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7.ライブチケット
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―伊織―
階段教室で席に着き、イヤフォンで音楽を聴きながら教科書を準備していたら突然スマホの画面をタップされた。
驚いて顔を上げると、端正な顔立ちにたれた目尻が印象的な美形の男が、意地の悪い笑みを浮かべてこちらを覗き込んでいる。
「(珍し、伊織がアイドルの曲聴いとる)」
手話でそう話しかけてきたのは、友人の雪村眞白だった。関西出身だと聞いているせいか、いつも俺の脳内で眞白の手話は勝手に関西弁のイメージで聞こえてきてしまう。
「(どしたん、ついにハルに関心持ったん?)」
「(違うよ、昨日たまたまCDショップでポスター見て、それで)」
その時ちょうど、教室に騒がしい足音が駆け込んできた。
「眞白久しぶり!今日一緒やん」
眞白に向かって手話も交えて話しかけ、あっ伊織くん久しぶりです、とついでのように俺の方を向く。
一応変装しているつもりなのか黒縁の伊達メガネをかけたやたらと背の高いこの男は、眞白の幼なじみでハルと呼ばれている。本名は悠貴だったか。
「……どーも」
愛想のない返事を返し、イヤフォンを鞄に片付ける。いつもハイテンションで騒がしいこいつの事が俺は苦手だった。眞白の幼なじみだというから仕方なく一緒に講義を受けたりもするが、出来ればあまり関わりたくはない。
そんな俺の様子をよそに、眞白は楽しそうに手話で悠貴に話しかける。
「(今なあ、伊織がスタービーのアルバム聞いててん)」
「まじすか?ついに興味持ってくれたんですね!」
悠貴が身を乗り出して来るので仰け反った。
「ちがっ……つーか、あんたがこのグループのメンバーだってこと忘れてたし!」
「ひどっ。じゃあ何でなん?伊織くん、普段は洋楽ばっか聴いとるのに」
悠貴はいつも、眞白にも会話の内容が分かるように手話を交えて話す。
眞白が同意する様に深く頷いた。
「(なあ。めちゃめちゃ流行りに疎いやんなあ)」
「……うっさいなあ」
「そうや、眞白。ライブのチケット持ってきたで」
悠貴はそう言って懐からチケットを取り出した。
「(二枚あるやん。また伊織も行く?)」
眞白に差し出され、つい受け取ってしまう。
「いや、俺は……」
言いかけたところで、講師が教室に入って来るのが見えた。何となく返しそびれ、机の隅に置く。
眞白が腕をつついてくるので、分かってるよ、と胸を二回叩きノートパソコンの画面を持ち上げた。隣では悠貴が急いで教書とノートを机の上に引っ張り出している。
もう四年目の後期だから、本当は講義を受けにくる必要は無い。何をしに来ているかというと、耳の不自由な眞白の為にパソコンで講義の内容を打ち出しているのだ。
普段はボランティアの学生に頼んでいるらしいが、何気に人見知りなところがある眞白に頼まれ、俺が卒業するまでの間は手伝う事にしていた。
***
俺と眞白の出会いは、俺が大学二回生の頃だった。人の輪に入る事が苦手で孤立気味だった俺は、学部の必修科目である手話のテスト前に練習相手がいなくて困っていた。
食堂の片隅でタブレットの映像を見ながら黙々と一人で練習をしていたある日、手が当たってシャーペンが転がり落ちてしまった。
拾おうと屈むと、先に手を伸ばして拾ってくれたのが眞白だった。右耳に掛けられた補聴器に気が付き、ありがとう、とぎこちなく手話で伝えてみると、にやりと意地悪く笑われた。
「(手話、へたっぴやな)」
口の動きを添え、ゆっくりとした動きの手話でからかってくる眞白に腹が立ち、練習中なんだよ、と伝えると、それそれ、と眞白は俺の手元を指差して笑った。
「(手話は表情も大事やで)」
何と返したらいいか分からない俺の向かい側に座ると、眞白は勝手に人の教科書をめくった。スマホを出し、文字を打って見せてきた。
『試験あるやろ。俺と一緒に練習しいひん?』
「はあ?」
俺のリアクションに構わず、眞白は再びスマホに文字を打った。
『外国語とおんなじや。実践した方が上手くなるで』
眞白はスマホを置くと、友達、と手話で言ってきた。友達がいない事をからかわれたのかと一瞬勘違いしたが、眞白は俺を指さすと、次いで自分の事を指さした。
「(友達になろ。俺の名前は、ま、し、ろ)」
ゆっくり指文字で示し、君は?と聞き返してきたので、いおり、と思わず指文字で返してしまった。
「(いおり、な。これからよろしく)」
にっこりと手を差し出してくる眞白の細い手を、戸惑いながらそっと握り返した。
その後、眞白の指導のお陰ですっかり手話が上達した俺は、無事テストに合格した。
眞白は高校時代に留年しているため学年が違い、あまり頻繁に会う事は無くなったが、時々顔を合わせるとご飯に行くくらい仲良くなった。
耳の事については深く聞けないでいたけれど、ある時思い切って聞いてみた。
補聴器を着けているのは便宜上で本当はほとんど聞こえていない事、人が近づく気配くらいなら分かる事を教えてくれた。
「(急に話しかけられても分からんから、無視されたと思われるのが嫌やねん)」
哀し気に俯いた横顔を、今でも覚えている。
講義が終わるなり悠貴は、スケジュールが詰まっとる、とか何とか言って慌ただしく教室を飛び出して行った。
結局返せなかったチケットを手に持って見てたら、眞白が横からでこぴんで弾いてきた。
「(一緒に行こ、さっき曲聴いてたやん)」
眞白がイヤフォンを差し込むジェスチャーをしてくる。
チケットに目を落とす。思い浮かんだのは、やたらと綺麗な顔立ちをした、あいつの顔。
『―お前じゃなくて、瞬、ね』
「……分かったよ」
しぶしぶ了承する。眞白が首を傾げたので、大袈裟に自分の胸をばしばしと二回叩いてみせた。
階段教室で席に着き、イヤフォンで音楽を聴きながら教科書を準備していたら突然スマホの画面をタップされた。
驚いて顔を上げると、端正な顔立ちにたれた目尻が印象的な美形の男が、意地の悪い笑みを浮かべてこちらを覗き込んでいる。
「(珍し、伊織がアイドルの曲聴いとる)」
手話でそう話しかけてきたのは、友人の雪村眞白だった。関西出身だと聞いているせいか、いつも俺の脳内で眞白の手話は勝手に関西弁のイメージで聞こえてきてしまう。
「(どしたん、ついにハルに関心持ったん?)」
「(違うよ、昨日たまたまCDショップでポスター見て、それで)」
その時ちょうど、教室に騒がしい足音が駆け込んできた。
「眞白久しぶり!今日一緒やん」
眞白に向かって手話も交えて話しかけ、あっ伊織くん久しぶりです、とついでのように俺の方を向く。
一応変装しているつもりなのか黒縁の伊達メガネをかけたやたらと背の高いこの男は、眞白の幼なじみでハルと呼ばれている。本名は悠貴だったか。
「……どーも」
愛想のない返事を返し、イヤフォンを鞄に片付ける。いつもハイテンションで騒がしいこいつの事が俺は苦手だった。眞白の幼なじみだというから仕方なく一緒に講義を受けたりもするが、出来ればあまり関わりたくはない。
そんな俺の様子をよそに、眞白は楽しそうに手話で悠貴に話しかける。
「(今なあ、伊織がスタービーのアルバム聞いててん)」
「まじすか?ついに興味持ってくれたんですね!」
悠貴が身を乗り出して来るので仰け反った。
「ちがっ……つーか、あんたがこのグループのメンバーだってこと忘れてたし!」
「ひどっ。じゃあ何でなん?伊織くん、普段は洋楽ばっか聴いとるのに」
悠貴はいつも、眞白にも会話の内容が分かるように手話を交えて話す。
眞白が同意する様に深く頷いた。
「(なあ。めちゃめちゃ流行りに疎いやんなあ)」
「……うっさいなあ」
「そうや、眞白。ライブのチケット持ってきたで」
悠貴はそう言って懐からチケットを取り出した。
「(二枚あるやん。また伊織も行く?)」
眞白に差し出され、つい受け取ってしまう。
「いや、俺は……」
言いかけたところで、講師が教室に入って来るのが見えた。何となく返しそびれ、机の隅に置く。
眞白が腕をつついてくるので、分かってるよ、と胸を二回叩きノートパソコンの画面を持ち上げた。隣では悠貴が急いで教書とノートを机の上に引っ張り出している。
もう四年目の後期だから、本当は講義を受けにくる必要は無い。何をしに来ているかというと、耳の不自由な眞白の為にパソコンで講義の内容を打ち出しているのだ。
普段はボランティアの学生に頼んでいるらしいが、何気に人見知りなところがある眞白に頼まれ、俺が卒業するまでの間は手伝う事にしていた。
***
俺と眞白の出会いは、俺が大学二回生の頃だった。人の輪に入る事が苦手で孤立気味だった俺は、学部の必修科目である手話のテスト前に練習相手がいなくて困っていた。
食堂の片隅でタブレットの映像を見ながら黙々と一人で練習をしていたある日、手が当たってシャーペンが転がり落ちてしまった。
拾おうと屈むと、先に手を伸ばして拾ってくれたのが眞白だった。右耳に掛けられた補聴器に気が付き、ありがとう、とぎこちなく手話で伝えてみると、にやりと意地悪く笑われた。
「(手話、へたっぴやな)」
口の動きを添え、ゆっくりとした動きの手話でからかってくる眞白に腹が立ち、練習中なんだよ、と伝えると、それそれ、と眞白は俺の手元を指差して笑った。
「(手話は表情も大事やで)」
何と返したらいいか分からない俺の向かい側に座ると、眞白は勝手に人の教科書をめくった。スマホを出し、文字を打って見せてきた。
『試験あるやろ。俺と一緒に練習しいひん?』
「はあ?」
俺のリアクションに構わず、眞白は再びスマホに文字を打った。
『外国語とおんなじや。実践した方が上手くなるで』
眞白はスマホを置くと、友達、と手話で言ってきた。友達がいない事をからかわれたのかと一瞬勘違いしたが、眞白は俺を指さすと、次いで自分の事を指さした。
「(友達になろ。俺の名前は、ま、し、ろ)」
ゆっくり指文字で示し、君は?と聞き返してきたので、いおり、と思わず指文字で返してしまった。
「(いおり、な。これからよろしく)」
にっこりと手を差し出してくる眞白の細い手を、戸惑いながらそっと握り返した。
その後、眞白の指導のお陰ですっかり手話が上達した俺は、無事テストに合格した。
眞白は高校時代に留年しているため学年が違い、あまり頻繁に会う事は無くなったが、時々顔を合わせるとご飯に行くくらい仲良くなった。
耳の事については深く聞けないでいたけれど、ある時思い切って聞いてみた。
補聴器を着けているのは便宜上で本当はほとんど聞こえていない事、人が近づく気配くらいなら分かる事を教えてくれた。
「(急に話しかけられても分からんから、無視されたと思われるのが嫌やねん)」
哀し気に俯いた横顔を、今でも覚えている。
講義が終わるなり悠貴は、スケジュールが詰まっとる、とか何とか言って慌ただしく教室を飛び出して行った。
結局返せなかったチケットを手に持って見てたら、眞白が横からでこぴんで弾いてきた。
「(一緒に行こ、さっき曲聴いてたやん)」
眞白がイヤフォンを差し込むジェスチャーをしてくる。
チケットに目を落とす。思い浮かんだのは、やたらと綺麗な顔立ちをした、あいつの顔。
『―お前じゃなくて、瞬、ね』
「……分かったよ」
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