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ACT05.リアル・ラブソング
18.デート
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―碧生―
「お待たせしました、タコライスです」
細かく刻んだレタスとトマト、挽き肉の載ったボウルが目の前に置かれる。向かい側では、キノコがたくさん入ったクリームパスタが湯気を立てている。
「ごゆっくりどうぞ」
店員さんが伝票を置いて立ち去る。恐る恐る、カトラリーの入った籠を覗いてみた。
「はい」
俺が手に取るより早く、先生がスプーンを拾い上げて差し出してくれる。
「これって、スプーンで食べるの」
「はい」
頷き、先生は自分用にフォークとスプーンを手に取ると、器用にスプーンの中でパスタを巻き始めた。
「すご。俺、それ無理だわ」
「慣れですよ」
上手い具合に一口サイズに巻かれたパスタが、先生の小さな口の中へ消える。
俺も、タコライスをスプーンですくって口に入れた。ほんの少し、辛味がある。こういう味がする物なのか、と初めて知った。
「先生って、こういう所によく来るの」
聞きながら、伊達メガネ越しに店内を見回す。
半ば強引に事務所から連れ出され、先生の車に乗せられてやって来たのは、繁華街の一角にあるカフェだった。平日とはいえ、お喋りに花を咲かせている女性客が結構いる。学生らしきカップルの姿もあった。
「あ、分かった」
「はい?」
「ここ、先生の定番デートコースなんでしょ」
すると首を傾げられた。
「定番、というほどデートをした経験は無いけど。ここには、何度か朝陽と来たことがあって」
「朝陽くんと?」
心の奥がざわつく。
こんなおしゃれな場所に、朝陽くんと二人で。
何度も?
「朝陽くんと、本当に仲良いんだね」
何気なく呟いた一言に、随分と拗ねた響きが混ざってしまって戸惑った。
先生は特に気にした様子もなく、パスタをくるくると丸めている。
「朝陽は、元々同じマンションに住んでたから。それでよく、一緒にご飯を食べてたんですよ」
「ふうん……」
食べ慣れない味のご飯の中に、スプーンを差し込む。
「……先生って、俺らの事は”さん”付けで呼ぶくせに、朝陽くんのことは呼び捨てなんだね」
「え?」
先生が少し、戸惑った表情を浮かべた。
「それは……」
「ごめん、やっぱ何でもない」
顔が熱くなる。一体何を言ってるんだ、俺は。
「えっと」
どうにか話を逸らしたかったけれど、先生は何か考えるように首を傾けた。
「先生と生徒なんだから、そこはきちんとしないと、と思って」
言いかけ、先生はふとフォークから手を離した。
「ああ、そっか」
切れ長の一重が、俺の事を真っ直ぐ見てくる。
「デートなんだし、名前で呼ぼうか?」
「……え、っ」
手から滑り落ちたスプーンが、ボウルに当たって派手な音を立てた。
「いや……いい。いい!」
伊達メガネが飛んでいきそうな勢いで首を横に振る。
「そっ、それより!映画、何観る?!」
「ああ、映画ね」
俺の狼狽なんか気にした風もなく、先生は自分のスマホを出すと上映スケジュールを調べ始めた。
派手に暴れる心臓を宥めるように胸をさする。
何で、こんな。
名前で呼ばれるのを一瞬、想像しただけでこんな―。
「何か観たいのある?」
「う、えっ?」
声がひっくり返った。
「大丈夫?」
「いやちょっと、これ辛くて」
タコライスのせいにして水を呷る。
「今調べてたけど、丁度良さそうなのがなくて。恋愛ものが良いんじゃないかと思ったんだけれど」
「は?何で」
「デートだから。ロマンチックな雰囲気にしないと」
先生の顔は、大まじめだ。
「いや、男二人で恋愛映画は恥ずかしくない?」
「そんな事を気にしたらいけない。観たいものを観ればいいんだから」
「観たいって言った覚えはないんだけど」
しかし、じゃあ何がいいと言われても困ってしまう。
「先生は普段、どんなの観るの?」
「特に好みはないけれど。話題のものとか、たまたまテレビで放送されたものとか」
あとは、と何気ない調子で情報が追加される。
「朝陽に勧められて観たりとか」
「……へえ」
ああ、まただ。
その名前を聞くと、何故か心の奥の方で、ざわつく音がする。
「朝陽くんと、映画観に行ったりもするんだ」
「いや、行かない」
「え?」
「朝陽と観る時は、部屋でご飯食べながらだから」
「……そうなんだ」
段々と声のトーンが落ちていく俺に気づいたのか、先生が怪訝な表情を浮かべた。
「どうかしたんですか」
「ん……やっぱり、映画いいや」
「どうして」
「観たいもの、ないし」
そうですか、とあっさり先生は頷いた。
「では、どうしますか。海に行きます?」
「海……」
迷っていると、そうだ、と先生は何か思いついたように手を打った。
「海じゃなくて、水族館はどうですか」
「水族館?」
「デートといえば、定番では」
「そう?でもさ……」
店の壁に掛かった時計を見る。
「もう遅いし、閉まる時間なんじゃ」
「あ。確かに」
言いつつ、先生はスマホで何か調べ始めた。あ、と手が止まる。
「大丈夫そうです」
「え?」
「この時期は、遅い時間まで入れるみたいですよ」
