眠らぬ夜空に陰る朧月

叶けい

文字の大きさ
上 下
15 / 28
第五話 誕生日は特別な日だから

scene5-2

しおりを挟む
―慶一―
電話を掛けようとして、無意識に怪我した右手でスマホを持っていることに気がついた。
大げさにギプスが巻かれたままになっているが、怪我してから日がだいぶ経ち、痛みはほとんど無い。来週の診察時にはギプスも取れて完治しそうだった。
スマホを左手に持ち直し、慣れた動作で発信履歴から柳さんの番号を呼び出す。
『―はい』
すっかり聞き慣れた、低いバリトンが耳元で響く。
「今、いい?」
『はい。もう仕事終わりましたか』
「いや、それが」
人が歩いて来たので、廊下の隅に寄る。職員室の方を気にしながら、今日遅くなりそうなんだ、と柳さんに伝えた。
『何時になりそうですか?』
「いや、分からない。会議だから。今日はいいよ、駅まで歩く」
『そうですか、分かりました』
あっさり切れる。もしかしたら忙しかったのかもしれない。
ポケットにスマホを戻し、職員室に戻る。学校は春休みだが、これから新年度に向けて職員会議をする事になっていた。
あまり遅くならないといいな、と思いながら会議の資料を揃えて手に持ち、職員室横の会議室へと急いだ。

***
結局会議が終わったのは、日もとっぷりと暮れた頃だった。
お疲れ様です、と口々に声を掛け合いながら職員たちが散り散りに帰って行く。
駅まで歩くなら、いつもの裏口ではなく正門の方から出ないと遠回りになる。つい癖で裏の駐車場を覗きに行きかけ、今日は断った事を思い出して正門の方へ向かった。
最初に学校まで送ってもらった日以来、すっかり柳さんの送迎が当たり前になってしまっていた。目立つ車で嫌だからと学校から離れた場所で降りていたら、気にしたのか国産の自家用車で来てくれるようになった。何もそこまでしなくてもと思いつつ、つい甘えてしまっている。
週末、仕事帰りに二人で飲みに行った日もあった。また懲りずに勧められるがまま飲み過ぎて、気づけば広いベッドの上で、お互い裸で寝ていた。
一体、今の柳さんと俺はどういう関係なんだろう。
怪我が治るまでの送迎係?それとも飲み友達?
いや、友達なんて響きは似合わない。だからといって、恋人なんてもっと違う。……けれど。
ならばどうして、肌を合わせたりしているんだろう。
お互い、別の相手への想いを引きずったままのくせに―。
カツン、と、どこかで聞いた革靴の音がして顔を上げた。
正門のそばに、背の高いシルエットが見える。
「お帰りなさい」
「何で……いいって言ったのに」
柳さんは俺の方に向かって歩いてくると、俺が左肩にかけていたトートバッグをすっと手に取った。
「重いですね。まさか、仕事持ち帰るんですか?」
「色々とやる事があるんだよ」
「大変ですね。それなのに電車で帰ろうとしていたんですか」
「仕方ないだろ」
正門を出ると、いつか見た黒塗りの外車が停まっていた。
「俺も帰るところだったので、今日はこの車ですみません」
「別に謝らなくても」
「慶一さん、この車で迎えに来ると機嫌悪くなるから」
後部座席に俺の荷物を置くと、どうぞ、と助手席の扉を開けてくれた。
「いつから居たんだよ?」
シートベルトを締めながら問うと、ついさっきです、と返ってきた。
「うそくさ」
「本当ですって。今日は俺も遅くまで仕事していたので」
「タイミング良過ぎない?」
「偶然ですよ」
車が走り出す。何となく外を眺めていたら、いつもと通る道が違うことに気がついた。
「どこか寄るの?」
「いえ、家に帰ります」
「そう……」
言い方が引っかかった。
家に、帰る?
「慶一さん、この後は予定ありますか?」
「無いけど」
「そうですか。では一緒に行きましょう」
「は?どこに」
外が、いよいよ見慣れない景色に変わっていく。
「帰るって……え、もしかして」
「はい。もう、着きますよ」
車のスピードが緩む。
目の前には、一体何階建てなのかというような背の高いタワーマンションが聳え立っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恋人が出て行った

すずかけあおい
BL
同棲している恋人が書き置きを残して出て行った?話です。 ハッピーエンドです。 〔攻め〕素史(もとし)25歳 〔受け〕千温(ちはる)24歳

腐男子ですが何か?

みーやん
BL
俺は田中玲央。何処にでもいる一般人。 ただ少し趣味が特殊で男と男がイチャコラしているのをみるのが大好きだってこと以外はね。 そんな俺は中学一年生の頃から密かに企んでいた計画がある。青藍学園。そう全寮制男子校へ入学することだ。しかし定番ながら学費がバカみたい高額だ。そこで特待生を狙うべく勉強に励んだ。 幸いにも俺にはすこぶる頭のいい姉がいたため、中学一年生からの成績は常にトップ。そのまま三年間走り切ったのだ。 そしてついに高校入試の試験。 見事特待生と首席をもぎとったのだ。 「さぁ!ここからが俺の人生の始まりだ! って。え? 首席って…めっちゃ目立つくねぇ?! やっちまったぁ!!」 この作品はごく普通の顔をした一般人に思えた田中玲央が実は隠れ美少年だということを知らずに腐男子を隠しながら学園生活を送る物語である。

溺愛じゃおさまらない

すずかけあおい
BL
上司の陽介と付き合っている誠也。 どろどろに愛されているけれど―――。 〔攻め〕市川 陽介(いちかわ ようすけ)34歳 〔受け〕大野 誠也(おおの せいや)26歳

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう
BL
 オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。  世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。  バランサー。  アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。  これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。  裏社会のトップにして最強のアルファ攻め  ×  最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け ※オメガバース特殊設定、追加性別有り .

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

【完結】試練の塔最上階で待ち構えるの飽きたので下階に降りたら騎士見習いに惚れちゃいました

むらびっと
BL
塔のラスボスであるイミルは毎日自堕落な生活を送ることに飽き飽きしていた。暇つぶしに下階に降りてみるとそこには騎士見習いがいた。騎士見習いのナーシンに取り入るために奮闘するバトルコメディ。

処理中です...