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2章 白魔導士の婚約者になりまして

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♢ ♢ ♢









――あたたかな日差し。清々しい風が髪と髪の間をすり抜けていく

「今日の晩御飯は何だ?イチカ?」
「カレーライスでも作ろうかなって」
「かれーらいす?うまそうな響きだだもんね!」

 私が持っている食材の入った籠を見ながら目を爛々と輝かせ興味津々とばかりに私の少し先を歩いていたルビーは振り返って私に問いただしてきた。

 街は活気に溢れ、そこにいる人は皆明るい。こちらの世界の人々は様々な髪や目の色をしているようだ。ライトのような黄金色の人もいれば、赤髪もいるし、さっきは綺麗な藤色の髪をした人とすれ違った。かと思えば私と同じように真っ黒な髪をしている人もいる。

 ライトにもらったお金を持って街にやってきた私はルビーに街を案内してもらいながら買い物をしていた。驚いたことにこちらのお金は紙幣がなく、すべて硬貨だ。けれども、硬貨の価値はわかりやすく大きいものほど価値が高いというものだ。持ち運びの利便性はともかく実に理にかなっていると思う。ライトから手渡された硬貨が入った袋がずっしりと重かったのもそのためである。

 ライトに服をまた借りるのも悪いし、変に意識してしまう。下着に至っては、湖に一度使っているので正直気持ちが悪いのだ。ライトの言葉に甘えてそれらを買わせてもらい、せめてリクエスト通り美味しい夕飯を作ろうと食材を見て回っている。それで先ほど、カレーにちょうどいいお肉が肉屋で安く売っていたため、今日はカレーにしようと決めたのである。一度に大量に作ってしまえば保存の効くカレーは前の世界でかなりお世話になった料理の一つだ。幾度となく作ってきたものなので、実は味には自信があるのだ。

「あとはお米が欲しいのだけれど……」

 ちなみに炊飯器があるのは確認済だ。もちろん、一度も使われた形跡はなかったけれど。

  私が手にしている籠の中にはにんじん、たまねぎ、じゃがいも、お肉、それにいくつかのスパイスが入っている。このファンタジアという世界は、どうもカレーのルーなるものがないらしい。スパイスは主に保存用や肉の味付けに使われ、こちらの世界は私のいた世界とほぼ同じ食材があるけれど、料理のレパートリーは私の世界の方が多いらしかった。そこに生きる人は変わらないけれど、文化の違いで、やはりここは違う世界なんだと痛感させられる。それはともかくとして、今は米だ。そう思いながらルビーを見ると

「米屋の場所なら、任せるもんね!ついてくるもんね!」

尻尾を揺らして誇らしげに私の先を歩いていた。






♢ ♢ ♢








「ライト様が婚約なさったんですって!!」
「まぁ、あのライト様が――!!」
「――……ごふっ!!」

 耳に入ってきたそんな会話に思わずせき込みそうになったのはルビーに案内された米屋に着いてすぐのこと。会話の聞こえた方を見れば私と同い年……、いや、あれは、若いな。20代前半ほどのうら若い娘が二人、店内で楽し気に会話をしていた。ちなみにルビーはというと店の外で日向ぼっこをしているとのことで、店の外で待っている。

「たまに街でお見掛けするけれど、いつ見ても見目麗しい。御年28歳になって大人の色気が合わさって本当に魅力的なお方」

(28歳……、私の一つ下なのか)

  ここに来て初めて婚約者の年を知るという。まぁ、婚約者(仮)というのが正しいのか。

「本当に!婚約された方が羨ましいわ!」

(婚約者(仮)の紛い物だけれども)

  内容が内容だけについ心の中で突っ込んでしまう。

「私の旦那様も悪くはないけれど、ライト様には劣ってしまうわね」
「あら、貴女のところの旦那様は素敵じゃない。そんなことを言ったら、私のところはどうするのよ」

(なんと……!!私よりもだいぶ若いのにもう結婚しているのか……!!)

