31 / 52
第七話 二人で重ねる思い出
scene31 海辺
しおりを挟む
-眞白-
ご飯を食べてから駅へ戻る道を歩いていると、不意に潮の匂いがした。吹いてくる風が冷たい。
思わずマフラーの結び目を押さえると、気づいた大知くんが寒い?、と聞いてきた。ううん平気、と手を振って答える。
『海が近いから風が冷たいよね』
スマホに打って見せてくるので、海?と聞き返した。
『海水浴場が近かったと思うんだよね』
こっち、と大知くんが道を逸れて歩いて行くのに着いていく。
しばらく行くと、誰もいない砂浜と夕暮れが反射してオレンジに染まった海が見えてきた。
砂浜に打ち返す波を見つめる。透明に澄んでいるのが遠目にも分かった。
『海、綺麗やね』
打って、大知くんに見せる。
『ね。冬じゃなかったら砂浜に降りたいところだけど』
『今海に濡れたら絶対風邪ひくで』
『それはまずいね、もうすぐライブなのに』
うん、と頷き、夕陽が沈んでいくのを見つめる。
ちょん、と腕をつつかれた。
『やっぱり下降りてみない?』
首を傾げた。
『怒られへん?』
ちょっとだけ、とジェスチャーで示される。まあいいか、と思い頷いた。
誰もいない砂浜に降りると、潮の匂いが強く鼻腔を抜けていった。
波打ち際から離れたところで、大知くんはしゃがんで砂を掬い上げた。ちょっと笑って、手に掬った砂を見せてくる。隣にしゃがむと、手を掴まれて砂をかけられた。冷たさに驚いて手を引っ込める。
『冷たいやん!』
『ね、変な感じじゃない?』
大知くんが笑うので、釣られるようにして笑った。こんな真冬に海辺でふざけてるのが、何だか可笑しかった。
風に吹かれ、前髪が揺れる。
オレンジ色に燃えていた夕陽はほとんど沈んでしまって、海の色は濃紺に変わりつつあった。
スマホを出し、ゆっくり文字を打つ。
『大知くん、俺といて楽しい?』
見せようか躊躇っていたら、マイクボタンを横から押された。
『楽しいよ』
大知くんの顔を見た。じっと見返される。再び画面をタップしてくる。
『眞白は楽しくないの?』
首を横に振った。……そうじゃない。
仕事や練習が忙しい中、こうやって俺と過ごす時間を作ってくれた事は素直に嬉しかった。
だけど心の奥底に、ずっと疑問がわだかまっている。
どうしてそこまでして俺と親しくしようとしてくれいるのか。他にも友だちなんて、沢山いるだろうに。もしかしたら親しい女の人だって、実はいるのかも知れない。
大知くんは、俺といて本当に楽しいんだろうか。
無意識に右耳に掛けた補聴器に触れていたらしい。その手を、そっと優しくどけられた。
ねえ、ましろ。
大知くんの唇が、ゆっくり動くのを見つめる。
時折強く吹いてくる潮風で崩れた前髪に、大知くんの指が触れてくる。
『分かるでしょ?海の匂い。冷たい潮風とか、柔らかい砂の感触とか』
大知くんが話してくれている事が画面に表示されていくのを目で追う。
『眞白、聞こえる事だけが全てじゃないよ。一緒に共有できることはたくさんある。同じものを見て、同じものに触れられる』
大知くんの手に掬い上げられた白い砂が、目の前でさらさらと落ちて行く。
『今俺たちは同じ場所にいて、同じ記憶の中にいる。それってすごく素敵な事じゃないかな。他の誰とも共有出来ない、二人だけの思い出だよ』
大知くんの唇が、ゆっくり微笑みの形を作る。
『俺は、眞白とそんな思い出が作れて嬉しい。眞白と一緒にいれて良かったと思ってるよ。一緒にいて楽しいよ』
黙っていたら少しだけ、大知くんの表情が不安そうになった。
『眞白は違うの?』
ううん、と首を横に振った。
『すごく楽しいよ』
そう打って返すのが精一杯だった。
スマホを握りしめる手が震える。包むように、大知くんの手が触れた。同じように冷えてたけど、少しだけ温もりを感じた。
行こ、と手を取って引かれるまま立ち上がる。辺りはすっかり暗くなっていた。
ご飯を食べてから駅へ戻る道を歩いていると、不意に潮の匂いがした。吹いてくる風が冷たい。
思わずマフラーの結び目を押さえると、気づいた大知くんが寒い?、と聞いてきた。ううん平気、と手を振って答える。
『海が近いから風が冷たいよね』
スマホに打って見せてくるので、海?と聞き返した。
『海水浴場が近かったと思うんだよね』
こっち、と大知くんが道を逸れて歩いて行くのに着いていく。
