脱サラニートになるつもりが、白魔導士の婚約者になりました

九条りりあ

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2章 白魔導士の婚約者になりまして

08

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♢ ♢ ♢





「俺の大切な“婚約者”に何か御用ですか?」





♢ ♢ ♢





――この場に似つかわない明るい声が俯きかけた私の耳に入ってきたのはその時だった。

「ただいま、イチカ」

 咄嗟に顔を上げると瞳に光を集めたような輝く黄金色が映り込んだ。

「……――おかえり、ライト」

 その明るい笑顔を見て私は不覚にも泣きそうになる。あり得ないほど早く打っていた脈が少しゆっくりになった。浮かんでいた冷汗も引いていく。

「――先ほどぶりですね、アンブリッジ公爵」
「あぁ、ハワード殿。今戻られたか?」
「今しがた下城して参りました」

 視野の端でエトワールがライトの方へ振り返った。ライトはというと白いマントを翻して真っすぐにこちらへ歩いてきてエトワールの目の前で立ち止まった。そして、私だけにわかるようにその碧眼を僅かに細めた。まるで、あとは任せろというふうに。

「アンブリッジ公爵こそ、何故ここに?」
「丁度この場所を通ってね。そしたら、君の家に電気がついているのが見えてね。君が婚約したと言っていたから、君の婚約者がどんな女性なのか気になって訪ねてみたんだ」
「そうだったんですね」
「君の目にかなった通り素敵な女性だね」

(嘘ばっかり――……)

 さっきまでと言っていたことが違うではないか。あまつさえ、ライトとの婚約を破棄しろと迫ってきたではないか。取り繕うようにいうエトワールに怒りさえ湧いてくる。同時に体裁を取り繕い退社前に白々しいほどの甘言を吐いていた上司を思い出した。

(本当、バカみたい――……)

 人によってコロッと態度を変える。その一方で人を傷つける言葉を平気でかける。そんな『クソ』みたいな世界が嫌で仕事を辞めて、ニートになって世界を遮断しようとしていたのに。別の世界までやってきて、これとは。全くもって反吐がでる。

 そんなことを思いながらこっそりと深い息を吐いていると

「本当、俺にはもったいないくらい出来た婚約者です」

そんなライトの言葉とともにいきなり何かにぐいっと引き寄せられた。見ればいつの間にかエトワールと私の間に割って入るようにライトがすぐ傍に立っていた。ライトの左手が肩に回されている。

「――……っ!?」

(え?ライト?)

 驚きのあまりライトを直視するとライトはぐいっと近づいてきて私の耳元で『ごめん、少しだけ我慢して』と囁いた。突如耳にかかった吐息に自然頬に熱を持つ。さっきとは違った意味で心臓が煩い。私は声を発することもできずに首を縦に細かく振った。すると、ライトは一度黙って首を縦に振り、エトワールに向き直った。

「……――仲睦まじいようで何よりですな」
「そうでしょう?俺の自慢の婚約者です」
「――……っ!?」

 あまつさえライトは私をさらにぐいっと抱き寄せた。まるで、目の前のエトワールに見せつけるかのように。対するエトワールは少し悔しそうだ。ライトが触れている部分が熱を持つ。

「綺麗好きだし、料理も美味しい」
「先ほどからいい匂いがしますからな。イチカ殿が作られたのか?」
「……――え?あ、はい」

 エトワールに咄嗟に話しかけられて首を縦に振る。

(さっきは敵意丸出しだったくせに……)

 コロッと手を返したエトワールにうんざりする。

「でも、こんなにいい女性なら、他の男が黙ってないでしょうな?イチカ殿を狙う輩も出てくるのでは?――……ライト殿ほどの男はあまりおりませんが、イチカ殿のような嫁をもらいたいという富や権力を持った者ならワシにも紹介できますぞ。……っとは婚約者になったばかりの二人にいう冗談ではありませんな」

(この男――……)

 私を持ち上げておいて、遠回しに他の男をあてがうから婚約を破棄して、他の男で我慢しろと言っているのだ。ちらりとエトワールは見下すように私の方を見やった。

【お前は無能で無価値なのだから】

 と言われているような気がした。思わず唇を噛みしめる。

――その時だった

「――……っ!?」

(ライト――……?)

添えられていた手がポンポンと二度ほど私の肩を優しく叩いた。そして

「俺がイチカを守ると約束しました」

空色の瞳を真っすぐに私に向けてきた。目の奥に優しい色が浮かんでいる。力が入っていた肩の力が抜ける。次いでライトはエトワールに視線を向けた。

「他の誰でもない。俺がイチカを守ると約束しました。だから、誰にもイチカを渡すつもりはありません」

 それに――、と僅かに目を細めて有無を言わせぬようにエトワールに言い放つ。

「彼女を悲しませたら誰であろうが俺が許しませんから」

 その瞳は先ほど私に見せた優しい色とは異なり、私に見せたこともない冷ややかな色を湛えていた。
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