Call My Name

叶けい

文字の大きさ
上 下
6 / 20

6.粉雪が連れてきた幻

しおりを挟む
―雅人―
いつまで鳴らしても一向に出る気配が無いので切ろうとしたら、ようやくコール音が途切れた。
「おい、瞬!どこまで行ったんだよ」
『ごめんなさい、もう戻るから』
「だから、どこに居るんだっての」
若干、声にいら立ちが混じる。
ラジオの収録帰り、会社から連絡が入ったので路肩に車を停めて話していたら、知り合いを見つけたと言って瞬は突然車を降りて行ってしまった。
「車、移動させたからさっきのとこにはいねえぞ」
『えー、まじすか。どの辺?』
「どこって、さっき居たところから真っ直ぐに……」
説明しながら辺りを見回す。すっかり陽も落ち、街路樹に巻き付けられた電飾が煌々と光を放っていた。
「くっそ、雪降ってきたな」
イルミネーションの光に反射して、細かい雪が舞い落ちてくるのが見えた。
「あー、もう。瞬、どこに居るのか言え。探しに行くから」
スマホを耳に当てたまま、車から降りる。足早に歩いてきた若者と肩がぶつかった。
「……っと、すみません」
『あ、もしかして人の多いとこにいる?』
「停められる場所無くて来ちまったんだよ。分かった。車回すから、さっき降りたとこに…」
言葉が途切れた。
イルミネーションを見上げながら歩く人混みの中、何故か吸い寄せられるようにそこへ視線が向いた。
ベージュ色のチェスターコートに、カラシ色のマフラーがよく映える。すらりと高い背丈、アッシュブラウンの柔らかそうな髪の毛。
微笑みを浮かべながら一人、街路樹を見上げて歩くその人物に、俺は見覚えがあった。
『雅人さん?おーい、聞こえてます?……』
スマホが耳から離れる。
周りの景色が止まって見えるようだった。ただ一人、彼だけが俺の方へ向かって歩いて来るのが分かる。
呆然と立ちすくむ俺の横を、彼はゆっくりと、すれ違って行った。

「朝陽……?」

声に出してみたら情けないほど震えて、呟きにもならないほど掠れてしまった。きっと、聞こえなかっただろうと思った。
背後で、人が立ち止まる気配を感じた。
恐る恐る振り返る。カラシ色のマフラーが風に揺れてはためいた。戸惑いの色が浮かんだ黒くつぶらな瞳に、一気に懐かしさが込み上げてくる。
「うそだろ」
唇が震える。
「ほんとに?朝陽……」
だが、当の朝陽の方は困惑した表情を浮かべていた。
「すみません、ええと」
「俺だよ、雅人」
なかなか名前が出てこない朝陽に名乗ったが、まさと、と呟いただけで首を傾げられた。
どういう事なのか。人違いにしては面影がありすぎる。
困惑していると、不意に朝陽の背後から男が現れた。
「どうしたの、朝陽」
黒いトレンチコートにグレーのマフラーを巻いたその男は、切れ長の鋭い目つきで俺を見た。
「知り合い?」
男が朝陽に問いかける。朝陽は困った様に苦笑を浮かべた。
「いや……人違い、かなあ」
すると、男は不意に朝陽の肩に手を回し、俺を見た。
「ごめんなさい。僕たちこれから、予定が」
どこか外国の訛りのある話し方だったが、有無を言わせない圧を感じた。
「……あ、ああ。すみません。なんか、間違えちゃって」
ようやくのことでそう言うと、逃げるように二人に背を向けた。
握りしめたままだったスマホが震える。画面を見ると、瞬の名前が出ていた。通話ボタンを押そうとした指が止まる。
舞い落ちてきた粉雪が、画面に落ちて、溶けて消えた。

