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3章 絶対にかかってはいけない魔法

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「この人が、ブレイブさん......」

程なくして、件のブレイブは見つかった。年の功は、私とライトと変わらないくらいだろうか。腰まである燃えるような赤い髪を首辺りで一つで緩く結び、流し目の双眼は深い翡翠色。赤い着物のような装いで、胸元は僅かにはだけていて、かっちりとした装いのライトとは正反対。己と同じ翡翠で、緩く着まわした着物を占めているもんだから、艶めいていて、どこか妖艶さまで感じる。

(この人が魔王軍5000人を倒した!?)

とてもそうは見えないというか。とにもかくにもソファーに背を預け、胡坐をかいている今の姿からは想像がつかない。

「そんなに熱い目線を向けられたら、僕、君を好きになっちゃうかも!」
「イチカに手を出すんじゃないもんね!!」
「くっ.......ルビーのパンチは効くなぁ」

ブレイブの肩に乗っていたルビーの右パンチが炸裂。ルビーの右足が当たった頬を軽く摩るブレイブの目の前で、ライトが呆れたように立っていた。

「全く、お前はなんでいつもこんなところに......」
「美しい娘がいるところに、この僕ありだからね!」
「言っている意味がさっぱりわからないが」

美しい娘がいるところ、つまりは私の世界でいうなればここは“キャバクラ”という場所になるのだろうか。派手な装いをした娘たちが、男たちをお酒でもてなす場所。煌びやかな店の一番奥に、何人もの娘たちを侍らせ、“あれーー?ライトじゃん!なんでここにいるのさー!”なんて、嬉しそうに両手をひらひらと振っていた男が、まさか、件の人物だとは思うまい。炎の魔導士というからには、ライトのような人物を想像していただけあって、拍子抜けというかなんというか。

「で、わざわざVIPルームまで抑えて、どうしたのさ?気に入った娘でも連れ込むのかい?ここは、そういうのなしな店だぞ」
「お前がこんなところにいるから、人払いをするために、この部屋を抑えたんだ」
「人払い?そんなに重要な話なのかい?」

頭を抱えるライトを尻目にブレイブは不思議そうに顔を傾げながら、ついで私を見上げて

「このは一緒にいていいのかい?」

ライトに尋ねる。

「あぁ......イチカのことで、お前に話がある」




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「へぇ......キミがあのチキュウ人なのかい?」

かいつまんで、今まで起きたことをライトと代わる代わる話した。突然このファンタジアという世界に来てしまったこと。ディアボルスに襲われたこと。魔法が効かないことが知れたら、魔王軍やこの国の『ルークス』の人々ですら、利用される恐れがあること。異世界から来たことを知られないように、ライトの偽の婚約者になったことまで話した。すべて話し終えたときには、興味深そうにまじまじと見られた。

「あの、ブレイブさん...?」

(米屋にいた娘さんたちが、眉目秀麗だと囃し立てることだけのことはある)

さすがにこうも真っすぐみられると心臓に悪い。そんなことを思っていると、ライトが本題を切り出す。いつの間にか、肩には、ルビーも乗っていた。

「で、本題なんだが、お前、チキュウについて何か知っていることはないか?」
「チキュウについてね。俺もそんなに大きな情報は持ってないと思うけど、知っていることといえば『ファンタジア』とは似て非なる世界、魔法がない代わりに、科学や文明が発達している世界なんでしょ。魔法が効かないのも、そもそも『チキュウ』に魔力がないからだ。『ファンタジア』で生を受けたものは、赤子の頃から少なからず魔力を持っている。けれど、魔力に対して発揮する魔法は、魔力を持たないものには発揮されない」
「じゃあ、ボクがライトに通信魔法をしようとしてできなかったのは?」
「ルビーが、イチカちゃんに触れられていたんでしょ?魔力を持たないってことは、イチカちゃんそのものが、魔法を通さないってこと。要するに、ルビーの体に流れる魔力を、イチカちゃんが一部妨げてたわけ」

(そういうことだったのね)

魔法がない世界で育った私は、そもそも魔力が体に流れていない。魔力が流れていたないものに対して、魔法が効かない。魔法が使えるものにとっては、私に触れられている場所は、魔力の流れが止められている状態ということで、だからこそ、触れられている間は魔法が発動しないのか。わかってしまえば、そんな単純なことだったとは。

私だけ魔法が効かない理由はわかった。けれど、知りたいのは、元の世界に戻る方法。意を決して、私はブレイブのその翡翠の瞳を見返した。

「ライトは『月と月が重なりしとき、彼の地へつながる扉が開けれる』と言っていました」
「俺も、そのように聞いている。けど、それがいつ、どこで開かれる扉なのかはわからない」

(やっぱり......)

期待していただけに落胆が大きい。

そんな、私に、彼は“けど”と彼は続けた。

「元の世界に戻りたいのならば、絶対にかかってはいない魔法が一つあるのだけは知っている」

(“絶対にかかってはいけない魔法?”さっき、私に魔法は効かないって.......)

思わず私は固唾をのんで、その先の言葉を待った。彼はまるで世界最大の秘密を明かすように、口元に右手の人差し指を当て、至極真面目な顔をして言い放った。






「.......__それは恋、だよ」と。
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