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第十話 誰よりも大切な存在
scene44 思い
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-大知-
ようやく奏多が合流し、練習は夜遅くまで続いた。
日付が変わる少し前になってようやく終わり、各々帰路についていく。
戸締りの当番だったので最後まで残っていた俺に、悠貴が声をかけてきた。
「大知くん、ちょっとジュースでも飲まん?」
「え?」
「喉乾いたやんか、奢るで」
こっちこっち、と悠貴が腕を引く。ちょっと待って、とレッスン室の鍵を閉め、荷物を手に悠貴の後をついて行った。
出入り口近くに自販機と休憩スペースがある。椅子の傍に荷物を置いた。悠貴が自販機の前に立つ。
「何がええ?」
「んー、じゃあ爽やかなやつ」
「スポドリとか?」
「そうだね」
「おっけー」
重い音を立てて落ちてきたスポーツドリンクのペットボトルを拾う。
「ありがと」
「いいえー」
悠貴はオレンジジュースを買い、小さなプラスチックのテーブルの上に置いた。丸椅子を引いて座る。俺も丸椅子に腰を下ろし、悠貴が買ってくれたスポーツドリンクで喉を潤した。
「眞白と、どう?」
ペットボトルの蓋を捻りながら、悠貴が何気なく聞いてくる。
「気持ち伝えられたん?」
「んー……」
スポーツドリンクで湿った唇を舐めた。
「振られた」
「え、ほんまに?」
驚いたように悠貴が目を丸くする。口元まで持っていきかけていたペットボトルが、再びテーブルに戻された。
「……本当は言うつもりじゃなかったんだよね、言っても困らせるだけな気がして。でも、結局抑えきれなかった」
「いつ言ったん?」
「電車降りてから、ホームで。普通にバイバイするつもりだったんだけど、眞白が寂しそうにするからライブ観に来てって誘っちゃったの」
ため息が出た。
「馬鹿だよね、俺。眞白が本当は、聞こえない事をどれだけ苦しく思ってるか分かってたはずなのに。それで余計に寂しい表情をさせちゃってさ。このまま別れたら、全部終わっちゃいそうな気がして……焦った勢いで気持ちぶつけちゃった」
「眞白は、何て?」
「アイドルなんだからファンに嘘つくようなことしたらあかんて言われて、振られた。碧生にも同じこと言われたんだよね。ファンのことを一番に考えるべきであって、一人の子のことばっか考えてるのは違うって。その通りすぎて何も言い返せなかった」
「……」
「俺、アイドル失格だね……」
自嘲する俺の呟きに、悠貴は何も答えてくれなかった。
呆れられたかな、と思って黙っていると、悠貴はおもむろにスマホを取り出した。写真フォルダを開き、とある動画を再生して俺の前に置く。
華奢な体格の少年が、ダンススタジオのような場所に立っていた。
「何これ?」
カメラに背中を向けていた少年が振り向く。
「……もしかして、眞白?」
悠貴を見ると、頷きが返ってきた。
『―ちゃんと撮れとる?』
『―おっけおっけ、ばっちり!』
少し幼い、眞白の声が響く。答えた声は恐らく悠貴だろう。
いくでー、と悠貴の声がした。眞白が構える。
ビート音が鳴り始め、画面の中の眞白が動いた。
力強くしなやかな動きで踊る眞白に目を奪われる。体幹がしっかりとしていて軸がぶれない。指先まで神経が研ぎ澄まされ、動きの切れも抜群だった。
見ていると、少しずつバックの音と眞白の動きがずれてきた。がんばれ、眞白。小声で応援する悠貴の音声が入り込む。眞白の表情が、少し苦しげに見えてくる。
曲が終わると、汗で張り付いた前髪を振り払いながら眞白がカメラに近づいてきた。
『―撮れた?』
『―うん、見てみー……」
映像は、そこで途切れた。
「……すご」
思わず感嘆の声が漏れる。
「眞白、ほんとにダンス上手だったんだね」
「これ、オーディション受ける為に練習しとってん」
悠貴が、静かな声で話し出す。
「この頃にはもう耳が聞こえにくくなってきとった。それを眞白も分かっとった」
「え、オーディション受けたの?」
恐る恐る尋ねると、頷いた。
「結果は……」
「だめやったわ」
悠貴は靴を脱いで片膝を立てると、顎をのせた。
「俺な、別にそこまでアイドルになりたかったわけじゃないねん」
「そうなの?」
「眞白の方がずっとダンス上手かったし、アイドルになりたいって夢をちゃんと持っとった。だからその夢を叶えて欲しかった。けど出来んくなったから。だから俺が代わりに眞白の夢を叶えようと思った。俺がステージに立つのは、最初は眞白の為やった」
「……」
「あ、もちろん今はほんまに自分が好きやから頑張れてるねんけどな。眞白にも、そんなこと気負う必要ないって言われたし、俺も分かっとる。それでも俺にとっての一番が眞白なのは変わらん」
猫のような大きな目が、俺の事をまっすぐ見てきた。
「きっとこの先、いつか好きな人ができて結婚したとしても、俺の中では眞白が誰よりも一番大切な存在やから。眞白より大事に思う相手なんかおらん。大知くんにとっても眞白の存在がそうなら、俺は嬉しいよ。ファンを一番に思わなきゃとか、無理して自分の気持ちに蓋しなくても良いと思うし」
でも、と続ける声のトーンが低くなる。
「でもそうじゃなくて、もしも大知くんの気持ちが中途半端なものなら、もうこれ以上眞白に近づかんといてほしい」
「……」
