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出雲の章

タギリヒメ

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タカヒコは杵築に戻り、出兵の準備をはじめた。その様子を見ていた彼の母タギリヒメは不安げに問いただした。

「 タカヒコ、大和行きはどうなったのですか?何やら物騒な雰囲気ですが大国主様の身に何か異変でも?」

「母上、ご心配なさらぬように。実は今度は筑紫島に出兵しなくてはいけなくなるかもしれないのでその準備をしているだけです。越から戻った意宇郷の兵達を休ませ、杵築郷の兵をあつめて筑紫へいく予定です。」

「それは大国主様のご命令?」

「いえ、まだ命令は受けてないのですが・・・・。」

「タカヒコも知ってますよね。筑紫はこの母の故郷でもあります。そこへ我が子が攻め込むなど・・・・。」

「もう母上の故郷ではありませぬ。筑紫の女王火神子様はお亡くなりになり」

その言葉をさえぎるようにタギリヒメは口をひらいた。

「その事は、宗像から来た者達に先程聞きました。女王様が亡くなろうと、筑紫の島民たちは同じ人々なのです。私が出雲へ来たのは筑紫と出雲を結ぶため、私はどうすれば・・・。」

と、床に倒れ込みおいおいと泣き出してしまった。

タカヒコはこの母がきらいであった。何かというとすぐ泣く。そのくせ自分に対してはいつも無理難題を押し付けてくる。弟のトシロはタカヒコと比べればある種女々しいところがあり、この母とは好い関係を保っていた。母はそのことを指し、「トシロはいい子だ」といつも一人ごちにつぶやく。それはタカヒコにとってプレッシャーでもあった。タカヒコは杵築の宮を守り今や杵築の大黒柱である。そのタカヒコを無視するかのようにトシロと母は中の好いところを見せ付けてくる。タカヒコが大物主の誘いをうけ養子に入ることを承諾したのもこの母と弟から離れたかったのも理由の一つだ。

出雲には未練はないはずのタカヒコだつたが筑紫との戦で功名をあげれば母も喜んでくれるのではとの思いが胸に湧き上がり勇躍杵築の宮に戻ってきたというのにこのざまだ。なんともいえぬむなしさがタカヒコを包み込んだ。

 「では、トシロに相談してみればいい!」 

と自分でも制御できない苛立ちがいわなくても良い一言を言わせたようだった。(まずい)と思ったが後の祭りであった。「きっ」とタカヒコを睨み付けた母は今まで泣いていたのが嘘のように、満面に笑みをうかべ 答えた。

「そうね。私は明日美保関に行ってみます。トシロに聞けばいいのね」 

といいながら居室の方へ行ってしまった。

美保で禊をしているトシロに会うことは許されない。出雲の収穫祭が終わるまでトシロは美保の宮に篭り、大漁と漁業の安全を願わなくてはいけないのだ。禊と祈祷がすべて終わるのまでは何人たりともトシロに会うことは許されないのだ。それが次の大国主になるための試練の一つでもある。自分で食事のため釣りをし、料理もする。強靭な精神を作るために必要な修行でもある。大国主になればいろいろと問題を片付けるため決断する精神力が必要になってくる。最終決定には巫女を使い神に祈ることもするが出雲ではシャーマニズムによる決断より理性的判断を重視する向きが強くなったのもこういった風習によるものである。シャーマニズムに頼り切らないからこそ日本列島の半分以上を支配できたともいえるだろう。 
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