脱サラニートになるつもりが、白魔導士の婚約者になりました

九条りりあ

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2章 白魔導士の婚約者になりまして

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♢ ♢ ♢










 埃のかぶったキッチンと物が乱雑に置かれた部屋を掃除し終えた頃にはちょうどお茶をするにはいい頃になっていた。

 まぁ、もともと起きた時間がお昼頃だったから当然か。さすがの私もお腹がペコペコだ。

  綺麗になった部屋で私は約束通りフレンチトーストを作っていた。

「わぁー、いい匂いだもんね!イチカは天才だぁ」

   フライパンから香ってくる甘い匂いを嗅ぐように鼻をクンクンとさせ、ルビーは待ちきれないとばかりに私を見る。

「ふふふ、そりゃどうも!お皿に盛っちゃうね!」
「お掃除隊長、頑張った甲斐があったもんね!」
「ルビー、一生懸命、キッチン拭いてたね」

  前足を使って雑巾で一生懸命にキッチンを拭いている姿を思い出していると、ルビーは誇らしげに唇の端をつりあげた。

「えへへ、ライト喜ぶかな?」
「うん、きっと喜んでくれるよ」

  卵と牛乳、そしてハチミツをたっぷりと染み込ませた食パンをフライパンで焼いて、お皿に盛りつければフレンチトーストの完成だ。洗い立ての白い皿の上に琥珀色はよく映える。

「フレンチトースト♩フレンチトースト♩」

  上機嫌なルビーに

「まずは手を拭こうね」

絞ったおしぼりを渡していると

ーーガチャ

と扉が開いた。そして

「ずいぶん、楽しそうだな、ルビー」

低く穏やかな声が聞こえた。

「おかえり、ライト」

  扉から現れた私の婚約者に私はルビーにおしぼりを手渡して、そう声をかけた。すると一瞬虚をつかれたかのように動きを止めて透き通るようなブルートパーズを瞬かせる。

(あれ?なんか、おかしいことしたっけ?)

  自分の言動におかしな点があっただろうと思い返してみるが特に思い至ることもない。開け放たれていた扉がガチャリと閉まった。怪訝に思いながら、ライトを見ているとやがて

「……ただいま、イチカ」

とライトは恥ずかしそうに左の人差し指で自らの左頬をかいた。

「……家に帰ってきて、誰かにおかえりって言われるのなんて久しくなかったから」

  そして、言い訳するようにそう口にする。

(家族と離れて暮らしてたのかな?)

「でも、なんだかいいな、こういうの。ただいまって言ってくれる人がいて、おかえりって言える人がいるのって」

   けれど思ったことを口にする前に照れたようにそんなことを言うもんだから、質問のタイミングを失ってしまうわけで……。

「しかも、部屋が綺麗だ……」

  そんな私の心の内などわからないライトは部屋を見渡して今度は大きく目を見張る。話題が逸れたのに元に蒸し返すのも野暮だ。

「へへへー、すごいでしょ?ライト、驚いた?」

   長くて細長い尻尾を左右に揺らしながらルビーはライトの元へテクテクと歩いて、声を弾ませながら見上げた。

「驚いた。驚いた。久しぶりに見たよ、ソファーの座る部分」

(そ、そこか……。まぁ、あれだけ服が積み重なってればね)

   服が無造作に置かれていた状況を思い出していると

「自分で言うのも恥ずかしい話だけど、大変だっただろう、ここまで綺麗にするのは……」

苦笑いを浮かべて左の人差し指でポリポリと自らの頰をかいた。

「ルビーが手伝ってくれたから、ね!」
「お掃除隊長頑張ったもんね!」

   自慢げに鼻を鳴らすルビーを見やって、ライトは『そうか二人とも、ありがとう』とくしゃりと笑う。そのまま、目の前でちょこんと座っているルビーを抱き上げて自らの肩に載せる。そして

「そして、甘くていい匂いがするな」

クンクンと空気を嗅ぐ仕草をする。その仕草が、ルビーと同じでなんだかおかしくて口元が緩みそうになりながら

「私がいた世界のフレンチトーストっていう食べ物なの。口に合うかはわからないけれど」

盛り付けたフレンチトーストをライトに見えるように見せた。ハチミツの甘い香りが部屋の中に充満している。

「へぇ……。楽しみだな」

   私が盛り付けたフレンチトーストを興味深そうに見やって着ていた外套を脱いた。そして、ソファーに無造作に投げようとしたライトに

「上着はそこに掛けるもんね!!」

ルビーはビシッと言いきった。

   その言い方がなんだかおかしくてライトも私も顔を見合わせ、つい声を出して笑ってしまった。

「なんで笑うもんね?」

(久しぶりにこんなに声を出して笑ったかも)

  釈然としない風のルビーを見ながら、そう思った。
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