「眞白を傷つけたら、俺が許さん」
壁に掛けられた時計の秒針が、不意に音を大きくした気がした。
ようやく奏多が合流し、練習は夜遅くまで続いた。
日付が変わる少し前になってようやく終わり、各々帰路についていく。
戸締りの当番だったので最後まで残っていた俺に、悠貴が声をかけてきた。
「大知くん、ちょっとジュースでも飲まん?」
「え?」
「喉乾いたやんか、奢るで」
こっちこっち、と悠貴が腕を引く。ちょっと待って、とレッスン室の鍵を閉め、荷物を手に悠貴の後をついて行った。
出入り口近くに自販機と休憩スペースがある。椅子の傍に荷物を置いた。悠貴が自販機の前に立つ。
「何がええ?」
「んー、じゃあ爽やかなやつ」
「スポドリとか?」
「そうだね」
「おっけー」
重い音を立てて落ちてきたスポーツドリンクのペットボトルを拾う。
「ありがと」
「いいえー」
悠貴はオレンジジュースを買い、小さなプラスチックのテーブルの上に置いた。丸椅子を引いて座る。俺も丸椅子に腰を下ろし、悠貴が買ってくれたスポーツドリンクで喉を潤した。
「眞白と、どう?」
ペットボトルの蓋を捻りながら、悠貴が何気なく聞いてくる。
「気持ち伝えられたん?」
「んー……」
スポーツドリンクで湿った唇を舐めた。
「振られた」
「え、ほんまに?」
驚いたように悠貴が目を丸くする。口元まで持っていきかけていたペットボトルが、再びテーブルに戻された。
「……本当は言うつもりじゃなかったんだよね、言っても困らせるだけな気がして。でも、結局抑えきれなかった」
「いつ言ったん?」
「電車降りてから、ホームで。普通にバイバイするつもりだったんだけど、眞白が寂しそうにするからライブ観に来てって誘っちゃったの」
ため息が出た。
「馬鹿だよね、俺。眞白が本当は、聞こえない事をどれだけ苦しく思ってるか分かってたはずなのに。それで余計に寂しい表情をさせちゃってさ。このまま別れたら、全部終わっちゃいそうな気がして……焦った勢いで気持ちぶつけちゃった」
「眞白は、何て?」
「アイドルなんだからファンに嘘つくようなことしたらあかんて言われて、振られた。碧生にも同じこと言われたんだよね。ファンのことを一番に考えるべきであって、一人の子のことばっか考えてるのは違うって。その通りすぎて何も言い返せなかった」
「……」
「俺、アイドル失格だね……」
自嘲する俺の呟きに、悠貴は何も答えてくれなかった。
呆れられたかな、と思って黙っていると、悠貴はおもむろにスマホを取り出した。写真フォルダを開き、とある動画を再生して俺の前に置く。
華奢な体格の少年が、ダンススタジオのような場所に立っていた。
「何これ?」
カメラに背中を向けていた少年が振り向く。
「……もしかして、眞白?」
悠貴を見ると、頷きが返ってきた。
『―ちゃんと撮れとる?』
『―おっけおっけ、ばっちり!』
少し幼い、眞白の声が響く。答えた声は恐らく悠貴だろう。
いくでー、と悠貴の声がした。眞白が構える。
ビート音が鳴り始め、画面の中の眞白が動いた。
力強くしなやかな動きで踊る眞白に目を奪われる。体幹がしっかりとしていて軸がぶれない。指先まで神経が研ぎ澄まされ、動きの切れも抜群だった。
見ていると、少しずつバックの音と眞白の動きがずれてきた。がんばれ、眞白。小声で応援する悠貴の音声が入り込む。眞白の表情が、少し苦しげに見えてくる。
曲が終わると、汗で張り付いた前髪を振り払いながら眞白がカメラに近づいてきた。
『―撮れた?』
『―うん、見てみー……」
映像は、そこで途切れた。
「……すご」
思わず感嘆の声が漏れる。
「眞白、ほんとにダンス上手だったんだね」
「これ、オーディション受ける為に練習しとってん」
悠貴が、静かな声で話し出す。
「この頃にはもう耳が聞こえにくくなってきとった。それを眞白も分かっとった」
「え、オーディション受けたの?」
恐る恐る尋ねると、頷いた。
「結果は……」
「だめやったわ」
悠貴は靴を脱いで片膝を立てると、顎をのせた。
「俺な、別にそこまでアイドルになりたかったわけじゃないねん」
「そうなの?」
「眞白の方がずっとダンス上手かったし、アイドルになりたいって夢をちゃんと持っとった。だからその夢を叶えて欲しかった。けど出来んくなったから。だから俺が代わりに眞白の夢を叶えようと思った。俺がステージに立つのは、最初は眞白の為やった」
「……」
「あ、もちろん今はほんまに自分が好きやから頑張れてるねんけどな。眞白にも、そんなこと気負う必要ないって言われたし、俺も分かっとる。それでも俺にとっての一番が眞白なのは変わらん」
猫のような大きな目が、俺の事をまっすぐ見てきた。
「きっとこの先、いつか好きな人ができて結婚したとしても、俺の中では眞白が誰よりも一番大切な存在やから。眞白より大事に思う相手なんかおらん。大知くんにとっても眞白の存在がそうなら、俺は嬉しいよ。ファンを一番に思わなきゃとか、無理して自分の気持ちに蓋しなくても良いと思うし」
でも、と続ける声のトーンが低くなる。
「でもそうじゃなくて、もしも大知くんの気持ちが中途半端なものなら、もうこれ以上眞白に近づかんといてほしい」
「……」
「眞白を傷つけたら、俺が許さん」
壁に掛けられた時計の秒針が、不意に音を大きくした気がした。
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