 私がいた世界では晩婚化なるものが進んでいたため、私の年でも結婚していない人は少なくない。二人の首元を見れば装飾があしらわれたペンダントが光っている。一人はエメラルドグリーン、そしてもう一人は漆黒の石が埋め込まれている。華やかな娘たちにしてはずいぶんと落ち着いた色だなと思いかけて、ライトの言葉を思い出した。

(結婚するときにペンダントは交換するんだっけ?)

  私がライトからもらったのは薄紅色のペンダント、そしてライトがつけているのは空色のペンダントだ。つまり、婚約期間はその性別にあった色を、結婚してからは互いの色のペンダントをするということなのだろう。だから、女性なら華やかな色のペンダントをしている人は婚約中、落ち着いた色をしているのなら結婚しているということになるのか。男性の場合は逆ということか。

(なるほど、わかりやすい)

店内の中にいる女性をざっと見渡してみれば私よりも若そうな女性はほとんど落ち着いた色のペンダントをしている。もしかして、こちらの世界では結婚は若いうちからするものなのだろうか?軽くカルチャーショックを受けながらも私は店の中に置いてある米を見やった。

「それに明朗快活で、かなりの人格者なんでしょ?どんなに美しい方が婚約者に名乗り出ても、すべて断ってきたらしいじゃない」
「この前も確かこの国随一の美しさを持つと言われている『アリーヤ・アンブリッジ』様との婚約にも応じなかったんでしょ?」

(え!?そうなの!?)

 娘たちの会話を盗み聞くつもりはないが、とにかく声が大きいのだ。店内に響き渡るような声で言うので、自然耳に入ってくる声にいちいち反応してしまう。

「あら?それは少し事情が違うらしいわ。ライト様との婚約に熱心だったのはお父様の『エトワール・アンブリッジ』様よ」
「宰相様の?」
「えぇ。希少な白魔法を使えて、類まぐれな魔力の持ち主。娘との世継ぎを望まれるならライト様以上の婿はいらっしゃらないでしょう?ほかにもライト様を是非自分の娘の婿にと考えている方は多いみたいよ」

(ライトって、そんなにすごい人なの!?)

 噂好きな二人の会話は、私にとってはかなりの衝撃的な内容ばかりで……。それが顔に出ないように私は平常心を装った。

「ライト様に見初められた方はいったいどんな方なのかしら?」
「それは、それは聡明で心優しく、美しい方でしょう」
「それは間違いないでしょうね!」

(いえいえ、冴えないもう少しで三十路のアラサー女です)

「ライト様の心をどうやって射止めたのかしら?」
「それは美しい声でライト様の心を動かす言葉を言ったに違いないわ」
「逆にライト様が言い寄った可能性もあるわね」
「どちらにせよ、とても素敵な方なのでしょう」

(異世界に飛ばされて、ディアボルスに襲われているところを助けてもらった挙句、元の世界に戻るために婚約者という立場におかせてもらっているだけで、契約関係にあるだけ。そして、私は元の世界では、脱サラニートよ。脱サラニート。言い換えるなら自宅警備員。素敵とは程遠い……)

「……――とは、言えないよね」

 心の中で訂正するも、まさか口に出して言えるわけもなく、私ははははと遠い目をしながら独り言ちる。

「「本当に羨ましいわー!!」」

 そんな私の心境など露ほども知るわけがなく、まるで目の前にアイドルがいるかの如く二人はきゃいきゃいと騒いでいる。

(若いっていいな―ー……)

「お姉さん、何かいいの見つかったかい?」

彼女達の会話に意識を持っていかれていて、店内で動きを止めていた私を気遣ってかお店の人が声をかけてきた。

「あ、あの。炊くと粘り気があって、甘みがあるお米ってどれですか?」
「あぁ、それなら――……」

 私の言葉にお店の人は頷いて、こちらに来るよう手招きした。そのあとを付いていきながら先ほど会話していた娘たちをちらりと見た。

「眉目秀麗と魔力の高さなら『ブレイブ』様も負けていないわ」
「炎の魔導士様よね?5000の魔王軍が攻めてきたとき、1人で殲滅したんでしょ?」
「そうそう、『ブレイブ』様と言えば――……」

噂好きな二人なのだろう。話題はすでに変わっていた。

(私はライトのことを何一つ知らないんだな……)

 当たり前のことなのにそれが少し寂しかった。
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