8 / 52
第三話 君の事が知りたい
scene8 マフラー
しおりを挟む
―大知―
取材を受けていたビルから出て大通りに出ると、思った以上に人出が多かった。
ちらちらと、こちらを見てくる視線に気づく。全く変装して来なかった事を思い出し焦った。こういう時に限ってマスクも何も持っていない。
人目を避け、俯き気味に歩きながら細い道へ抜ける。スマホで時間を確かめると、待ち合わせの時間はとっくに過ぎてしまっていた。
眞白に連絡しないと、と考えて、自分が眞白の連絡先を全く知らない事にようやく気がついた。
「しまった、ハル……」
立ち止まり、急いで悠貴の番号を呼び出して通話ボタンを押す。
「……」
出ない。当然だ。今頃、奏多と二人で動画コメントの撮影をしているはずだった。スマホが近くにあるわけがない。
こうなったら、とにかく待ち合わせ場所まで急ぐしかなかった。
足早に近道の路地を通り抜ける。タクシーを使えばよかった気もするが、歩いて何分もかかるわけじゃないし、結構人の多い場所を指定してしまったから、人目につかないように停めてもらうのも難しい。
待ち合わせの駅前広場が見えてくる。時計台を囲むように置かれたベンチを見回すが、眞白の姿は無い。まだ来ていないのだろうか。
「あのー」
「え?」
声をかけられ、咄嗟に振り向いてしまった。若い女の子二人組が、それぞれ俺と目が合うなり歓声を上げた。
「大知くんですよね?!『star.b』の!」
「や、違……」
否定してみたところで、変装もしないで顔がもろに出ていては説得力のかけらも無い。おまけに、雑誌の撮影後だからメイクもそのままで来てしまった。
「すごーい!こんなとこで会えるなんて」
「握手してもらえませんか?」
「えっと、ごめんなさい。プライベートなので……」
しどろもどろになりながら後ずさる。ふと見ると、スマホを向けて撮影している人がいた。まずい。
「ごめんなさい!」
言うなり急いで走り出した。足の速さには自信があった。高いヒールのブーツを履いた女の子くらい振り切れる。
人が少ない所に行くと余計に追われる気がしたので、帰宅ラッシュの会社員の間をすり抜け駅のコンコースへ逃げ込んだ。待ち合わせと反対の出口へ抜け、物陰に身を隠す。
追ってくる足音は聞こえなかったので、さすがに諦めてくれたらしい。ほっとしたら、急激に疲労が足に来た。膝に手をつき、荒れた呼吸を調える。
駅のコンコースへ戻るとまた同じ事が起きそうだったので、遠回りだが駅の外を周って歩いて行く事にした。
人がいないか警戒しながら歩き出そうとしたところで、突然手の甲に何か温かい物が触れて飛び上がった。驚いておかしな声が出る。
「わあ!何……」
振り返ると、驚きに見開かれた黒目がちな瞳と目が合った。
「眞白!」
よかった、と一気に力が抜ける。
「会えないかと思った……」
呟く俺を見て首を傾げ、眞白はスマホを出すと文字を打って俺に見せた。
『大丈夫?』
「あ……うん、ごめんね。大丈夫」
答えながら、ふと疑問が浮かぶ。
「どうしてここに?」
地面を指差して聞くと、眞白は俺の真似をして地面を指差し、首を傾げた。伝わったのか、小さく頷くと文字を打って見せてくれる。
『追いかけられてるとこ見てた』
「あー、そうだったんだ」
待たせてごめんね、と謝る。眞白は微笑んで、首を横に振った。スマホに文字を打つ。
『平気やで。ハルはいつも遅れて来るし』
「あ、そうだ。ハルはまだ来れなくて」
ハル、の文字を指差すと、眞白は頷いた。
『知ってる。まだ仕事やろ』
そう打ったのを見せてくれてから、はい、と左手に持っていた物を俺に差し出してくる。
「え?缶コーヒー?」
受け取って見てみると、無糖と書かれていた。まだ温かい。さっき手の甲に触れたのはこれだったことに気づいた。
「……くれるの?」
眞白は頷き、スマホの画面を見せてきた。
『寒かったからコンビニ行っててん。あげる』
「いいの?」
聞くと、ふふ、と笑われた。
『この間、忘れて飲めへんかったやろ?』
「あ……忘れ物」
悠貴に見せられた写真を思い出して恥ずかしくなる。
「ありがとう」
ちゃんと伝わるように、口元の動きを意識しながらお礼を言う。
眞白は微笑んで頷き、行こう、と唇を動かして待ち合わせ場所の方向を指差した。
「あ、ちょっと待って」
顔を手で隠す。眞白が不思議そうな表情になったので、ええと、と顔を指差した。
「変装してくるの忘れちゃって。どうしようかな……」
すると言いたい事が分かったのか、ああ、と眞白は頷いた。
自分が巻いていた白いマフラーを外し、はい、と差し出して来る。
「え?違うよ眞白、寒いわけじゃなくて」
説明しようとしたけれど、眞白は構わず俺の首にマフラーを巻きつけた。少し背伸びして二回巻き、首の後ろで結んでくれる。すぐ目の前に小さな顔が近づいて来て、どぎまぎしてしまった。
巻き終わると、鼻元を隠すようにマフラーの位置を調整してくれる。柔軟剤の香りが鼻腔をくすぐった。どうやら顔を隠すために巻いてくれたらしいとようやく気づく。
「……ありがと」
マフラーに隠れた口でお礼を言ってから、これじゃ伝わらないことに気づいたけれど、眞白が微笑んで、おっけー、と指で丸を作って見せてきたので、俺も同じように、指で丸を作って返してみせた。
取材を受けていたビルから出て大通りに出ると、思った以上に人出が多かった。
ちらちらと、こちらを見てくる視線に気づく。全く変装して来なかった事を思い出し焦った。こういう時に限ってマスクも何も持っていない。
人目を避け、俯き気味に歩きながら細い道へ抜ける。スマホで時間を確かめると、待ち合わせの時間はとっくに過ぎてしまっていた。
眞白に連絡しないと、と考えて、自分が眞白の連絡先を全く知らない事にようやく気がついた。
