眠らぬ夜空に陰る朧月

叶けい

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第六話 朧月を見上げて

scene6-1

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―雅孝―
『―俺、猫っ毛なんだよね……』
指で梳くと、懐かしい手触りを感じた―。

―目が覚めた。見慣れた部屋の壁紙が目に飛び込んでくる。
白いシーツの上に投げ出した手の中には、当然何も無かった。どうやら夢を見ていたらしい。
寝返りを打つと、慶一さんが窓辺に立っている姿が視界に映った。剥き出しの背中には、程よく筋肉がついている。
「眠れませんか?」
声をかけると、慶一さんは少し驚いた様子で振り向いた。
「いや……ごめん、起こした?」
「そういうわけでは。……風邪引きますよ」
ベッドから体を起こし、クローゼットからバスローブを二つ出す。一枚羽織り、もう一枚を広げて背後から慶一さんに被せた。
「どうぞ」
「ありがと」
袖を通すのを手伝いながら、乱れた前髪を梳いた。柔らかな指通りを感じる。
「やたら髪触るよな」
怪訝な声色で聞かれ、慌てて手を引っ込める。
「すみません。綺麗な髪だなと思って」
猫っ毛というよりは、艶のある真っ直ぐな毛を見つめる。
「実は、夢を見ていたんです」
「夢?」
「はい。あなたの髪と、その……感触が、似ていたもので」
「ああ……別れた恋人?」
ふう、とため息をつかれる。
「すみません」
「似てんの?」
「はい?」
「俺と、その、別れた恋人」
少し考え、首を横に振る。
「いや、全く」
「……あっそ」
少しずれたバスローブの襟元を直してやりながら、朔也の姿を思い浮かべる。
「背が小さくて、ほとんど飯食わないから体も軽くて。それを思うと全然似てないですね。酔い潰れた時にホテルまで運ぶの、結構骨が折れましたし」
「悪かったな。男なんだから仕方ないだろ」
慶一さんの表情が、少し不機嫌そうになる。伏せた目元にかかる前髪を、そっと指先ですくい上げた。
「でも、髪の感触だけは似てるんですよね。何のこだわりだか、いつも色を抜いていて。痛んでそうなのに、触るとやたら柔らかかった」
「ふうん……どこが好きだったわけ?」
―……雅孝はさ、俺のどこが好きなの?
少し困ったように上目遣いで見上げてきた、茶色い瞳が脳裏に浮かぶ。
「笑った顔、かな」
「……ふ」
「何か可笑しいですか?」
「いや、意外だなと思って。あんたの事だから、体の相性が良かったとでも言うのかと」
「体、ですか」
慶一さんが、はっとした様にこちらを向いた。
「ごめん。心臓が悪かったんだっけ」
気まずそうな顔をするので、苦笑を返した。
「何ですか。一応、する事はしていましたよ」
「……あ、そ」
「ただ、それが良くなかったのかも知れません」
「え?」
窓の外へ視線を移す。
記憶が、ゆっくりと巻き戻っていく―。
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