―朝陽―
逃げるように立ち去る後ろ姿を見送った後、自分の肩を強く抱く手を見て苦笑いした。
「偶然だね、あきら
「ん」
肩に載っていた手が下ろされる。
「朝陽、困ってたみたいだったから」
はなぶさ亮はそう言うと、寒そうにむき出しの両手をこすり合わせた。
「知らない人?」
聞かれ、少し考える。まさと、と名乗った先ほどの彼に、俺の方は見覚えが無かった。
けれど。
「もしかしたら、”知っていた”のかも、しれない」
呟いた声に、そういう事か、と亮が小さく頷いてくれる。
「今から帰るところ?」
「あ、うん。亮も?」
「そう。じゃあ一緒に帰ろう」
そっと背中を押され、歩き出す。
気になって再び振り返ったけれど、彼の姿はもう見当たらなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

Please,Call My Name

叶けい
BL
アイドルグループ『star.b』最年長メンバーの桐谷大知はある日、同じグループのメンバーである櫻井悠貴の幼なじみの青年・雪村眞白と知り合う。眞白には難聴のハンディがあった。 何度も会ううちに、眞白に惹かれていく大知。 しかし、かつてアイドルに憧れた過去を持つ眞白の胸中は複雑だった。 大知の優しさに触れるうち、傷ついて頑なになっていた眞白の気持ちも少しずつ解けていく。 眞白もまた大知への想いを募らせるようになるが、素直に気持ちを伝えられない。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

【BL】記憶のカケラ

樺純
BL
あらすじ とある事故により記憶の一部を失ってしまったキイチ。キイチはその事故以来、海辺である男性の後ろ姿を追いかける夢を毎日見るようになり、その男性の顔が見えそうになるといつもその夢から覚めるため、その相手が誰なのか気になりはじめる。 そんなキイチはいつからか惹かれている幼なじみのタカラの家に転がり込み、居候生活を送っているがタカラと幼なじみという関係を壊すのが怖くて告白出来ずにいた。そんな時、毎日見る夢に出てくるあの後ろ姿を街中で見つける。キイチはその人と会えば何故、あの夢を毎日見るのかその理由が分かるかもしれないとその後ろ姿に夢中になるが、結果としてそのキイチのその行動がタカラの心を締め付け過去の傷痕を抉る事となる。 キイチが忘れてしまった記憶とは? タカラの抱える過去の傷痕とは? 散らばった記憶のカケラが1つになった時…真実が明かされる。 キイチ(男) 中二の時に事故に遭い記憶の一部を失う。幼なじみであり片想いの相手であるタカラの家に居候している。同じ男であることや幼なじみという関係を壊すのが怖く、タカラに告白出来ずにいるがタカラには過保護で尽くしている。 タカラ(男) 過去の出来事が忘れられないままキイチを自分の家に居候させている。タカラの心には過去の出来事により出来てしまった傷痕があり、その傷痕を癒すことができないまま自分の想いに蓋をしキイチと暮らしている。 ノイル(男) キイチとタカラの幼なじみ。幼なじみ、男女7人組の年長者として2人を落ち着いた目で見守っている。キイチの働くカフェのオーナーでもあり、良き助言者でもあり、ノイルの行動により2人に大きな変化が訪れるキッカケとなる。 ミズキ(男) 幼なじみ7人組の1人でもありタカラの親友でもある。タカラと同じ職場に勤めていて会社ではタカラの執事くんと呼ばれるほどタカラに甘いが、恋人であるヒノハが1番大切なのでここぞと言う時は恋人を優先する。 ユウリ(女) 幼なじみ7人組の1人。ノイルの経営するカフェで一緒に働いていてノイルの彼女。 ヒノハ(女) 幼なじみ7人組の1人。ミズキの彼女。ミズキのことが大好きで冗談半分でタカラにライバル心を抱いてるというネタで場を和ませる。 リヒト(男) 幼なじみ7人組の1人。冷静な目で幼なじみ達が恋人になっていく様子を見守ってきた。 謎の男性 街でキイチが見かけた毎日夢に出てくる後ろ姿にそっくりな男。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

処理中です...