「しまった、ハル……」
立ち止まり、急いで悠貴の番号を呼び出して通話ボタンを押す。
「……」
出ない。当然だ。今頃、奏多と二人で動画コメントの撮影をしているはずだった。スマホが近くにあるわけがない。
こうなったら、とにかく待ち合わせ場所まで急ぐしかなかった。
足早に近道の路地を通り抜ける。タクシーを使えばよかった気もするが、歩いて何分もかかるわけじゃないし、結構人の多い場所を指定してしまったから、人目につかないように停めてもらうのも難しい。
待ち合わせの駅前広場が見えてくる。時計台を囲むように置かれたベンチを見回すが、眞白の姿は無い。まだ来ていないのだろうか。
「あのー」
「え?」
声をかけられ、咄嗟に振り向いてしまった。若い女の子二人組が、それぞれ俺と目が合うなり歓声を上げた。
「大知くんですよね?!『star.b』の!」
「や、違……」
否定してみたところで、変装もしないで顔がもろに出ていては説得力のかけらも無い。おまけに、雑誌の撮影後だからメイクもそのままで来てしまった。
「すごーい!こんなとこで会えるなんて」
「握手してもらえませんか?」
「えっと、ごめんなさい。プライベートなので……」
しどろもどろになりながら後ずさる。ふと見ると、スマホを向けて撮影している人がいた。まずい。
「ごめんなさい!」
言うなり急いで走り出した。足の速さには自信があった。高いヒールのブーツを履いた女の子くらい振り切れる。
人が少ない所に行くと余計に追われる気がしたので、帰宅ラッシュの会社員の間をすり抜け駅のコンコースへ逃げ込んだ。待ち合わせと反対の出口へ抜け、物陰に身を隠す。
追ってくる足音は聞こえなかったので、さすがに諦めてくれたらしい。ほっとしたら、急激に疲労が足に来た。膝に手をつき、荒れた呼吸を調える。
駅のコンコースへ戻るとまた同じ事が起きそうだったので、遠回りだが駅の外を周って歩いて行く事にした。
人がいないか警戒しながら歩き出そうとしたところで、突然手の甲に何か温かい物が触れて飛び上がった。驚いておかしな声が出る。
「わあ!何……」
振り返ると、驚きに見開かれた黒目がちな瞳と目が合った。
「眞白!」
よかった、と一気に力が抜ける。
「会えないかと思った……」
呟く俺を見て首を傾げ、眞白はスマホを出すと文字を打って俺に見せた。
『大丈夫?』
「あ……うん、ごめんね。大丈夫」
答えながら、ふと疑問が浮かぶ。
「どうしてここに?」
地面を指差して聞くと、眞白は俺の真似をして地面を指差し、首を傾げた。伝わったのか、小さく頷くと文字を打って見せてくれる。
『追いかけられてるとこ見てた』
「あー、そうだったんだ」
待たせてごめんね、と謝る。眞白は微笑んで、首を横に振った。スマホに文字を打つ。
『平気やで。ハルはいつも遅れて来るし』
「あ、そうだ。ハルはまだ来れなくて」
ハル、の文字を指差すと、眞白は頷いた。
『知ってる。まだ仕事やろ』
そう打ったのを見せてくれてから、はい、と左手に持っていた物を俺に差し出してくる。
「え?缶コーヒー?」
受け取って見てみると、無糖と書かれていた。まだ温かい。さっき手の甲に触れたのはこれだったことに気づいた。
「……くれるの?」
眞白は頷き、スマホの画面を見せてきた。
『寒かったからコンビニ行っててん。あげる』
「いいの?」
聞くと、ふふ、と笑われた。
『この間、忘れて飲めへんかったやろ?』
「あ……忘れ物」
悠貴に見せられた写真を思い出して恥ずかしくなる。
「ありがとう」
ちゃんと伝わるように、口元の動きを意識しながらお礼を言う。
眞白は微笑んで頷き、行こう、と唇を動かして待ち合わせ場所の方向を指差した。
「あ、ちょっと待って」
顔を手で隠す。眞白が不思議そうな表情になったので、ええと、と顔を指差した。
「変装してくるの忘れちゃって。どうしようかな……」
すると言いたい事が分かったのか、ああ、と眞白は頷いた。
自分が巻いていた白いマフラーを外し、はい、と差し出して来る。
「え?違うよ眞白、寒いわけじゃなくて」
説明しようとしたけれど、眞白は構わず俺の首にマフラーを巻きつけた。少し背伸びして二回巻き、首の後ろで結んでくれる。すぐ目の前に小さな顔が近づいて来て、どぎまぎしてしまった。
巻き終わると、鼻元を隠すようにマフラーの位置を調整してくれる。柔軟剤の香りが鼻腔をくすぐった。どうやら顔を隠すために巻いてくれたらしいとようやく気づく。
「……ありがと」
マフラーに隠れた口でお礼を言ってから、これじゃ伝わらないことに気づいたけれど、眞白が微笑んで、おっけー、と指で丸を作って見せてきたので、俺も同じように、指で丸を作って返してみせた。
20
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です
はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。
自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。
ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
外伝完結、続編連載中です。
泣き虫な俺と泣かせたいお前
ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。
アパートも隣同士で同じ大学に通っている。
直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。
そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる