25 / 28
第八話 会いたいと思ってはいけませんか
scene8-1
しおりを挟む
―慶一―
片付けてみれば、意外とあっけないものだった。
透人が出て行ったまま何も手を付けていなかった部屋の整理を終え、ごみ袋の口を縛る。家具はさすがにそのままだが、透人と暮らしていた跡は、ほとんど無くなってしまった。
袋の中から透けて見える、卓上カレンダーに目を落とす。捨てる時に見えた、『慶ちゃん、誕生日!』の文字を思い浮かべた。
きっと、柳さんはあれを見たんだろう。それで、何かプレゼントしようと考えてくれて。
そこまで考え、思わず頭を振った。どうしてまたあの人の事を思い出しているのか。
ごみ袋をキッチンの隅に置く。ごみの日を確かめる為、冷蔵庫に新しく掛け直したカレンダーを見た。
柳さんと会わなくなって、一週間以上が過ぎていた。
当然、あれから何も連絡はない。一体いつから出張に行ったのかも知らないし、どれくらいの期間、日本に戻って来ないのかも当然知らない。知っていたからといって、会うつもりもない。
でも。
仕事を終えて外に出ると、無意識に柳さんの車を探している自分に気づく。ふとスマホに目を落とせば、着信履歴が残っていないか見てしまう。
ただの習慣だ。一ヶ月以上、ほとんど毎日のように会っていたのだから、仕方ない事だ。
必死でそう言い聞かせて、忘れようとしていた。
一人分の適当な夕飯を済ませ、ビール缶を片手にソファに座った。テレビをつけ、缶のプルタブを起こす。
家にいる時まで飲んだくれるほど酒好きなわけじゃなかったのに、何となく癖になってしまっていた。休日の夜は、何故だか飲まないと眠れない。
大して面白くもないバラエティ番組を見ながら少しずつビールを飲んでいると、テーブルに伏せて置いていたスマホが震え始めた。
誰からの着信なのか、心当たりが無い。缶ビールを置き、スマホを手に取り裏返す。
「……?」
知らない番号だった。番号の頭をよく見てみると、国際電話だ。
そこまで考えて固まった。まさか。
取るべきか躊躇っているうちに、切れてしまった。不在着信一件の通知を見つめていると、再び同じ番号からかかってきた。
通話ボタンを、押した。
『……もしもし。慶一さん?』
すっかり耳に馴染んだ、低いバリトンが響く。懐かしさに、胸の奥が柔らかく痛んだ。
「……何だよ」
『久しぶりですね。お元気でしたか』
「……ん」
『そちらは今、夜ですか』
「そうだけど。そっちは……明け方?」
はい、という返事と共に、カーテンが擦れるような音がした。
『東京とは比べものにならないくらい、夜景が綺麗なんですよ。あなたにも見せてあげたいくらい』
「……そう」
誕生日に、彼のマンションの部屋から見た景色を思い出す。
実は、と柳さんが続ける。
『今から空港に向かうところなんです』
「ああ……帰ってくるの?」
『はい。それで、帰国したら会えませんか?』
少しトーンの低くなった声に、どきりとした。
「何で。何か、用?」
『話したい事が』
「この電話じゃだめなの」
すると、少し間があって、小さく笑う気配がした。
『会いたいと思っては、いけませんか?』
「……っ」
抗いようもなく鼓動が高鳴った。スマホを握る手に、じんわりと汗がにじむ。
「いや、いいけど……」
ついそう言ってしまう。よかった、と安堵した様な声がした。
『また電話します。おやすみなさい』
「ああ……おやすみ」
電話を切り、大きく息をつく。着信履歴に残った番号を登録しようか迷い、結局やめた。
もう、会う理由は無くなったはずなのに。どうして今更。
テーブルに置いた缶ビールを手に取り、口をつけた。少し、ぬるかった。
今夜は、この一杯だけでは眠れそうにない。
片付けてみれば、意外とあっけないものだった。
透人が出て行ったまま何も手を付けていなかった部屋の整理を終え、ごみ袋の口を縛る。家具はさすがにそのままだが、透人と暮らしていた跡は、ほとんど無くなってしまった。
袋の中から透けて見える、卓上カレンダーに目を落とす。捨てる時に見えた、『慶ちゃん、誕生日!』の文字を思い浮かべた。
きっと、柳さんはあれを見たんだろう。それで、何かプレゼントしようと考えてくれて。
そこまで考え、思わず頭を振った。どうしてまたあの人の事を思い出しているのか。
ごみ袋をキッチンの隅に置く。ごみの日を確かめる為、冷蔵庫に新しく掛け直したカレンダーを見た。
柳さんと会わなくなって、一週間以上が過ぎていた。
当然、あれから何も連絡はない。一体いつから出張に行ったのかも知らないし、どれくらいの期間、日本に戻って来ないのかも当然知らない。知っていたからといって、会うつもりもない。
でも。
仕事を終えて外に出ると、無意識に柳さんの車を探している自分に気づく。ふとスマホに目を落とせば、着信履歴が残っていないか見てしまう。
ただの習慣だ。一ヶ月以上、ほとんど毎日のように会っていたのだから、仕方ない事だ。
必死でそう言い聞かせて、忘れようとしていた。
一人分の適当な夕飯を済ませ、ビール缶を片手にソファに座った。テレビをつけ、缶のプルタブを起こす。
家にいる時まで飲んだくれるほど酒好きなわけじゃなかったのに、何となく癖になってしまっていた。休日の夜は、何故だか飲まないと眠れない。
大して面白くもないバラエティ番組を見ながら少しずつビールを飲んでいると、テーブルに伏せて置いていたスマホが震え始めた。
誰からの着信なのか、心当たりが無い。缶ビールを置き、スマホを手に取り裏返す。
「……?」
知らない番号だった。番号の頭をよく見てみると、国際電話だ。
そこまで考えて固まった。まさか。
取るべきか躊躇っているうちに、切れてしまった。不在着信一件の通知を見つめていると、再び同じ番号からかかってきた。
通話ボタンを、押した。
『……もしもし。慶一さん?』
すっかり耳に馴染んだ、低いバリトンが響く。懐かしさに、胸の奥が柔らかく痛んだ。
「……何だよ」
『久しぶりですね。お元気でしたか』
「……ん」
『そちらは今、夜ですか』
「そうだけど。そっちは……明け方?」
はい、という返事と共に、カーテンが擦れるような音がした。
『東京とは比べものにならないくらい、夜景が綺麗なんですよ。あなたにも見せてあげたいくらい』
「……そう」
誕生日に、彼のマンションの部屋から見た景色を思い出す。
実は、と柳さんが続ける。
『今から空港に向かうところなんです』
「ああ……帰ってくるの?」
『はい。それで、帰国したら会えませんか?』
少しトーンの低くなった声に、どきりとした。
「何で。何か、用?」
『話したい事が』
「この電話じゃだめなの」
すると、少し間があって、小さく笑う気配がした。
『会いたいと思っては、いけませんか?』
「……っ」
抗いようもなく鼓動が高鳴った。スマホを握る手に、じんわりと汗がにじむ。
「いや、いいけど……」
ついそう言ってしまう。よかった、と安堵した様な声がした。
『また電話します。おやすみなさい』
「ああ……おやすみ」
電話を切り、大きく息をつく。着信履歴に残った番号を登録しようか迷い、結局やめた。
もう、会う理由は無くなったはずなのに。どうして今更。
テーブルに置いた缶ビールを手に取り、口をつけた。少し、ぬるかった。
今夜は、この一杯だけでは眠れそうにない。
1
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
ジョージと讓治の情事
把ナコ
BL
讓治は大学の卒業旅行で山に登ることになった。
でも、待ち合わせの場所に何時間たっても友達が来ることはなかった。
ご丁寧にLIMEのグループ登録も外され、全員からブロックされている。
途方に暮れた讓治だったが、友人のことを少しでも忘れるために、汗をかこうと当初の予定通り山を登ることにした。
しかし、その途中道に迷い、更には天候も崩れ、絶望を感じ始めた頃、やっとたどり着いた休憩小屋には先客が。
心細い中で出会った外国人のイケメン男性。その雰囲気と優しい言葉に心を許してしまい、身体まで!
しかし翌日、家に帰ると異変に気づく。
あれだけ激しく交わったはずの痕跡がない!?
まさかの夢だった!?
一度会ったきり連絡先も交換せずに別れた讓治とジョージだったが、なんとジョージは讓治が配属された部署の上司だった!
再開したジョージは山で会った時と同一人物と思えないほど厳しく、冷たい男に?
二人の関係は如何に!
/18R描写にはタイトルに※を付けます。基本ほのぼのです。
筆者の趣味によりエロ主体で進みますので、苦手な方はリターン推奨。
BL小説大賞エントリー作品
小説家になろうにも投稿しています。
好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
寡黙な剣道部の幼馴染
Gemini
BL
【完結】恩師の訃報に八年ぶりに帰郷した智(さとし)は幼馴染の有馬(ありま)と再会する。相変わらず寡黙て静かな有馬が智の勤める大学の学生だと知り、だんだんとその距離は縮まっていき……
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
渇望の檻
凪玖海くみ
BL
カフェの店員として静かに働いていた早坂優希の前に、かつての先輩兼友人だった五十嵐零が突然現れる。
しかし、彼は優希を「今度こそ失いたくない」と告げ、強引に自宅に連れ去り監禁してしまう。
支配される日々の中で、優希は必死に逃げ出そうとするが、いつしか零の孤独に触れ、彼への感情が少しずつ変わり始める。
一方、優希を探し出そうとする探偵の夏目は、救いと恋心の間で揺れながら、彼を取り戻そうと奔走する。
外の世界への自由か、孤独を分かち合う愛か――。
ふたつの好意に触れた優希が最後に選ぶのは……?
【完結】【R18BL】清らかになるために司祭様に犯されています
ちゃっぷす
BL
司祭の侍者――アコライトである主人公ナスト。かつては捨て子で数々の盗みを働いていた彼は、その罪を清めるために、司祭に犯され続けている。
そんな中、教会に、ある大公令息が訪れた。大公令息はナストが司祭にされていることを知り――!?
※ご注意ください※
※基本的に全キャラ倫理観が欠如してます※
※頭おかしいキャラが複数います※
※主人公貞操観念皆無※
【以下特殊性癖】
※射精管理※尿排泄管理※ペニスリング※媚薬※貞操帯※放尿※おもらし※S字結腸※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる