脱サラニートになるつもりが、白魔導士の婚約者になりました

九条りりあ

文字の大きさ
上 下
4 / 24
1章 出会ったのは白魔導士

03

しおりを挟む
♢ ♢ ♢



「ハァ……ハァ……ハァ……」

 私は肩で息をしながら濡れてしまった髪をギュッと束ねて水を搾り取った。腰まである髪はそれでもポタポタと水滴が垂れる。

(何が起きたの?)

 自室から突然水の中へ落ちてしまった私は、どうにかこうにか体を動かして岸まで泳いだ。濡れてしまった服が体にまとわりついて気持ちが悪い。

「寒い――……」

 おまけに夜風が当たり、体温が奪われていく。思わず両手で自らを抱いた。

(どうしてこんなことになったの?)

 衣服から伝わる冷たさが、これはまぎれもなく現実なのだと伝えてくる。

「――……っ」

 混乱してしまいかけていた頭を一つ横に振ってどうにか落ち着けさせる。

(とにかく、冷静にならないと――……!!)

 ここまでの経緯を思い起こしてみる。

 仕事を辞めて、あのクソみたいな世界と関わらないように脱サラし、あとは自室にで必要最低限の外出をし、ニートになるつもりで帰宅した。いつものように扉を開けたはずなのに、目の前に広がっていたのは信じられない世界だった。

 月が部屋の中に映し出されていた……、否、部屋の中に水面に映った月が浮かび上がっていたのだ。

「それから、風が急に吹いて――……」

 そうだ。風に押し出されるようにして、この湖に落ち込んだんだ。のそのそと立ち上がり、背後に広がっていた湖を見渡す。湖の周りには木々が生い茂り、人気はない。

「どうしよう……、戻れないの?」

 それにここはどこだろう。足元には草が生い茂り、空には数えきれないほどの星が瞬いている。

――ガサっ

    突然、音がした。

「!?」

 私のすぐ背後で草が擦れて何かがいる気配がする。

(何――……!?)

 一瞬で心の中が恐怖に引き戻された。体が震えてしまう。

(熊とかだったらどうしよう――……?)

口元を両手で覆って、声が出ないように息を殺した。

(気が付かないで――……)

 身を小さくし固く目を閉じる。

(あれ?気のせい――……?)

 それから1分ほどは経っただろう。けれど、いくら待ってもそれ以上何も起きないし、何かがこちらにやってきている音がしない。

(草が擦れただけだったのかも)

 そう結論付けて、私は勇気を振り絞って恐る恐る振り返った。

「わっ!!」

 そして、私は目に入ってきたものを見て勢いよく尻餅をついた。

 何もいないと思っていた場所に、“何か”がいたからだ。けれど、私が想像していたものとは違ってはるかに小さい。

「なんだ――……」

 それは、白い美しい猫だった。先ほどまで恐怖で動けなかった私なんて露知らず、何事もなかったかのように自らの毛を整えるように丁寧に舐めていた。

(小さいから子猫かな?)

 大きさは私の両手を合わせたほどしかない。

「よかった――……」

 そう小さく呟くと座り込んだ私に気が付いたのか、その小さな足でトコトコと私の元へ歩いてやってきた。

「びっくりしたんだからね――……」

 座り込んでいる私の元までやってきたかと思うと、私の膝辺りで体を摺り寄せてくる。文句を言いたいのに、その姿を見たらもう何も言えない。ひょういっと抱き上げると思ったよりも重く、胸当たりで抱くとドキドキと一定の心音が刻まれているのが聞こえる。柔らかい毛並みを撫でると気持ちよさそうに目を細めた。

 強張っていた体の力がどっと抜けた。安堵のためのため息を一つついた時だった。

「オマエ……オイシソウダナ……」

 背後から聞こえたその声を聞いたとき、しゃがれた老爺のような声だと思った。

――ふと視線を落とすと、いつの間にか足元に人影が一つ浮かび上がっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【コミカライズ】今夜中に婚約破棄してもらわナイト

待鳥園子
恋愛
気がつけば私、悪役令嬢に転生してしまったらしい。 不幸なことに記憶を取り戻したのが、なんと断罪不可避の婚約破棄される予定の、その日の朝だった! けど、後日談に書かれていた悪役令嬢の末路は珍しくぬるい。都会好きで派手好きな彼女はヒロインをいじめた罰として、都会を離れて静かな田舎で暮らすことになるだけ。 前世から筋金入りの陰キャな私は、華やかな社交界なんか興味ないし、のんびり田舎暮らしも悪くない。罰でもなく、単なるご褒美。文句など一言も言わずに、潔く婚約破棄されましょう。 ……えっ! ヒロインも探しているし、私の婚約者会場に不在なんだけど……私と婚約破棄する予定の王子様、どこに行ったのか、誰か知りませんか?! ♡コミカライズされることになりました。詳細は追って発表いたします。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?

石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。 彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。 夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。 一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。 愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...