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第七話 忘れ物はそこに
Chapter21
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―匠海―
天気予報によると、今夜は東京にも珍しく雪が降るらしい。
朝起きて着替えながら、惰性でつけたテレビの中で気象予報士のお姉さんが嬉しそうに何度も、ホワイトクリスマス、という単語を言っているのを聞き流す。
どうしてクリスマスって、恋人同士のイベントというイメージが定着しているんだろう。彼女がいると、決まってプレゼントをねだられて煩わしかった思い出しかない。バイトだから会えないと言ったら、泣かれた事もあったっけ。
スーツのジャケットに袖を通し、厚手のコートを羽織るとテレビを消す。雪が降るなら寒いに違いないので、マフラーを緩く巻いて家を出た。
駅を出て少し歩き、会社のガラス戸を開けたところで見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「おはようございます。」
「…おはよ。」
ちら、と俺の方を振り返った佐伯さんは、「あ、エレベーター行ってまう」とわざとらしく言って足早に歩いて行ってしまった。
「…。」
避けられてる。
大阪出張以来、どう接していいのかすっかり分からなくなってしまった。
普通にしよう、と意識すればするほど、普通とは何なのか分からなくなっていく。
それでも、何でもないふりをする自信はあったのだ。
名木ちゃんから、あんな事を聞くまでは…。
軽くため息をつき、止めていた足を踏み出しエレベーターの前に近づく。
「…あれ。」
はっとこちらを気まずそうに見た佐伯さんと目が合った。
「乗らなかったんですか。」
「目の前で置いていかれたわ。」
しゅん、とした佐伯さんの様子が面白くて、つい吹き出してしまう。
「…すんません。」
わざとらしく咳払いをして誤魔化す。ちら、と様子を伺ってみたが、ずっと階数表示ばかり見ていてこちらを見ない。
エレベーターの扉が開く。こういう時に限って他には誰も乗って来ない。乗り込み、「閉」のボタンを押す。佐伯さんは、俺が立っている位置と対角線の角に寄って立った。
「…今日、雪降るらしいですね。」
困った時の天気の話題、と話しかけると、「ああ、ホワイトクリスマスやね。」と返ってきたのでちょっと驚いた。
「もしかして同じ番組見てました?」
「さあ、どこも同じ事言っとるんちゃう。そもそも東京で雪降ること自体珍しいんやろ。」
「そっか。佐伯さん、クリスマスは何か予定あるんですか。」
つい聞いてしまった。苦笑が返ってくる。
「何もないよ。三浦は何かあるん?」
「無いですよ。仕事終わったら、家帰って寝るだけです。」
「さみしいなぁ。チキンでも焼いたろか?」
「え。」
チン、と軽い音がしてエレベーターの扉が開く。
先に出て行ってしまおうとする、佐伯さんの細い腕を思わず掴んだ。
「ぜひ。」
「へっ?」
「え、チキン焼いてくれるって今。」
話の流れの軽い冗談だと分かっていたけど、わざと分かってないふりで詰め寄る。
「だめすか?」
「…ええよ、じゃあそうしよか。」
「やった。約束しましたからね。」
手を離す。佐伯さんは何とも言えない表情をしていたけれど、気づかないふりをしておいた。
純粋に佐伯さんの手料理を食べたい気持ちもあったけれど、このままじゃいけない気がしたから、話す機会が欲しかった。
この間の出張の事、異動の事。…それと。
―俺を強く抱きしめ返してきた、華奢な体の感触を思い出す。
お互いに対する気持ちを、確かめたかった。
天気予報によると、今夜は東京にも珍しく雪が降るらしい。
朝起きて着替えながら、惰性でつけたテレビの中で気象予報士のお姉さんが嬉しそうに何度も、ホワイトクリスマス、という単語を言っているのを聞き流す。
どうしてクリスマスって、恋人同士のイベントというイメージが定着しているんだろう。彼女がいると、決まってプレゼントをねだられて煩わしかった思い出しかない。バイトだから会えないと言ったら、泣かれた事もあったっけ。
スーツのジャケットに袖を通し、厚手のコートを羽織るとテレビを消す。雪が降るなら寒いに違いないので、マフラーを緩く巻いて家を出た。
駅を出て少し歩き、会社のガラス戸を開けたところで見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「おはようございます。」
「…おはよ。」
ちら、と俺の方を振り返った佐伯さんは、「あ、エレベーター行ってまう」とわざとらしく言って足早に歩いて行ってしまった。
「…。」
避けられてる。
大阪出張以来、どう接していいのかすっかり分からなくなってしまった。
普通にしよう、と意識すればするほど、普通とは何なのか分からなくなっていく。
それでも、何でもないふりをする自信はあったのだ。
名木ちゃんから、あんな事を聞くまでは…。
軽くため息をつき、止めていた足を踏み出しエレベーターの前に近づく。
「…あれ。」
はっとこちらを気まずそうに見た佐伯さんと目が合った。
「乗らなかったんですか。」
「目の前で置いていかれたわ。」
しゅん、とした佐伯さんの様子が面白くて、つい吹き出してしまう。
「…すんません。」
わざとらしく咳払いをして誤魔化す。ちら、と様子を伺ってみたが、ずっと階数表示ばかり見ていてこちらを見ない。
エレベーターの扉が開く。こういう時に限って他には誰も乗って来ない。乗り込み、「閉」のボタンを押す。佐伯さんは、俺が立っている位置と対角線の角に寄って立った。
「…今日、雪降るらしいですね。」
困った時の天気の話題、と話しかけると、「ああ、ホワイトクリスマスやね。」と返ってきたのでちょっと驚いた。
「もしかして同じ番組見てました?」
「さあ、どこも同じ事言っとるんちゃう。そもそも東京で雪降ること自体珍しいんやろ。」
「そっか。佐伯さん、クリスマスは何か予定あるんですか。」
つい聞いてしまった。苦笑が返ってくる。
「何もないよ。三浦は何かあるん?」
「無いですよ。仕事終わったら、家帰って寝るだけです。」
「さみしいなぁ。チキンでも焼いたろか?」
「え。」
チン、と軽い音がしてエレベーターの扉が開く。
先に出て行ってしまおうとする、佐伯さんの細い腕を思わず掴んだ。
「ぜひ。」
「へっ?」
「え、チキン焼いてくれるって今。」
話の流れの軽い冗談だと分かっていたけど、わざと分かってないふりで詰め寄る。
「だめすか?」
「…ええよ、じゃあそうしよか。」
「やった。約束しましたからね。」
手を離す。佐伯さんは何とも言えない表情をしていたけれど、気づかないふりをしておいた。
純粋に佐伯さんの手料理を食べたい気持ちもあったけれど、このままじゃいけない気がしたから、話す機会が欲しかった。
この間の出張の事、異動の事。…それと。
―俺を強く抱きしめ返してきた、華奢な体の感触を思い出す。
お互いに対する気持ちを、確かめたかった。
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