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出雲の章
サグメ
しおりを挟む夕餉を済ませた大国主は居室で一人まどろんでいた。ヌナカワヒメからの救援要請によりタケミナカタを伴い出雲を立ってから一ヶ月あまり、やっと新羅海賊を港湾から追い出し、越の八口と呼ばれるまつろわぬ集団を降伏させ越の国も漸く治ってきた。末子のトシロを美保への修行に出した直後に降って湧いたような新羅からの海賊騒ぎが起こった。
留守を任せたタカヒコとワカヒコはうまくやっているだろうか?トシロは?などと出雲に残してきた子供たちのことを考えていると、巫女が面会を求めているという。近々出雲への帰路に因幡まで同行したいという宇佐の者だという。
護衛の取り調べによると、ヤマタイで大きな事件に巻き込まれ逃げ出してきたという。
大国主は宇佐という地名に大きな興味をそそられ面会を許す事にした。護衛の者に案内された赤装束の巫女は大国主の居室に入り、床にひざまづき倭国の貴人に対する礼儀の通り柏手を打った。
「宇佐のサグメと申します。因幡までの同行をお許し頂きありがとうございます。」
と深く頭を下げたまま、礼の言葉を述べる女に目線をやった大国主は問い掛けた。
「宇佐で生まれ、阿蘇で火神子に仕えていたと言うたな?ヤマタイの者が何故に越までやってきた。その上、何を目当てに因幡へいくのだ?、」
女が、少しあわてぎみに返答した。
「大国主様に直接話し掛けていただくとは光栄にぞんじます。実は・・」
と言いかけたその時、居室の前で護衛の呼び掛ける声がとどいた。
「大国主様、出雲のタカヒコ様より早舟の伝令が参りました。」
「何、伝令だと?何事だ。伝令をここへ通せ」
と護衛に答えた大国主は、女を下がらせ伝令の口上を聞いた。伝令を聞き終わった大国主は、
「うむ、先ほどの女のいうことは真であったか。あの火神子が殺されるとは・・・。」
としばし好敵手、火神子ことトヨタマヒメの死に嘆息した。
火神子とはヤマタイが魏との直接外交を出雲に断りなしに始めた頃から急速に関係が悪化した。それまでは火神子と五分の同盟関係にあり交易も盛んに行っていた。半島の敵対勢力と戦うときは、お互い支援関係にもあったのだ。ヤマタイは古くから半島の南端にも拠点をもち筑紫島から本土へ勢力を伸ばす事を必要としなかったからである。しかし伊都のタカミムスビが権力をにぎりはじめた頃初めて両国間で本格的な戦争が起こったのだ。魏の滅亡により、独力で半島の権益を守れなくなったヤマタイは、ついに本土への東進を始めた。交易がうまくいかなくなり農耕を主産業としたため領地を増やす必要に迫られたのだ。この時の戦闘は出雲優勢のまま終結した。
呉を後ろ盾にした日向の狗奴国がヤマタイの背後をつき北上したためヤマタイは東進をあきらめざるを得なかった。それ以降は交易上の小さないさかいは幾度かあったが狗奴国がなかなか熊本から撤退しないため出雲とヤマタイの関係も膠着していた。
「出雲とアメノホヒへ伝令の早船をしたてよ!筑紫島に攻め入る。しかし我が戻ってからだ。タカヒコとワカヒコには軽挙は避けさせよ。陸路から帰ったホヒを追い掛け因幡で合流するように伝えるのだ。」
と一気に命を下した大国主は、はっと思い出したように一息つき一際大きな声で叫んだ。
「陣中にいるミナカタを呼べ!大至急だ!」
ゆったりとした夕焼けにつつまれていた越の宮は、夜半に入って、夕方の風景からは想像もできないほど慌ただしくなり、夜遅くまで出発準備のための物音が響いていた。そして越の宮は出港の朝を向かえた。
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