした。
タカヒコが、血まみれの騎馬の方に目をやった瞬間、騎馬の男はどさっとばかり馬から崩れ落ち、そのすぐ後ろには、角突きの兜を被り、長柄の矛を手に持った10騎程の騎馬の集団が現れた。それを見た年老いた農夫が驚きの声を上げた。
「うわーっ!ひ、日矛だ!」
と、その市場にいた者たちが騒ぎ出した。すわっとばかりタカヒコに従ってきた加茂の民たちがタカヒコを守るように周囲に散った。シコオたちも馬に跨り現れた集団の退路を断つように展開した。日矛たちはあっという間に囲まれてしまったのである。こちらもアラシトを守るように陣形を整えた。タカヒコは、加茂の民の間から身を乗り出し、日矛たちの正面に立った。市場にいた民衆と兵たちは静まりかえり固唾を飲んでタカヒコとアラシトをにらみ合いを見つめていた。
アラシトはいきなりタカヒコにむかって矛を突き出した。「キーン」という金属が辺 りに響くと、揖保川の岸辺、相野と呼ばれるその市場の周辺は一瞬のうちに戦場の匂 いに支配された。シコオと日矛の因縁は深い。それを知っている周辺の民たちは草の 影木の影は言うにおよばずそこかしこに蜘蛛の子を散らすように逃げかくれた。 タカヒコは持っていた鉄剣で矛を弾きかえしたのだ。一瞬の早業である。間髪入れず にタカヒコは反撃した。剣を上段に構えアラシトに切りかかった。それを合図にシコ オたちは日矛の集団に襲いかかった。多勢のシコオたちは数に任せて斬り込んだが相 手の武器は長柄の矛である。シコオたちの武器青銅の剣では、馬上の日矛たちには届 かない。あっという間に撃退されてしまった。
「まずい!」 とタカヒコは思った。このままでは総崩れである。伊和の大神から借りた兵をこんな ところでむざむざ失うわけにはいかない。そんなことを思いながら矛の攻撃を避ける ため剣を振りまわすしかない自分のおろかさに呆れたとき、偶然タカヒコの剣が馬を 斬った。馬は嘶き転倒する。 「よし、馬を狙え!」 と大声で背後に居た加茂の民に号令した。タカヒコは、馬から落ちたアラシトに構わ ず、転倒した馬にトドメを刺した。
加茂の民は日矛たちの矛さばきを軽快に交わしつ つ馬の前足を短刀で切りつけた。長柄の矛も馬の真下から狙われれば無用の長物だ。 シコオたちが青銅の剣で突撃したため日矛の騎馬隊が隊列を乱していたのも幸いし、 加茂の民の身軽さで次ぎから次ぎへと馬の足ばかりを狙って斬りつけたのだ。
馬から 振り落とされるもの、なんとか下からの攻撃を撃退したもののこの場を離れるものが 出て日矛たちの方が総崩れになってしまった。大逆転である。 タカヒコは素手で格闘しつつも、馬から落ちたアラシトに剣を突き付け、捕らえてし まった。
「御主が天之日矛の首領にして吉備の新参大王ツヌガアラシトか?」
タカヒコは鉄剣の鋭い刃先を角のついた兜の下に覗いている喉元に突きつけ問いかけ た。アラシトは何も言わず肩で息をしている。
「ふん、返事も出来ぬか?」
総崩れになったアラシトの部下達の中で生き残ったもの捕らえられなかったものはそ れぞれこの場を退却し、少し離れた小高い丘の上に集結を始めた。残りの日矛は総勢 6名である。この場に残されたアラシト以外の三人は殺されてしまったようだ。 大勢は決したかように見えた。タカヒコらは、日矛たちがこのまま吉備へ退散すると 多寡をくくっていた。
この衝突ではタカヒコらの圧勝である。戦死者こそタカヒコら の方が多いが総大将である吉備の大王ツヌガアラシトを生け捕りにしたのだ。タカヒ コは加茂の民に命じ雄たけびを上げさせた。この状態で猛々しい声をあげるのは戦の 勝利宣言いわば勝鬨である。その様子を丘の上からみていた日矛の残党たちは、くるっと馬首を返し丘の反対側にある木立の中へ姿の消した。川のせせらぎの音だけ が、丘の方から聞こえていた。
加茂の民に呼応しシコオたちも雄たけびをあげた。山の民独特の雄たけびは、播磨の 山々に野太く響き渡った。雄たけびが終わると、一気に高まった戦の緊張感は、山々 の長閑な空気に解けだし相野の市は次第に日常を取り戻した。
人々は「あれが出雲の大国主の息子か。なかなかの器じゃ」
などとお互い語り始め、若い娘たちは憧憬のま なざしでタカヒコをみつめていた。そのうち相野の神官らしき老人がタカヒコに神酒 を捧げにきた。タカヒコもまんざらでもない様子ではあるが、生け捕りにしたアラシ トへの詮議が待っている。それを理由に、穏やかに神酒を断ろうとしたその時であ る。日矛が逃げ去った丘の方角から「キャーッ!」という甲高い女の叫び声が聞こえた。
「ホアカリ!てるひめは無事か!」
タカヒコは、ホアカリとなったワカヒコに声をかけた。
「あれは何だ?」
と市場にいた人々がざわめきだした。
