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出雲の章
アメノヒナトリ
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佐比売山は、休火山である。遥か昔出雲の地にやってきた人々は佐比売山の噴火を子々孫々に伝えそれが今では火を噴かぬお山佐比売を火の神の宿る山として崇める理由である。
その山の麓、五十猛の海岸近くの集落で、ホヒは宇佐のサグメを待っていた。今日が約束の期限である。今日何も言ってこなければホヒの作戦は完全な失敗となる。出雲にしてもヒミコなき今、旧来の宿敵邪馬台国連合を打ち倒す最大のチャンスでもあった。
これを逃し、ヒミコの後継者が正式に決まってしまえば再び膠着状態になるのは目に見えていた。しびれをきらしたホヒが、五十猛の宮から出て浜辺から遠くを眺めていると、数艘の小船が群れをなしてやってくるのが見えた。どうやら探り女の乗る伊都からの舟らしい。出雲舟と違い櫂が船体と比較して遠洋向けの大きなものであるから一目でわかる。出雲の諸手舟は速度重視の短目の櫂である。
やってきたのは、サグメとアメノヒワシを大将とする20名ほどの兵士だった。迎えたホヒは海岸では人目につくからという理由で、五十猛の古宮へ一行を案内した。この古宮というのはスサノオの長子イソタケルノミコトの宮であったところだが今は使われておらず、社として周辺の漁民の祭事などに利用されている。
古宮は「神別れの道」と呼ばれる佐比売の山へ通じる道沿いにある。新しい宮は佐比売山の真下に移動されており常に兵が常駐する関の役目もはたしている。幸い今は禁漁の季節であり、佐比売山の近くまで行かないと人の目はない。
古宮の中に入り、御互い拍手と挨拶を交わし早速会談にはいった。まずヒワシの方からこの作戦に乗るための条件がまず述べられた。ホヒは内心思った通りだとほくそえんだがわざと難しい顔をして尋ねた。
「と、するとヒワシ殿を大国主様のそば近くに紛れ込ませなければ今回の策はなかったことにする。という仰せか?」
「そういうことになります。オモイカネ様からは、この提案を拒否されれば信用は置けないとの仰せです」
「そうなれば、私が出雲を裏切らなければヒワシ殿は出雲の大軍の真っ只中あっと言う間もなく踏み潰されましょう。ヒワシ殿はそのあたりご承知か?」
「承知しております。そのような危険は覚悟の上。しかしもう一つ条件があります。ホヒ殿のご子息ヒナトリ様を人質に頂きたい」
「うん、それは尤もな言い分。我が息子はここに連れてきておる。いったんお帰りの上、阿蘇でも宇佐でも伊都へでも連れていかれるがよろしい」
「それは、ご準備のよろしいことで。ただご子息ヒナトリ様といえば大国主のそば近くに仕えておると聞いています。我らに質に出したことがばれるのでは?」
「心配はご無用、ヒナトリは先遣として筑紫へ参らすこと了解いただいておる。はて?さようなことを言われるは質にだすヒナトリが本物かどうかご心配なのかな?」
「それはそうでこざいます。私はヒナトリ殿のお顔を知りませぬ偽者を掴まされたら話にもなりますまい」
「先日越までやってきたサグメが知っておろう?」
ヒワシは探り女を呼びヒナトリの顔を確認させた。サグメに面通しされた14・5歳の少年は間違いなくホヒの息子で大国主の身辺の世話をしていた少年である。ホヒはタカミムスビとオモイカネを騙すために実の息子の命を賭けたのだ。ヒナトリもその父の決意に答えるつもりである。ホヒの仕掛けた罠が発覚すれば真っ先に殺されるはずであろうヒナトリは、それを知っているのにも関わらず涼やかな笑みを浮かべていた。
ホヒとヒワシは開戦の時期まで話し合い、裏切りの合図も確認した。わざとヤマタイ側がわざと明渡した伊都国の都であった糸島の要塞にホヒが入ったあと筑紫平野の西部に展開する大国主の本隊をホヒの裏切り軍と阿蘇の本隊が挟み撃ちにし、その混乱に乗じて親衛隊に紛れ込んだヒワシが大国主の首を取るという簡単な段取りが立てられた。タカミムスビらは伊都の都からすでに撤退し阿蘇の西北に位置する旧都吉野ヶ里の近くに新たに本拠を構えている。
伊都のすぐ隣にある松浦にはフツヌシ将軍が精鋭を配置しているため万が一ヒワシが討ち漏らしたとしても大国主が筑紫から脱出するルートは瀬戸内海方面しかない。そこにも吉備の海軍が押し寄せてくる寸法である。まさに大国主は囚われたも同然である。
ヒワシはヒナトリを筑紫に連れかえりオモイカネに預け作戦の確認後、とんぼ帰りして大国主本隊にホヒの手引きにより紛れ込む手はずもできた。探り女は連絡役としてホヒに預けられた。ヒワシは洋々とした気持ちで筑紫へ引き上げていった。
ヒワシとの会談も上々のできで乗りきったホヒは佐比売の御山に鎮まる火の神に感謝の祈りを捧げた。五十猛からの帰り道、探り女を途中の玉造で降ろしたホヒはサグメを出陣の触れがでた直後に殺すことを兵士命じ、十人漕ぎの快速諸手舟に乗りこみ越の国へと向かった。