「そうなの?」
「どう、行きませんか」
提案され、少し迷って結局頷いた。
「お待たせしました、タコライスです」
細かく刻んだレタスとトマト、挽き肉の載ったボウルが目の前に置かれる。向かい側では、キノコがたくさん入ったクリームパスタが湯気を立てている。
「ごゆっくりどうぞ」
店員さんが伝票を置いて立ち去る。恐る恐る、カトラリーの入った籠を覗いてみた。
「はい」
俺が手に取るより早く、先生がスプーンを拾い上げて差し出してくれる。
「これって、スプーンで食べるの」
「はい」
頷き、先生は自分用にフォークとスプーンを手に取ると、器用にスプーンの中でパスタを巻き始めた。
「すご。俺、それ無理だわ」
「慣れですよ」
上手い具合に一口サイズに巻かれたパスタが、先生の小さな口の中へ消える。
俺も、タコライスをスプーンですくって口に入れた。ほんの少し、辛味がある。こういう味がする物なのか、と初めて知った。
「先生って、こういう所によく来るの」
聞きながら、伊達メガネ越しに店内を見回す。
半ば強引に事務所から連れ出され、先生の車に乗せられてやって来たのは、繁華街の一角にあるカフェだった。平日とはいえ、お喋りに花を咲かせている女性客が結構いる。学生らしきカップルの姿もあった。
「あ、分かった」
「はい?」
「ここ、先生の定番デートコースなんでしょ」
すると首を傾げられた。
「定番、というほどデートをした経験は無いけど。ここには、何度か朝陽と来たことがあって」
「朝陽くんと?」
心の奥がざわつく。
こんなおしゃれな場所に、朝陽くんと二人で。
何度も?
「朝陽くんと、本当に仲良いんだね」
何気なく呟いた一言に、随分と拗ねた響きが混ざってしまって戸惑った。
先生は特に気にした様子もなく、パスタをくるくると丸めている。
「朝陽は、元々同じマンションに住んでたから。それでよく、一緒にご飯を食べてたんですよ」
「ふうん……」
食べ慣れない味のご飯の中に、スプーンを差し込む。
「……先生って、俺らの事は”さん”付けで呼ぶくせに、朝陽くんのことは呼び捨てなんだね」
「え?」
先生が少し、戸惑った表情を浮かべた。
「それは……」
「ごめん、やっぱ何でもない」
顔が熱くなる。一体何を言ってるんだ、俺は。
「えっと」
どうにか話を逸らしたかったけれど、先生は何か考えるように首を傾けた。
「先生と生徒なんだから、そこはきちんとしないと、と思って」
言いかけ、先生はふとフォークから手を離した。
「ああ、そっか」
切れ長の一重が、俺の事を真っ直ぐ見てくる。
「デートなんだし、名前で呼ぼうか?」
「……え、っ」
手から滑り落ちたスプーンが、ボウルに当たって派手な音を立てた。
「いや……いい。いい!」
伊達メガネが飛んでいきそうな勢いで首を横に振る。
「そっ、それより!映画、何観る?!」
「ああ、映画ね」
俺の狼狽なんか気にした風もなく、先生は自分のスマホを出すと上映スケジュールを調べ始めた。
派手に暴れる心臓を宥めるように胸をさする。
何で、こんな。
名前で呼ばれるのを一瞬、想像しただけでこんな―。
「何か観たいのある?」
「う、えっ?」
声がひっくり返った。
「大丈夫?」
「いやちょっと、これ辛くて」
タコライスのせいにして水を呷る。
「今調べてたけど、丁度良さそうなのがなくて。恋愛ものが良いんじゃないかと思ったんだけれど」
「は?何で」
「デートだから。ロマンチックな雰囲気にしないと」
先生の顔は、大まじめだ。
「いや、男二人で恋愛映画は恥ずかしくない?」
「そんな事を気にしたらいけない。観たいものを観ればいいんだから」
「観たいって言った覚えはないんだけど」
しかし、じゃあ何がいいと言われても困ってしまう。
「先生は普段、どんなの観るの?」
「特に好みはないけれど。話題のものとか、たまたまテレビで放送されたものとか」
あとは、と何気ない調子で情報が追加される。
「朝陽に勧められて観たりとか」
「……へえ」
ああ、まただ。
その名前を聞くと、何故か心の奥の方で、ざわつく音がする。
「朝陽くんと、映画観に行ったりもするんだ」
「いや、行かない」
「え?」
「朝陽と観る時は、部屋でご飯食べながらだから」
「……そうなんだ」
段々と声のトーンが落ちていく俺に気づいたのか、先生が怪訝な表情を浮かべた。
「どうかしたんですか」
「ん……やっぱり、映画いいや」
「どうして」
「観たいもの、ないし」
そうですか、とあっさり先生は頷いた。
「では、どうしますか。海に行きます?」
「海……」
迷っていると、そうだ、と先生は何か思いついたように手を打った。
「海じゃなくて、水族館はどうですか」
「水族館?」
「デートといえば、定番では」
「そう?でもさ……」
店の壁に掛かった時計を見る。
「もう遅いし、閉まる時間なんじゃ」
「あ。確かに」
言いつつ、先生はスマホで何か調べ始めた。あ、と手が止まる。
「大丈夫そうです」
「え?」
「この時期は、遅い時間まで入れるみたいですよ」
「そうなの?」
「どう、行きませんか」
提案され、少し迷って結局頷いた。
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