三次元はお断りっ!!

九条りりあ

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出会いは偶然?それとも必然?

02

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* * *








「で?貴重な休日をそのジーク様に費やしたと?」
「とても有意義な時間でした!」
「もう、おバカ!!」
「あいたっ!」

 脳天にチョップを食らわされ私はその相手を軽く睨む。対してテーブルを挟んで対面に座る“彼女”は、はぁと深いため息をつく。長い艶やかな黒い髪、目の下の涙ぼくろ、赤いドレスに身を包んでスラリとした体形はモデルさながらだ。前髪をかき上げて額に手をやっている姿が様になっている。

「『今度結婚式するの!』とか言い出して何のことやらと思えば、この子は……」

 けれど、声は低い。さながら男性のようである。それもそのはずだ。今は『椎名麗子』と名乗っているが、本名は『椎名竜二』。生物学上で言えばれっきとした“男”である。2歳上の“彼”は、会社の元先輩だ。出会った頃は今のような容姿ではなく、髪は短く切り揃えていたし、本当にどこでもいるようなごくごく普通の“男の人”だった。

 仕事のノウハウを仕込んでくれたのは紛れもなく“竜二先輩”である。今の仕事ができているのは間違いなく彼のおかげだ。悩み事を聞いてくれる頼りになる先輩。それが当時の印象だった。

 けれど急に3年前何を思ったか『蓮見さんにだけ教えとくね』と自らの秘密を私にだけ明かしてあっという間に店を去った。本人曰く私に仕事を全て仕込んだから、自分がいなくなっても大丈夫だと思ったらしい。そんなこんなで店を出したからと突然連絡があったのが2年前。会いに行くとすでにこの姿だった。退職してから美しい体のラインや美肌を手に入れるため、類い稀ない努力をして今の美貌を手に入れたそうだ。ホルモン注射のみでこの美しいプロポーションを保っているのだというから驚きだ。

 ここは“竜二先輩”、改め“麗子姉”が営むスナック『レイコ』。再会した時に普通に“竜二先輩”と言おうとしたら、『私のことは麗子姉とでも呼びなさい』と言われ、一度だけ間違えて“竜二先輩”と言いそうになったけれど、その瞬間目が狩をする猛獣のように鋭く妖しい光を宿したのでそれ以後“麗子姉”で通している。あの時は怖かった。目がマジだった。

 昔は頼りになる先輩だったけれど、今は親友兼姉のような存在だ。

 そんな麗子姉が営むスナック『レイコ』は、一人で切り盛りしているが、常連も多く、繁盛している。今は開店前で『夕飯食べてないなら顔を出しなさい』とメールが入ったので、有難く麗子姉特製のオムライスを食べながらオレンジジュースを飲まさせてもらっているのである。コーンに、にんじんに、たまねぎに、グリンピースをケチャップライスに混ぜ込んで塩コショウを適度にまぶして、ふわふわの卵で包んだそれが本当に美味しいのだ。本当はお酒の一杯でも飲みたいのだけれども明日は朝から仕事だし、麗子姉は今から仕事なのでお互いソフトドリンクを飲んでいるのである。

「だって、『騎士様は偽りの婚約者』の続編で『結婚式編』なるものが配信されるって公式から発表があって居ても立ってもいられなくって!!これは最初からストーリーを復習しなきゃって!」
「で、一日家に引きこもってたと?」
「うん!改めて思ったけど良作だった。これでしばらく生きていける。とりあえず、ジーク様、尊い、つらい、しんどい、死ぬる」
「生きるのか死ぬのかどっちなの?」

 興奮気味に言い募ると“麗子姉”は呆れたように肩を竦める。

「趣味は趣味でいいだろうけど、あんたいい加減“現実”の男作りなさいよね」
「……現実ねぇ」

 テーブルの上に置かれた煙草のケースから煙草を一本取り出してその長い指先に挟んで火をつけて、ふーと息を吐いて私に視線を向ける。その所作も様になっている。堂に入ったものだ。対して私はげんなりしながら麗子姉を見返した。

「いい相手いないの?あんた、もう30歳でしょ?」
「“今年”ね!まだ、ギリ20代だもん」
「そんなこと言っているとね、あっという間に婆になるわよ」
「わー、聞こえない。わー、聞こえない」