タカヒコが、血まみれの騎馬の方に目をやった瞬間、騎馬の男はどさっとばかり馬から崩れ落ち、そのすぐ後ろには、角突きの兜を被り、長柄の矛を手に持った10騎程の騎馬の集団が現れた。それを見た年老いた農夫が驚きの声を上げた。
「うわーっ!ひ、日矛だ!」
と、その市場にいた者たちが騒ぎ出した。すわっとばかりタカヒコに従ってきた加茂の民たちがタカヒコを守るように周囲に散った。シコオたちも馬に跨り現れた集団の退路を断つように展開した。日矛たちはあっという間に囲まれてしまったのである。こちらもアラシトを守るように陣形を整えた。タカヒコは、加茂の民の間から身を乗り出し、日矛たちの正面に立った。市場にいた民衆と兵たちは静まりかえり固唾を飲んでタカヒコとアラシトをにらみ合いを見つめていた。
アラシトはいきなりタカヒコにむかって矛を突き出した。「キーン」という金属が辺 りに響くと、揖保川の岸辺、相野と呼ばれるその市場の周辺は一瞬のうちに戦場の匂 いに支配された。シコオと日矛の因縁は深い。それを知っている周辺の民たちは草の 影木の影は言うにおよばずそこかしこに蜘蛛の子を散らすように逃げかくれた。 タカヒコは持っていた鉄剣で矛を弾きかえしたのだ。一瞬の早業である。間髪入れず にタカヒコは反撃した。剣を上段に構えアラシトに切りかかった。それを合図にシコ オたちは日矛の集団に襲いかかった。多勢のシコオたちは数に任せて斬り込んだが相 手の武器は長柄の矛である。シコオたちの武器青銅の剣では、馬上の日矛たちには届 かない。あっという間に撃退されてしまった。
「まずい!」 とタカヒコは思った。このままでは総崩れである。伊和の大神から借りた兵をこんな ところでむざむざ失うわけにはいかない。そんなことを思いながら矛の攻撃を避ける ため剣を振りまわすしかない自分のおろかさに呆れたとき、偶然タカヒコの剣が馬を 斬った。馬は嘶き転倒する。 「よし、馬を狙え!」 と大声で背後に居た加茂の民に号令した。タカヒコは、馬から落ちたアラシトに構わ ず、転倒した馬にトドメを刺した。
加茂の民は日矛たちの矛さばきを軽快に交わしつ つ馬の前足を短刀で切りつけた。長柄の矛も馬の真下から狙われれば無用の長物だ。 シコオたちが青銅の剣で突撃したため日矛の騎馬隊が隊列を乱していたのも幸いし、 加茂の民の身軽さで次ぎから次ぎへと馬の足ばかりを狙って斬りつけたのだ。
馬から 振り落とされるもの、なんとか下からの攻撃を撃退したもののこの場を離れるものが 出て日矛たちの方が総崩れになってしまった。大逆転である。 タカヒコは素手で格闘しつつも、馬から落ちたアラシトに剣を突き付け、捕らえてし まった。
「御主が天之日矛の首領にして吉備の新参大王ツヌガアラシトか?」
タカヒコは鉄剣の鋭い刃先を角のついた兜の下に覗いている喉元に突きつけ問いかけ た。アラシトは何も言わず肩で息をしている。
「ふん、返事も出来ぬか?」
総崩れになったアラシトの部下達の中で生き残ったもの捕らえられなかったものはそ れぞれこの場を退却し、少し離れた小高い丘の上に集結を始めた。残りの日矛は総勢 6名である。この場に残されたアラシト以外の三人は殺されてしまったようだ。 大勢は決したかように見えた。タカヒコらは、日矛たちがこのまま吉備へ退散すると 多寡をくくっていた。
この衝突ではタカヒコらの圧勝である。戦死者こそタカヒコら の方が多いが総大将である吉備の大王ツヌガアラシトを生け捕りにしたのだ。タカヒ コは加茂の民に命じ雄たけびを上げさせた。この状態で猛々しい声をあげるのは戦の 勝利宣言いわば勝鬨である。その様子を丘の上からみていた日矛の残党たちは、くるっと馬首を返し丘の反対側にある木立の中へ姿の消した。川のせせらぎの音だけ が、丘の方から聞こえていた。
加茂の民に呼応しシコオたちも雄たけびをあげた。山の民独特の雄たけびは、播磨の 山々に野太く響き渡った。雄たけびが終わると、一気に高まった戦の緊張感は、山々 の長閑な空気に解けだし相野の市は次第に日常を取り戻した。
人々は「あれが出雲の大国主の息子か。なかなかの器じゃ」
などとお互い語り始め、若い娘たちは憧憬のま なざしでタカヒコをみつめていた。そのうち相野の神官らしき老人がタカヒコに神酒 を捧げにきた。タカヒコもまんざらでもない様子ではあるが、生け捕りにしたアラシ トへの詮議が待っている。それを理由に、穏やかに神酒を断ろうとしたその時であ る。日矛が逃げ去った丘の方角から「キャーッ!」という甲高い女の叫び声が聞こえた。
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タカヒコは、ホアカリとなったワカヒコに声をかけた。
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