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序章
キクチヒコ
しおりを挟む南九州を支配している狗奴国の将軍菊池日子(キクチヒコ)は邪馬台国をせめつづけたが、阿蘇の山裾にひろがった防衛線を壊滅させる事はできなかった。求心力を失ったとはいえ火神子を戴くヤマタイ連合の国々は「ここを抜かれると全滅する」という焦躁感から、一体となって抵抗をつづけていた。
しかし、阿蘇の噴火により作物はとれず、狩りもうまくいかない、後ろ盾の魏の滅亡など不運が重なりじりじりと後退するしかなかった。菊池日子は、ぼろぼろになりながらも抵抗するヤマタイ連合に業を煮やし、ついに挟撃作戦をとり阿蘇を南北から一気に攻める事に決めていた。しかしこの作戦をとるにはヤマタイ連合の北方にある勢力と折り合いをつけねばならなかった。北方勢力とは吉備や出雲といった列島本土の勢力であり、狗奴国と同等かそれ以上の国力を持つ国々である。
これらの国を味方につけ、南北から挟み撃ちにするしかヤマタイ連合の息の根をとめる方法はないよう思われた。しかし作戦はうまく進まなかった。吉備のツヌガアラシトが火神子の妹と縁を結んだのである。これで吉備との連合の目はなくなった。あとは出雲しかないが、出雲は先代の大国主と火神子(卑弥呼)の間で不可侵の約束がされており、この作戦には乗ってこないのはある程度考えられた。しかも出雲では代替わりの最中である。菊池日子はその前線基地である熊本平野の南端で焦り始めていた。
「どうすればいい。ここまで攻め上がっては来たが、阿蘇の噴火のせいで作物はない、狩りは出来ぬ。吉備も出雲も動かせそうにない。」
と半ばやけ気味に菊池日子は、軍議の席でつぶやいた。実際、戦闘では負け知らずでここまで進撃してきたのだが、どういう訳かなかなか北に進めないのだ。平野の南端を東西に誘導され翻弄されている状態が、もう二か月も続いている。ヤマタイのオモイカネによる策略に乗せられているのだ。しかし戦果がないわけではない。阿蘇の南のヤマタイ連合国の王族で逃げ遅れた者達を捕虜として捕え、今は阿蘇の山裾まで占領しているのだ。
しかし、平野部に出た途端、進撃はとまった。伊都のオモイカネ率いる軍はよく調練されており、いくら戦闘で撃ち破っても、いつの間にか背後をとられ、後戻りするという繰り返しで、蟻地獄につかまったような感じだった。戦闘での勝利が兵の気力を支えてはいるが、食糧の欠乏はいよいよ菊池日子を焦らせていた。
そんな時、狗奴国の陣地に使者がやってきた。敵の将軍オモイカネの使いであった。菊池日子は、ヤマタイが和議を申し込みにきたのかと思い、面会を承諾した。使者として現れた男は、面妖な角付きの兜を被り、恐ろしく長い鉄の槍を携え、半島風の鎧兜を身につけた屈強そうな兵を従えていた。顔は兜で隠され、一目ではどういう人物かわからなかった。しかも態度が大きく、とても単なる使者のようには見えなかった。 軍議の席へ使者がはいって来た瞬間、その場を静寂が支配した。狗奴国の者たちは、一気に使者の雰囲気に気押されてしまったようだった。黙り込んだまま使者はおもむろに角付きの兜にゆっくりと手をつけた。
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