 麗子姉の言葉に私は両耳を塞ぐ仕草をする。いや、わかるよ?麗子姉の言わんとすることは。この年になるまで何度友達の結婚式で祝儀を包んだと思っているんだ。何なら子どもが生まれたってSNSで流れてきて、一緒に学生服を着ていた友人がママになるなんてと感慨深く思ったりもするのだ。

 正直に言おう。私の友人で既婚者と未婚者とでは、既婚者の方が圧倒的に多い。

 まぁ、私たちも大人になったということで……。

「……あんた大人になったということでとか思って丸く収めようとしていない?」
「何故、わかった。エスパー!?」
「あんた、顔に出やすいのよ」

 驚く私を他所に麗子姉は灰皿にたばこをコンコンと叩きつけて灰を落とす。

「まだ、二股男のこと気にしているの?」
「う……、それは……」

 麗子姉の言葉に思わず言葉を詰まらせる。

「そういうわけじゃないけれど」
「はい、嘘。目を泳がしているもの」
「え……!?泳いでた!?」
「嘘。やっぱり、そうなのね」
「カマかけたの!?」
「オカマだけにね!」
「全然、上手くないからっ!」

 片目をつぶってみせる笑って見せる麗子姉に私は思わず突っ込んだ。




* * *





 大学三年生の夏、初めての彼氏が出来た。その人はバイト先の一歳上の隣の大学の先輩だった。勇気を出した初めての告白だった。OKをもらったときは天にも昇る心地だった。初めてのデートのときは緊張して前日から眠れなかった。一緒に過ごせるだけで毎日が輝いて見えたのに……。先輩の方が冬に入った辺りから卒業論文や課題の提出で忙しくなって、先輩はバイトを辞めた。私は私で就活のためのセミナーを取ったり、就活資金を溜めるためバイトが忙しくなった。お互いになかなか会えず、会えない日が続いたのである。

 そんなとき、今でも忘れない1月22日、事件は起こった。就活資金も溜まり、バイトも落ちついたこの日。私は先輩を驚かせようと先輩には内緒で先輩の通う大学の前で先輩を待っていた。久しぶりに先輩に会えるのが嬉しくて胸を弾ませていた。大学の前で待つこと30分ほど。15時半頃だったと思う。校門の奥から先輩の姿が見えた。声をかけようと一歩を踏み出そうとしたけれど、私はそれ以上足を踏み出すことができなかった。

 なぜなら、先輩の隣には綺麗な女の人がいたから。おまけに腕を組んで。それはもう仲睦ましそうに。

 私はそれ以上見ていられず、踵を返して無我夢中で走った。気が付いたら小さな公園のブランコで泣いてたっけ?おまけに途中で雪が降ってきて、涙が溢れて止まらなかった。





* * *







 結局、先輩とはそれがきっかけで連絡を取らずに自然消滅コース。あの後、先輩から連絡がきたけれど、私から返事を返す気など湧くわけがない。それ以後、誰かと付き合うということが怖くなった。

 そんなときに出会ったのが“乙女ゲーム”だった。決められた結末エンディング。ハッピーエンドだ。先輩のように、3次元のように裏切ることなんてない。大好きな人に愛される物語。

「裏切られるのが怖いから誰かと付き合うのが怖いって思っちゃうのはわかるけれど、世の中そんな男ばかりじゃないわよ」
「……わかっているけど」

 麗子姉の言い分もわかる。頭ではわかっている。けど……、と物思いにふけっていると『じゃあ!!』と麗子姉が身を乗り出してきた。長い髪が揺れる。

「アタシの男を紹介してあげるわ」
「へ……?麗子姉の男の人……?」
「そう!」

 いい考えでしょ?と両手をパチンと合わせる麗子姉。いつの間に吸い終わったのか手にしていた煙草は灰皿の中に入っている。

「心もカラダも知り尽くしているオ・ト・コ!だったら、あんたも安心できるでしょ?」
「カラダって……。急に生々しい」
「あら?大事なことじゃない」

 どう?とばかりに麗子姉は首を傾げる。そう言われてもなぁ。

「……麗子姉はいいの?麗子姉の彼氏を私に取られても?」

 訝しげに麗子姉を見返すと今度はチッチと舌を鳴らして右手の人差し指を左右に揺らす。
 
「だ・か・ら!お・ふ・る!いい男はアタシがもらうに決まっているじゃない!」

 そして、言い切った。麗子姉はなおも、生の男はいいだのなんだの言っていたけれど

「……生まれる次元間違えたなぁ」

私はというとはぁとあらぬ方向を向いて深いため息をついた。
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