大陰史記〜出雲国譲りの真相〜

桜小径

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出雲の章

サルタヒコ

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トシロはじっと海を見つめていた。何故自分が大国主にならなければならないのだろう?ミナカタやタカヒコら兄達のほうがよほど大国主に向いている。末子相続が出雲の掟である以上仕方のないことかもしれない。

ミナカタは出雲に残り宰相としてトシロを補佐してくれることになっているが年の離れた異母兄はトシロが物心ついたときには天之日槍を撃退した「播磨合戦」で勇名をあげ、倭の全土に知らぬものない英雄だった。ミナカタとはどうにも遠慮の方が先だってしまいろくに会話をしたこともなかった。

タカヒコにしても幼い頃から漢籍に通じ、長じてからも交易をめぐる小さな戦いでは戦果をあげている。実績や才能の面から見ると二人とも自分より優れていると思う。 

「そうだ!タカヒコ兄に大国主になってもらおう!」

 トシロが一度大国主になってしまえば誰もその決定に逆らえないはずだ。自分が父の命から逃れられないように・・・・・・・。 

そんなことを考えながらぼんやり美保関の眼前に広がる海を眺めていた。

すると東の方角から船団がやってきた。大きな軍船をかこむように諸手船や輸送船が回りを走っていた。どうやら父大国主の率いる出雲の船団のようだ。トシロは興奮した。美保に来た時は父の越征伐の船に乗せてもらってきたのだ。 

「もしかして、迎えにきてくれたのか?」 

と思い、船団にむかって両手を大きくふった。

 「おーい、おーい」

 と何度か声をかけ手をふったが船からは何の返事もない。ただひたすら西に向かって船団ははしっていた。トシロは船団を追うように岡の上までかけあがって手をふると、軍船の舳先にたった男がこちらに気がついたようだった。男は船室のほうへはいっていった。そしてしばらくして舳先へもどってきたがトシロの方へは二度と振り向かなかった

。 「やっぱり・・・・。」 

「誰とも会話してはいけない」という禊のルールを思い出した。寂しさがこみ上げて、思わず涙が溢れてきた。日がくれるまで岡の上で泣いていた。

一人空しく美保の宮に帰って来ると明かりが灯っていた。 

「どうして?」

怪しんだトシロは宮の中をそっと覗いた。そこにはなんと母タギリヒメがいた。 「母上」思わずでかかったその言葉を飲み込んだ。

「誰とも会話してはいけない」という禊のルールが頭をよぎったのだ。

そのまま覗いているとどうやら幾人かが夜食の用意をしているような物音がしていた。そのうちの一人の女が母に話し掛けた。 

「タギリヒメ様、トシロ様はどちらへ行かれたのでしょう?」 

「そうね。どこに行ったのかしら?せっかく母が訪ねてきたというのに」 

「そのうち戻ってらっしゃいますよ。もう日もくれましたし。」

 「たった15日だけどかわったかしらね?トシロは。」

 「それは、変わられたと思いますよ。何から何まで自分でやらなくちゃいけないのですから、杵築の宮のようにはいきませんもの」 

「楽しみだわ。逞しくなったかしら?」 

トシロは戸を開けて中に入って母に会いたいという衝動をなんとか押さえこみ、くるりと宮に背をむけ再び岡の方に歩いていった。

すると途中にある大木から小猿のようなものがするすると降りてきた。トシロはびっくりしてその猿をじっと見た。猿もこちらを見ているようだ。何かしら不思議な感じがしたのでそのまま猿をにらみつけるように見つめていると、月の光がトシロの立っている山道をほんのりと照らした。猿は二本足で経ちあがり1歩づつトシロのほうへ歩み寄ってきた。

 「トシロじゃな?」

 しわがれた老人のような声がした。トシロは辺りをみまわしたがここには自分と猿しかいない。

 「何処を見ておる。おまえの目の前じゃ」 

どうやら猿と思っていたが人のようだ。トシロは無言で猿のような老人の顔をまじまじと見た。老人は子供のような背丈で顔は猿にそっくりだった。杖を片手にしてはいるが足腰はしっかりしているようだ。 

「よいか、わしは今からおまえに森羅万象全てのことを教えてやる。しかしおまえは何も口をきいてはいかん。それが掟じゃ。よいな?」 

トシロは訝しげに老人を見つめていた。

 「ふん、わしのことを怪しんでおるな?よいよい疑うということは考えておる証拠じゃ!はっはっはっ。」

 トシロは不安な気持ちに襲われて振り向いて逃げようとした瞬間!

 「まてまて、逃げなくてもよい。そなたの父もまたその父もここで修行したのだ。わしが師匠じゃ」

 といつのまにかトシロが逃げようとした方向に移動していた。

 (なんだこいつ?父とその父といえば歴代の大国主ではないか。よくもそんな大法螺を。祖父の代から生き続けたのいうのか?) 

トシロが尚も警戒した視線をなげかけていると、 猿のような男は喋り出した。

「なんだこいつ?父とその父といえば歴代の大国主ではないか。よくもそんな大法螺を。祖父の代から生き続けたのいうのか?と今思っただろう?」 

トシロは思っていたことを言い当てられて狼狽した。 

「よいか、わしにはおまえの思うことはまるわかりじゃ。人の心がよめるでの。おまえは何もしゃべらなくてもいい。心に思うだけでよいのだ。そうすればおまえは誰とも話さなかったことになる。よいな?」

 トシロは(誰なんだ?こいつ?)と思った。 

「誰なんだ?こいつ?と今思ったろう?教えてやろう我が名はサルタヒコ、お主の先祖の国造りを手伝ったスクナヒコナの裔じゃ。」 
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