ホヒの作戦の最大の隠し玉の最終確認やわのためである。越で繰り広げている極秘作戦が予定通り進んでないと今までのの苦労も水の泡、ヒナトリの命も無駄になる。ホヒを乗せた諸手舟は五十猛の港から海岸沿いの航路を飛ぶようなスピードで駆けぬけて行った。筑紫への出陣はもう時間の問題である。
その山の麓、五十猛の海岸近くの集落で、ホヒは宇佐のサグメを待っていた。今日が約束の期限である。今日何も言ってこなければホヒの作戦は完全な失敗となる。出雲にしてもヒミコなき今、旧来の宿敵邪馬台国連合を打ち倒す最大のチャンスでもあった。
これを逃し、ヒミコの後継者が正式に決まってしまえば再び膠着状態になるのは目に見えていた。しびれをきらしたホヒが、五十猛の宮から出て浜辺から遠くを眺めていると、数艘の小船が群れをなしてやってくるのが見えた。どうやら探り女の乗る伊都からの舟らしい。出雲舟と違い櫂が船体と比較して遠洋向けの大きなものであるから一目でわかる。出雲の諸手舟は速度重視の短目の櫂である。
やってきたのは、サグメとアメノヒワシを大将とする20名ほどの兵士だった。迎えたホヒは海岸では人目につくからという理由で、五十猛の古宮へ一行を案内した。この古宮というのはスサノオの長子イソタケルノミコトの宮であったところだが今は使われておらず、社として周辺の漁民の祭事などに利用されている。
古宮は「神別れの道」と呼ばれる佐比売の山へ通じる道沿いにある。新しい宮は佐比売山の真下に移動されており常に兵が常駐する関の役目もはたしている。幸い今は禁漁の季節であり、佐比売山の近くまで行かないと人の目はない。
古宮の中に入り、御互い拍手と挨拶を交わし早速会談にはいった。まずヒワシの方からこの作戦に乗るための条件がまず述べられた。ホヒは内心思った通りだとほくそえんだがわざと難しい顔をして尋ねた。
「と、するとヒワシ殿を大国主様のそば近くに紛れ込ませなければ今回の策はなかったことにする。という仰せか?」
「そういうことになります。オモイカネ様からは、この提案を拒否されれば信用は置けないとの仰せです」
「そうなれば、私が出雲を裏切らなければヒワシ殿は出雲の大軍の真っ只中あっと言う間もなく踏み潰されましょう。ヒワシ殿はそのあたりご承知か?」
「承知しております。そのような危険は覚悟の上。しかしもう一つ条件があります。ホヒ殿のご子息ヒナトリ様を人質に頂きたい」
「うん、それは尤もな言い分。我が息子はここに連れてきておる。いったんお帰りの上、阿蘇でも宇佐でも伊都へでも連れていかれるがよろしい」
「それは、ご準備のよろしいことで。ただご子息ヒナトリ様といえば大国主のそば近くに仕えておると聞いています。我らに質に出したことがばれるのでは?」
「心配はご無用、ヒナトリは先遣として筑紫へ参らすこと了解いただいておる。はて?さようなことを言われるは質にだすヒナトリが本物かどうかご心配なのかな?」
「それはそうでこざいます。私はヒナトリ殿のお顔を知りませぬ偽者を掴まされたら話にもなりますまい」
「先日越までやってきたサグメが知っておろう?」
ヒワシは探り女を呼びヒナトリの顔を確認させた。サグメに面通しされた14・5歳の少年は間違いなくホヒの息子で大国主の身辺の世話をしていた少年である。ホヒはタカミムスビとオモイカネを騙すために実の息子の命を賭けたのだ。ヒナトリもその父の決意に答えるつもりである。ホヒの仕掛けた罠が発覚すれば真っ先に殺されるはずであろうヒナトリは、それを知っているのにも関わらず涼やかな笑みを浮かべていた。
ホヒとヒワシは開戦の時期まで話し合い、裏切りの合図も確認した。わざとヤマタイ側がわざと明渡した伊都国の都であった糸島の要塞にホヒが入ったあと筑紫平野の西部に展開する大国主の本隊をホヒの裏切り軍と阿蘇の本隊が挟み撃ちにし、その混乱に乗じて親衛隊に紛れ込んだヒワシが大国主の首を取るという簡単な段取りが立てられた。タカミムスビらは伊都の都からすでに撤退し阿蘇の西北に位置する旧都吉野ヶ里の近くに新たに本拠を構えている。
伊都のすぐ隣にある松浦にはフツヌシ将軍が精鋭を配置しているため万が一ヒワシが討ち漏らしたとしても大国主が筑紫から脱出するルートは瀬戸内海方面しかない。そこにも吉備の海軍が押し寄せてくる寸法である。まさに大国主は囚われたも同然である。
ヒワシはヒナトリを筑紫に連れかえりオモイカネに預け作戦の確認後、とんぼ帰りして大国主本隊にホヒの手引きにより紛れ込む手はずもできた。探り女は連絡役としてホヒに預けられた。ヒワシは洋々とした気持ちで筑紫へ引き上げていった。
ヒワシとの会談も上々のできで乗りきったホヒは佐比売の御山に鎮まる火の神に感謝の祈りを捧げた。五十猛からの帰り道、探り女を途中の玉造で降ろしたホヒはサグメを出陣の触れがでた直後に殺すことを兵士命じ、十人漕ぎの快速諸手舟に乗りこみ越の国へと向かった。
ホヒの作戦の最大の隠し玉の最終確認やわのためである。越で繰り広げている極秘作戦が予定通り進んでないと今までのの苦労も水の泡、ヒナトリの命も無駄になる。ホヒを乗せた諸手舟は五十猛の港から海岸沿いの航路を飛ぶようなスピードで駆けぬけて行った。筑紫への出陣はもう時間の問題である。
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