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第五話 すれ違う星の下
scene18 怪我
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―眞白―
中腰で屈んでいたのと、肩に掛けていたトートバッグの重みのせいで完全にバランスを崩した。咄嗟に陳列棚に手を伸ばす。
「……っ」
辛うじて転ばず踏みとどまったけれど、左足に強い痛みを感じて顔を顰めた。人の気配を感じて顔を上げると、幼稚園の制服を着た男の子が驚いた表情でこちらを見つめている。
どうやらぶつかってきたのはこの子らしい。ふざけて店内を走り回っていたのだろうか。母親らしき女性が、慌てた様子で駆け寄ってくるのが見えた。
男の子の手を捕まえ、こちらに向かって何か言いながら頭を下げてくる。謝られているのが分かり、何か言わなければとコートのポケットに手を入れた。だが、あるはずのスマホがそこに無い。
すると、母親がしゃがんで何かを拾い上げた。どうやらぶつかられた時にスマホが落ちたらしい。受け取ろうと手を差し出すと、顔を上げた母親と目が合った。その視線が、俺の右耳に寄るのが分かった。あ、と言うように唇が少し開く。
母親の手に乗せられたスマホを、半ば奪い取る様に手に取った。すみません、と言ったつもりだったけれど、ちゃんと声になっていたかは分からない。
その場から逃げ出す様に書店の出口へ急いだ。自動ドアが開くのももどかしく外へ出る。刺すような冷気が全身に吹き付けてきた。
右耳に着けた補聴器を引っ張るようにして外す。
今更、あんな反応には慣れたつもりでいたのに。
帰宅ラッシュの時間帯なのか、通りはやたらと車の数が多かった。人の通りも少なくない。けれど、何も聞こえてこない。
手のひらに載せた、小さな機械に視線を落とす。
静かなはずの書店内で、子どもが駆け寄ってくる足音すら分からなかった。そのくせ、やたらと人目にばかりつく。
ポケットに押し込み、ふらついた足取りで歩き出す。左足首が鈍く痛んだ。
向かいから歩いてくる人を避ける。どこへ行こうとしているのか分からないまま、のろのろと歩いていると、いきなり後ろから右腕を強く掴んで引っ張られた。
「……っ?」
振り返ろうとしたその刹那、空を切る気配と共に猛スピードでロードバイクが真横を走り去って行った。勢いで前髪が風になびく。
呆然とバイクが去って行った方を見ていたら、俺の右腕を掴んでいた手が離れて肩を叩いてきた。今度こそ振り返る。
ニット帽を目深に被った長身の青年が、口元のマスクを下げた。……大知くんだった。
大知くんは自分のスマホを出して忙しなく文字を打つと、画面を見せてきた。
『何してるの、危ないよ』
思わず大知くんの顔を見た。目に戸惑いの色が浮かんでいる。
何と返して良いか分からず、僅かに後ずさった。うっかり左足に体重を掛けてしまい、強い痛みが走る。
「っ、」
大知くんの手が伸びてきて、支えるように背中に触れてきた。再び文字を打つと、画面をこちらに向けてくる。
『もしかして足捻ったの?』
微かに頷くと、大知くんの表情が驚きに変わった。
『病院行こう』
え、と思う間もなく、大知くんは車道に身を乗り出すと、流しのタクシーを捕まえた。
中腰で屈んでいたのと、肩に掛けていたトートバッグの重みのせいで完全にバランスを崩した。咄嗟に陳列棚に手を伸ばす。
「……っ」
辛うじて転ばず踏みとどまったけれど、左足に強い痛みを感じて顔を顰めた。人の気配を感じて顔を上げると、幼稚園の制服を着た男の子が驚いた表情でこちらを見つめている。
どうやらぶつかってきたのはこの子らしい。ふざけて店内を走り回っていたのだろうか。母親らしき女性が、慌てた様子で駆け寄ってくるのが見えた。
男の子の手を捕まえ、こちらに向かって何か言いながら頭を下げてくる。謝られているのが分かり、何か言わなければとコートのポケットに手を入れた。だが、あるはずのスマホがそこに無い。
すると、母親がしゃがんで何かを拾い上げた。どうやらぶつかられた時にスマホが落ちたらしい。受け取ろうと手を差し出すと、顔を上げた母親と目が合った。その視線が、俺の右耳に寄るのが分かった。あ、と言うように唇が少し開く。
母親の手に乗せられたスマホを、半ば奪い取る様に手に取った。すみません、と言ったつもりだったけれど、ちゃんと声になっていたかは分からない。
その場から逃げ出す様に書店の出口へ急いだ。自動ドアが開くのももどかしく外へ出る。刺すような冷気が全身に吹き付けてきた。
右耳に着けた補聴器を引っ張るようにして外す。
今更、あんな反応には慣れたつもりでいたのに。
帰宅ラッシュの時間帯なのか、通りはやたらと車の数が多かった。人の通りも少なくない。けれど、何も聞こえてこない。
手のひらに載せた、小さな機械に視線を落とす。
静かなはずの書店内で、子どもが駆け寄ってくる足音すら分からなかった。そのくせ、やたらと人目にばかりつく。
ポケットに押し込み、ふらついた足取りで歩き出す。左足首が鈍く痛んだ。
向かいから歩いてくる人を避ける。どこへ行こうとしているのか分からないまま、のろのろと歩いていると、いきなり後ろから右腕を強く掴んで引っ張られた。
「……っ?」
振り返ろうとしたその刹那、空を切る気配と共に猛スピードでロードバイクが真横を走り去って行った。勢いで前髪が風になびく。
呆然とバイクが去って行った方を見ていたら、俺の右腕を掴んでいた手が離れて肩を叩いてきた。今度こそ振り返る。
ニット帽を目深に被った長身の青年が、口元のマスクを下げた。……大知くんだった。
大知くんは自分のスマホを出して忙しなく文字を打つと、画面を見せてきた。
『何してるの、危ないよ』
思わず大知くんの顔を見た。目に戸惑いの色が浮かんでいる。
何と返して良いか分からず、僅かに後ずさった。うっかり左足に体重を掛けてしまい、強い痛みが走る。
「っ、」
大知くんの手が伸びてきて、支えるように背中に触れてきた。再び文字を打つと、画面をこちらに向けてくる。
『もしかして足捻ったの?』
微かに頷くと、大知くんの表情が驚きに変わった。
『病院行こう』
え、と思う間もなく、大知くんは車道に身を乗り出すと、流しのタクシーを捕まえた。
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