21 / 28
第七話 知りたくなかった
scene7-2
しおりを挟む
―雅孝―
車の窓を叩く雨脚が、強くなった気がした。
「主任、またため息をつきましたね」
運転席でハンドルを握る五十嵐が苦笑する。思わず口元を抑えた。
「悪い、無意識だった」
「休日出勤でお疲れですか?それとも」
ちらり、と五十嵐がバックミラー越しにこちらを見てくる。
「宮城さんの事でも考えてました?」
今度はわざと、大仰にため息をついた。
「からかってるのか」
「いえ、まさか。でも主任、ため息のつき方が疲れている感じではないんですよね」
「ため息に種類なんかあるのか」
「ありますよ。主任のため息は、色気がだだ漏れです」
「黙って運転してろ」
少々強めの口調で返すが、慣れてる五十嵐は、はいはい、と苦笑混じりに返してくるだけで動じない。
またため息が出そうになり、咳払いで誤魔化す。
五十嵐の言うことは図星だ。さっきからずっと、慶一さんの事ばかり考えている。
いや、さっきからじゃない。昨日の夜からずっと、朝早く慶一さんをマンションまで送り届けてからずっと、休日のはずだったのに急用で会社に呼びだされてからずっと、ずっと彼の事しか考えていない。
今だって、雨粒に覆われた窓越しに道行く人を眺めながら、無意識に姿を探して……。
「……五十嵐」
「はい?」
「停めろ」
「はいっ?いや、そんな無茶な」
タイミング良く信号が赤になり、五十嵐がブレーキを踏む。
「どうしたんですか、急に」
こちらを向いた五十嵐の視線が、窓の向こう側に立つ人影に向けられる。
「あ、宮城さんじゃないですか」
「……」
視線が釘付けになったまま、体が動かなかった。
傘を差して立ち話をしているのは、間違いなく慶一さんだった。そして慶一さんの向かい側に立って話している、細身で背の高い青年に俺は見覚えがあった。
「車、出しますよ?」
五十嵐がそう言うや否や、信号が変わり車が走り出す。慶一さんの姿が遠ざかっていく。
「どうされたんですか?」
五十嵐が困惑した様子で聞いてくる。
「あいつ……」
「あいつ?宮城さんと話していた方ですか?」
「……」
「主任、お知り合いなんですか?」
「知り合いなんかじゃない……」
―去年の春。
大学の先輩だった、渡辺先輩から突然電話を貰った。
何の用事かと思ったら、朔也の部屋の合鍵をまだ持っているかと問われて。
『桃瀬の具合が、悪いらしい―』
それを聞いただけで、体の奥が竦み上がる思いがした。
『どういう事ですか』
『悪い、説明している暇は無いと思うからすぐ行ってくれ。会社の後輩から連絡があって、どうもかなり具合が良くないみたいなんだ。また発作でも起こしたら……』
訳がわからないまま、とにかく朔也の部屋へ急いだ。ずっと返せないまま持っていた合鍵を使って扉を開けると、奥から驚いたように飛び出してきたのは。
「さっき慶一さんと話していた、若いのは」
「はい」
「朔也と……俺が昔付き合っていた相手と、今付き合ってるらしい」
「はあ」
どう反応したらいいか分からないのか、五十嵐はそれきり何も言わなくなった。
どういう事だ。どうしてあの若いのが、慶一さんと。
『―浮気されて、振られたんだ』
初めて一緒に酒を飲んだ時、自嘲気味に言っていた事を思い出す。
『ひどいと思わない?』
潮風に吹かれて、悲しげに遠くを見ていた横顔も。
『俺、結構本気で好きだったんだよ―』
カレンダーに書かれていた、柔らかく丸っこい文字。
慶ちゃん、という呼び方から勝手に年下の彼女を想像していた。でも。
もしかして、あの若いのが。
慶一さんを振った、元恋人なのか……?
車の窓を叩く雨脚が、強くなった気がした。
「主任、またため息をつきましたね」
運転席でハンドルを握る五十嵐が苦笑する。思わず口元を抑えた。
「悪い、無意識だった」
「休日出勤でお疲れですか?それとも」
ちらり、と五十嵐がバックミラー越しにこちらを見てくる。
「宮城さんの事でも考えてました?」
今度はわざと、大仰にため息をついた。
「からかってるのか」
「いえ、まさか。でも主任、ため息のつき方が疲れている感じではないんですよね」
「ため息に種類なんかあるのか」
「ありますよ。主任のため息は、色気がだだ漏れです」
「黙って運転してろ」
少々強めの口調で返すが、慣れてる五十嵐は、はいはい、と苦笑混じりに返してくるだけで動じない。
またため息が出そうになり、咳払いで誤魔化す。
五十嵐の言うことは図星だ。さっきからずっと、慶一さんの事ばかり考えている。
いや、さっきからじゃない。昨日の夜からずっと、朝早く慶一さんをマンションまで送り届けてからずっと、休日のはずだったのに急用で会社に呼びだされてからずっと、ずっと彼の事しか考えていない。
今だって、雨粒に覆われた窓越しに道行く人を眺めながら、無意識に姿を探して……。
「……五十嵐」
「はい?」
「停めろ」
「はいっ?いや、そんな無茶な」
タイミング良く信号が赤になり、五十嵐がブレーキを踏む。
「どうしたんですか、急に」
こちらを向いた五十嵐の視線が、窓の向こう側に立つ人影に向けられる。
「あ、宮城さんじゃないですか」
「……」
視線が釘付けになったまま、体が動かなかった。
傘を差して立ち話をしているのは、間違いなく慶一さんだった。そして慶一さんの向かい側に立って話している、細身で背の高い青年に俺は見覚えがあった。
「車、出しますよ?」
五十嵐がそう言うや否や、信号が変わり車が走り出す。慶一さんの姿が遠ざかっていく。
「どうされたんですか?」
五十嵐が困惑した様子で聞いてくる。
「あいつ……」
「あいつ?宮城さんと話していた方ですか?」
「……」
「主任、お知り合いなんですか?」
「知り合いなんかじゃない……」
―去年の春。
大学の先輩だった、渡辺先輩から突然電話を貰った。
何の用事かと思ったら、朔也の部屋の合鍵をまだ持っているかと問われて。
『桃瀬の具合が、悪いらしい―』
それを聞いただけで、体の奥が竦み上がる思いがした。
『どういう事ですか』
『悪い、説明している暇は無いと思うからすぐ行ってくれ。会社の後輩から連絡があって、どうもかなり具合が良くないみたいなんだ。また発作でも起こしたら……』
訳がわからないまま、とにかく朔也の部屋へ急いだ。ずっと返せないまま持っていた合鍵を使って扉を開けると、奥から驚いたように飛び出してきたのは。
「さっき慶一さんと話していた、若いのは」
「はい」
「朔也と……俺が昔付き合っていた相手と、今付き合ってるらしい」
「はあ」
どう反応したらいいか分からないのか、五十嵐はそれきり何も言わなくなった。
どういう事だ。どうしてあの若いのが、慶一さんと。
『―浮気されて、振られたんだ』
初めて一緒に酒を飲んだ時、自嘲気味に言っていた事を思い出す。
『ひどいと思わない?』
潮風に吹かれて、悲しげに遠くを見ていた横顔も。
『俺、結構本気で好きだったんだよ―』
カレンダーに書かれていた、柔らかく丸っこい文字。
慶ちゃん、という呼び方から勝手に年下の彼女を想像していた。でも。
もしかして、あの若いのが。
慶一さんを振った、元恋人なのか……?
1
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
モラトリアムの猫
青宮あんず
BL
幼少期に母親に捨てられ、母親の再婚相手だった義父に酷い扱いを受けながら暮らしていた朔也(20)は、ある日義父に売られてしまう。彼を買ったのは、稼ぎはいいものの面倒を嫌う伊吹(24)だった。
トラウマと体質に悩む朔也と、優しく可愛がりたい伊吹が2人暮らしをする話。
ちまちまと書き進めていきます。
一介の大学生にすぎない僕ですが、ポメ嫁と仔ポメ、まとめて幸せにする覚悟です
月田朋
BL
のうてんきな大学生平太は、祖父の山で親子ポメラニアン二匹に遭遇する。そんな平太が村役場で出会ったのは、かわいくも美人なモカときゃわわな男児マロンの、わけありっぽい親子だった。
パパなのにママみのあるモカに、感じるのは同情&劣情。
はたして親子は何者なのか、聞きたくてもマロンの夜泣きにはばまれ、夜は更けて。二人の恋の行方はいかに。
パパなのにママみのあるかわいいおくさんはお好きですか(大混乱)
ジョージと讓治の情事
把ナコ
BL
讓治は大学の卒業旅行で山に登ることになった。
でも、待ち合わせの場所に何時間たっても友達が来ることはなかった。
ご丁寧にLIMEのグループ登録も外され、全員からブロックされている。
途方に暮れた讓治だったが、友人のことを少しでも忘れるために、汗をかこうと当初の予定通り山を登ることにした。
しかし、その途中道に迷い、更には天候も崩れ、絶望を感じ始めた頃、やっとたどり着いた休憩小屋には先客が。
心細い中で出会った外国人のイケメン男性。その雰囲気と優しい言葉に心を許してしまい、身体まで!
しかし翌日、家に帰ると異変に気づく。
あれだけ激しく交わったはずの痕跡がない!?
まさかの夢だった!?
一度会ったきり連絡先も交換せずに別れた讓治とジョージだったが、なんとジョージは讓治が配属された部署の上司だった!
再開したジョージは山で会った時と同一人物と思えないほど厳しく、冷たい男に?
二人の関係は如何に!
/18R描写にはタイトルに※を付けます。基本ほのぼのです。
筆者の趣味によりエロ主体で進みますので、苦手な方はリターン推奨。
BL小説大賞エントリー作品
小説家になろうにも投稿しています。
好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
寡黙な剣道部の幼馴染
Gemini
BL
【完結】恩師の訃報に八年ぶりに帰郷した智(さとし)は幼馴染の有馬(ありま)と再会する。相変わらず寡黙て静かな有馬が智の勤める大学の学生だと知り、だんだんとその距離は縮まっていき……
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる