脱サラニートになるつもりが、白魔導士の婚約者になりました

九条りりあ

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3章 絶対にかかってはいけない魔法

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♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢





(何、一人でネガって泣いて、ライトに迷惑かけてるのよ、バカーーーーーーーーー!!!!!!)


自室に引きこもり、畳んでいた毛布を頭から無造作にかぶり、私は心の中で盛大に悶えていた。穴があったら入りたいとはまさしくこのことだ。辞めた会社での出来事や私が言われたアレコレなんて、まったく持って、ライトに関係ないのに。

(アラサーの泣き顔なんて、みっともない!!私のバカぁぁぁぁー!!)

あの後、何ともないふうにライト装ってくれたけれど、絶対困っていたって!!逆の立場なら私困りに困っていたもん!

(脱サラニートが、ネガティブって、勝手に泣きわめいて!!)

気が済むまで泣いて、どうにか落ち着いて、家の中まで入って。そうそう、家の中で寝ていたルビーがその時起きてちょっとした騒動になった。目の下の泣き後に気づいたのだろう。ルビーが驚いたように「イチカ!?どうしたんだもんね!!誰かに意地悪言われたのか!?」と私の顔を見てから、「ライトが何やったんだもんね!?白状するんだもんね!!イチカに謝るもんね!」とライトに詰め寄る事態に。どうにか誤解を解いて、ルビーと一緒に作ったカレーを食べ終わり、よい香りのする湯船に使って、頭がスッキリした途端、一気に襲ってきた羞恥心。

(人前で、泣いたのいつぶり!?)

辞めた会社では泣いたら負けだとどんなに酷い言葉をかけられようが人前で涙を流さなかったのに。そんなことを思って、そうか!とはたと思いつく。

(今まで人からかけられる言葉が罵詈雑言しかなかったから、優しい言葉に耐性がないんだ)

冷静に考えたら大胆なことをしたものだと思う。優しく髪を撫でてくれるライトの胸を盛大に借りてしまった。得も言われぬ内心の動揺で頭を抱えてしまい、再び深く身に毛布を巻き付ける。毛布で空気の入り口がなくなり、匂いが籠ってしまったのだろう。どこかで嗅いだような柑橘類の匂いが充満する。

(これ、ライトの匂いだ……)

冷静に考えればライトの家の湯船に浸かったわけなので、それもそのはずなのだが。それが急に恥ずかしくなる。昨日も、同じようにお湯に浸からせてもらったのに。その時は何も感じなかったはずなのに。

(平常心、平常心)

心の中で唱えて、大きく息を吐いた瞬間

「イチカ、芋虫にゃ?」
「ひゃいっ!?」

突然、毛布の向こうから聞こえてくる声にドキリとしてしまう。

「何、しているもんね?」

毛布から顔を出すと、ルビーが不思議そうな表情を浮かべて首を傾げていた。





♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢










「わぁ~、凄い、綺麗な港町!」

馬車で走ること1時間余り。潮風が頬を撫でて、少しくすぐったい。市場には人が溢れ、至る所に露店が並び、行列が出来ていた。“メーア”と呼ばれるこの都市は、大きな建物は全て城で統一されていて、眼前に広がる海の景観を損なっていない。活気ある街並みに圧倒されている傍らで

「イチカ、イチカ、魚だもんね!魚のおいしい夜ご飯作ってほしいもんね!」
「こら、ルビー。遊びに来たわけじゃないんだぞ!」
「わかっているもんね!ブレイブに会いに来たんだもんね!」

全身でワクワクしている様子が伝わるルビーを肩に乗せたまま、ライトが困ったように窘めていた。




......__事の発端は今朝のこと。

私の元居た世界へ手掛かりを知っているかもしれない人物がこの町にいるらしい。世界を放浪しているので、色んな事情に詳しいのだとか。ただ、放浪癖がゆえ、なかなか捕まらないらしく、ライトが昨日城内で“メーア”に滞在しているらしいという情報を手に入れ、今朝方馬車を飛ばしてやってきたのである。

(そういえば……)

「そのブレイブさんって、5000人の魔王軍を一人で殲滅したっていう人のこと?」

ブレイブという名にをどこかで聞いたことがある気がして、思い出した。昨日、米屋に来ていた娘たちが眉目秀麗で魔力が高い人だと囃し立てていたことを。

「イチカ、ブレイブのことを知っているのか?」
「昨日、米屋に行ったときに、噂話をしているのが聞こえちゃって」
「へぇ、そうなのか」
「ブレイブさんのこと、炎の魔導士っていってたけど」
「アイツの右に出る炎の魔導士はこの世界にはいないよ」
「そんなにすごい人なんだ」

(大丈夫、普通に会話できている)

ライトとぎこちない会話になっていないことで、少しほっとする。昨日の羞恥心が消えたわけではないが、ライトがあえて深く何も聞いてこないことがありがたい。そんなことを思いながら

「でも、これだけ広い場所でどうやってブレイブさんを探すの?」

ふとした疑問を口にする。活気ある街なだけあって、数歩進むだけでも人が何人もすれ違う。こんな人通りの多い街で、“この町にいる”という情報だけで、どうやって一人を探すのだろうか。

「それは__......」
「アイツは“たらし”だもんね」

何故だか言いよどむライトを他所に、ルビーはどこか遠い目をしながら呆れたようにそう言った。
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