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西遷の章
オノゴロ
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イリヒコらは三三五五、小舟によって淡路の近くオノゴロ島を目指すことになった。河内と木の国の狭間に位置するこの土地から淡路島に向かうのは島伝いに行く方法と直行する方法がある。島伝いだと淡路の勢力に見つかる確率が高くなるので、長距離にはなるが直行を選択した。淡路に上陸するのは危険である。瀬戸内の海人にも当然、イリヒコ達の逃亡は伝わっているはずだ。イリヒコらは漁師たちに淡路ではなくオノゴロ島へ向かうよう頼んだ。
「大和のだんな方、オノゴロ島へとおっしゃるが、そんな島はワシらは知りません」
と、漁師の代表が言う。どうやら真実らしい。しかし、アラカワトベの村で出会った少年は自らをオノゴロ島の者だと名乗った。その事を漁師たちに伝え、少年を呼び出した。少年の姿を見た漁師たちは、コイツの事かという顔をした。顔見知りのようである。
「なんじゃ、ドンガメ、またわけのわからぬ戯れ言を申し立てたか?だんな様方、この子は河内の海で拾うた孤児じゃ、己の住んでおった島の名前さえ知らぬ幼子だった。木切れに捕まり亀のように浮かんでおったのをワシらが助けたのです。己の名さえ知らぬのでドンガメと名付けたのはこのワシです。この子の言うことなど宛にはなりますまい。」
漁師は少年に悪態をつき、イリヒコに訴えた。イリヒコは少年の方を見遣り、問いかけた。
「どう言う事だ?」
少年は怯えながら答えた。
「この人たちは恩人じゃ、でも、我がオノゴロ島から来たというとそんな島は聞いたことがないと言うのです。」
黙って聞いていたカムヤイが口を挟んだ。
「漁師よ、神の国産みの話は聞いておるか?」
漁師たちは、イザナギ、イザナミの国産みの話、ヒルコ、アワシマの話やアマテラス、スサノヲの物語は知ってはいた。しかしオノゴロ島という島は知らぬという。
「困ったことだな。ドンガメよ、島のことを何か覚えておらぬのか?もしかしてお主らの島よ言葉と河内の者とでは同じ島でも呼び名が違うのかもしれぬ。」
と、カムヤイはドンガメに優しく語りかけたが、どうも要領を得ない。イリヒコが印象的な建物や目印は思いだせないか?と尋ねるとドンガメは答えた。
「海の中に石神の御柱が天に向かってたっておるのです。その御柱が住んでいた村の近くにありました。ヒルコ様の勾玉は村の社で守っておりました」
それを聞いていた漁師があっ!という顔をした。その表情を見逃さなかったイリヒコは漁師たちに再び聞いた。
「海に柱じゃ、覚えはないか?」
「沼島のことか!沼島は淡路の南、その海に確かに柱のような大岩がございます。ドンガメ、何故最初からそれを言わない?」
「父母にはヒルコ様の沼矛や御柱のことは、滅多に言うもんじゃないと。」
「つまり、沼島の者たちは自分達の島の事をオノゴロと言い伝えておったのだな。外の者に対しては沼島、身内ではオノゴロ島と呼び慣わしておったということ。秘密を守るためか?」
カムヤイは独り言のようにつぶやき、考えこんだ。その様子を一見したイリヒコは漁師たちに問いかけた。
「沼島になら行けるのか?」
「はあ、淡路からすぐですから行くことはできます」
「では、とにかく沼島に向かって出発しよう」
同じ小舟にカムヤイとイリヒコそしてドンガメと呼ばれる少年が乗り込んだ。もちろん漕ぎ手兼任である。他に漕ぎ手と船頭が乗り込んでるので、各船に合計10名ほどである。1度の航海では全員は無理である。イリヒコは先の事を考え、第1陣のみ沼島で降り、第2陣以降は直接、四国に上陸し阿波国、吉野川の下流で合流する事とした。もしはぐれたりした場合、各自で日向で向かう事となる。
「ドンガメとやら、そなたは何故、一人で海に出たのだ」
イリヒコは漕ぎながらドンガメに向かい問いかけた。
「出ようと思い出たわけではないのです。襲われて一族は散り散りバラバラになりました」
「誰に?」
「よく分からない。ただ父は、ヒルコ様の宝をヒトコトヌシだけには渡してはならないと」
「ヒトコトヌシ?何者だ?」
「わからない。でも島の皆は恐れてた」
船頭役の漁師が口を挟んだ。
「ヒトコトヌシ様の事か?カモタケツノミ様の御子のお一人で予の国の南に追放されたという」
「カモタケツノミ?初代の大物主のことか?子はおらぬと聞いていたが。」
「気性の荒い方で、ワケイカヅチとも呼ばれておった方じゃ」
それを聞いてカムヤイが顔を上げた。
「ワケイカヅチ?そな名の者は葛城に葬られたと聞くが。」
「いやワシらの祖先が逃がしたのよ。予の国への」
「伊予の国ではなく、予の国?」
「そうじゃ、同じ国だが、伊予は瀬戸内側、予はその南の大海側じゃ。旦那方が沼島のあとに行かれるという吉野の大川を境にしてその南側。」
「伊豫之二名島には四つの顔があるという。そのうちの一つか?」
「そうでございます。ワケイカヅチ様はオオヤマクイ様に憚り、その威の及ばぬ南側の狭い門のような湾のある土地を選び宮を建て、その地をトサと名付け住まわれたのです。後に許され大和へ戻りになりましたが、トサの土地にはその子孫が住み着き、一言主と名乗りを上げておられます」
「大和のだんな方、オノゴロ島へとおっしゃるが、そんな島はワシらは知りません」
と、漁師の代表が言う。どうやら真実らしい。しかし、アラカワトベの村で出会った少年は自らをオノゴロ島の者だと名乗った。その事を漁師たちに伝え、少年を呼び出した。少年の姿を見た漁師たちは、コイツの事かという顔をした。顔見知りのようである。
「なんじゃ、ドンガメ、またわけのわからぬ戯れ言を申し立てたか?だんな様方、この子は河内の海で拾うた孤児じゃ、己の住んでおった島の名前さえ知らぬ幼子だった。木切れに捕まり亀のように浮かんでおったのをワシらが助けたのです。己の名さえ知らぬのでドンガメと名付けたのはこのワシです。この子の言うことなど宛にはなりますまい。」
漁師は少年に悪態をつき、イリヒコに訴えた。イリヒコは少年の方を見遣り、問いかけた。
「どう言う事だ?」
少年は怯えながら答えた。
「この人たちは恩人じゃ、でも、我がオノゴロ島から来たというとそんな島は聞いたことがないと言うのです。」
黙って聞いていたカムヤイが口を挟んだ。
「漁師よ、神の国産みの話は聞いておるか?」
漁師たちは、イザナギ、イザナミの国産みの話、ヒルコ、アワシマの話やアマテラス、スサノヲの物語は知ってはいた。しかしオノゴロ島という島は知らぬという。
「困ったことだな。ドンガメよ、島のことを何か覚えておらぬのか?もしかしてお主らの島よ言葉と河内の者とでは同じ島でも呼び名が違うのかもしれぬ。」
と、カムヤイはドンガメに優しく語りかけたが、どうも要領を得ない。イリヒコが印象的な建物や目印は思いだせないか?と尋ねるとドンガメは答えた。
「海の中に石神の御柱が天に向かってたっておるのです。その御柱が住んでいた村の近くにありました。ヒルコ様の勾玉は村の社で守っておりました」
それを聞いていた漁師があっ!という顔をした。その表情を見逃さなかったイリヒコは漁師たちに再び聞いた。
「海に柱じゃ、覚えはないか?」
「沼島のことか!沼島は淡路の南、その海に確かに柱のような大岩がございます。ドンガメ、何故最初からそれを言わない?」
「父母にはヒルコ様の沼矛や御柱のことは、滅多に言うもんじゃないと。」
「つまり、沼島の者たちは自分達の島の事をオノゴロと言い伝えておったのだな。外の者に対しては沼島、身内ではオノゴロ島と呼び慣わしておったということ。秘密を守るためか?」
カムヤイは独り言のようにつぶやき、考えこんだ。その様子を一見したイリヒコは漁師たちに問いかけた。
「沼島になら行けるのか?」
「はあ、淡路からすぐですから行くことはできます」
「では、とにかく沼島に向かって出発しよう」
同じ小舟にカムヤイとイリヒコそしてドンガメと呼ばれる少年が乗り込んだ。もちろん漕ぎ手兼任である。他に漕ぎ手と船頭が乗り込んでるので、各船に合計10名ほどである。1度の航海では全員は無理である。イリヒコは先の事を考え、第1陣のみ沼島で降り、第2陣以降は直接、四国に上陸し阿波国、吉野川の下流で合流する事とした。もしはぐれたりした場合、各自で日向で向かう事となる。
「ドンガメとやら、そなたは何故、一人で海に出たのだ」
イリヒコは漕ぎながらドンガメに向かい問いかけた。
「出ようと思い出たわけではないのです。襲われて一族は散り散りバラバラになりました」
「誰に?」
「よく分からない。ただ父は、ヒルコ様の宝をヒトコトヌシだけには渡してはならないと」
「ヒトコトヌシ?何者だ?」
「わからない。でも島の皆は恐れてた」
船頭役の漁師が口を挟んだ。
「ヒトコトヌシ様の事か?カモタケツノミ様の御子のお一人で予の国の南に追放されたという」
「カモタケツノミ?初代の大物主のことか?子はおらぬと聞いていたが。」
「気性の荒い方で、ワケイカヅチとも呼ばれておった方じゃ」
それを聞いてカムヤイが顔を上げた。
「ワケイカヅチ?そな名の者は葛城に葬られたと聞くが。」
「いやワシらの祖先が逃がしたのよ。予の国への」
「伊予の国ではなく、予の国?」
「そうじゃ、同じ国だが、伊予は瀬戸内側、予はその南の大海側じゃ。旦那方が沼島のあとに行かれるという吉野の大川を境にしてその南側。」
「伊豫之二名島には四つの顔があるという。そのうちの一つか?」
「そうでございます。ワケイカヅチ様はオオヤマクイ様に憚り、その威の及ばぬ南側の狭い門のような湾のある土地を選び宮を建て、その地をトサと名付け住まわれたのです。後に許され大和へ戻りになりましたが、トサの土地にはその子孫が住み着き、一言主と名乗りを上げておられます」
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