しばらく行くと、誰もいない砂浜と夕暮れが反射してオレンジに染まった海が見えてきた。
砂浜に打ち返す波を見つめる。透明に澄んでいるのが遠目にも分かった。
『海、綺麗やね』
打って、大知くんに見せる。
『ね。冬じゃなかったら砂浜に降りたいところだけど』
『今海に濡れたら絶対風邪ひくで』
『それはまずいね、もうすぐライブなのに』
うん、と頷き、夕陽が沈んでいくのを見つめる。
ちょん、と腕をつつかれた。
『やっぱり下降りてみない?』
首を傾げた。
『怒られへん?』
ちょっとだけ、とジェスチャーで示される。まあいいか、と思い頷いた。
誰もいない砂浜に降りると、潮の匂いが強く鼻腔を抜けていった。
波打ち際から離れたところで、大知くんはしゃがんで砂を掬い上げた。ちょっと笑って、手に掬った砂を見せてくる。隣にしゃがむと、手を掴まれて砂をかけられた。冷たさに驚いて手を引っ込める。
『冷たいやん!』
『ね、変な感じじゃない?』
大知くんが笑うので、釣られるようにして笑った。こんな真冬に海辺でふざけてるのが、何だか可笑しかった。
風に吹かれ、前髪が揺れる。
オレンジ色に燃えていた夕陽はほとんど沈んでしまって、海の色は濃紺に変わりつつあった。
スマホを出し、ゆっくり文字を打つ。
『大知くん、俺といて楽しい?』
見せようか躊躇っていたら、マイクボタンを横から押された。
『楽しいよ』
大知くんの顔を見た。じっと見返される。再び画面をタップしてくる。
『眞白は楽しくないの?』
首を横に振った。……そうじゃない。
仕事や練習が忙しい中、こうやって俺と過ごす時間を作ってくれた事は素直に嬉しかった。
だけど心の奥底に、ずっと疑問がわだかまっている。
どうしてそこまでして俺と親しくしようとしてくれいるのか。他にも友だちなんて、沢山いるだろうに。もしかしたら親しい女の人だって、実はいるのかも知れない。
大知くんは、俺といて本当に楽しいんだろうか。
無意識に右耳に掛けた補聴器に触れていたらしい。その手を、そっと優しくどけられた。
ねえ、ましろ。
大知くんの唇が、ゆっくり動くのを見つめる。
時折強く吹いてくる潮風で崩れた前髪に、大知くんの指が触れてくる。
『分かるでしょ?海の匂い。冷たい潮風とか、柔らかい砂の感触とか』
大知くんが話してくれている事が画面に表示されていくのを目で追う。
『眞白、聞こえる事だけが全てじゃないよ。一緒に共有できることはたくさんある。同じものを見て、同じものに触れられる』
大知くんの手に掬い上げられた白い砂が、目の前でさらさらと落ちて行く。
『今俺たちは同じ場所にいて、同じ記憶の中にいる。それってすごく素敵な事じゃないかな。他の誰とも共有出来ない、二人だけの思い出だよ』
大知くんの唇が、ゆっくり微笑みの形を作る。
『俺は、眞白とそんな思い出が作れて嬉しい。眞白と一緒にいれて良かったと思ってるよ。一緒にいて楽しいよ』
黙っていたら少しだけ、大知くんの表情が不安そうになった。
『眞白は違うの?』
ううん、と首を横に振った。
『すごく楽しいよ』
そう打って返すのが精一杯だった。
スマホを握りしめる手が震える。包むように、大知くんの手が触れた。同じように冷えてたけど、少しだけ温もりを感じた。
行こ、と手を取って引かれるまま立ち上がる。辺りはすっかり暗くなっていた。
10
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です
はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。
自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。
ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
外伝完結、続編連載中です。
泣き虫な俺と泣かせたいお前
ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。
アパートも隣同士で同じ大学に通っている。
直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。
そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる