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番外編1『僕と“彼”の出会いの日』

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『センティーク殿と見合いをするという話は本当!?』

 『ヘルバダ』の店の“いつもの個室”。先に到着していた僕は紅茶を飲んでいて、乱暴に開けられた扉の音で驚いてカップを落としそうになった。けれども、体制をどうにか立て直し、僕はこぼさないようにゆっくりと机の上に置いて、扉を開けた人物を見やった。

 最初に『ヘルバダ』で話した日から、月に多くて二度、最低一度はこの場所で話すのが日課になっていた。

誕生日には、強化魔法(エンチャント)の魔法をかけやすい銀で作られた折り畳み式のナイフをもらった。懐に忍ばせやすい小型のソレは、護身用にはもってこいだ。『これなら野犬に追いかけられても大丈夫だね』と言われたけれど、出来ればあんな思いは二度としたくないんだが。

『ガルシア』の街の中の話を聞くのは物珍しかったし、『ガルシア』にしかない珍しい本などももらったこともあった。まぁ、そんなわけでレイと会う時間は楽しい時間になっていた。

 レイがお姉様との婚約を公にできない話も知っている。お姉様と交わした約束も。だからこそ、僕から聞くお姉様の話を嬉しそうに聞いていた。

 そんなことを繰り返しているうちに、初めて出会った日から三か月ほどの月日が流れていた。いつの間にか雪も解け、照りつける太陽が眩しい。木々が青々と茂っていた。

『とりあえず落ち着いて』

 どこか興奮した様子のレイを手招きして、僕の目の前に彼は渋々座った。

『やっぱり、知らなかったか』

 お姉様がお見合いをすると話したのは一昨日のおやつ時。一昨日もいつものようにお姉様と他愛のない話をしていたときのこと。

お姉様ももうすぐ18歳になる。そろそろ結婚適齢期ということで、友人達の結婚式に呼ばれることもしばしば。友人の紹介で3つ上のセンティーク公爵とお見合いをすることになったのだとどこか照れ臭そうに語った。『今度こそ、婚期を逃すものか!』と息巻いていた。

 もちろん、あまりの衝撃でビスケットを口に運ぼうとしていた僕は思わず持っていたビスケットを握りしめてしまい、『ちょっと、どうしたの!?』とお姉様に心配されるほど動揺してしまったけれど。

 その晩伝言鳩にその内容を吹き込んでレイへ届けた。肩に乗せている間に言葉を記録する珍しい鳩はレイからの借り物で次会う日取りを決めるときなどに使うものなのだけれども、とりあえず知らせねばという思いが強く、すぐに飛ばした。そして、今日詳しい話を離すことになったのである。
 そんなことを思い出していると

『……――僕じゃ、駄目なのか』

ぽつりとレイはそう漏らした。普段のレイと比べると、その声は暗く……、沈んでいた。

『……――レナ姉は、優しくて頼りになる人と結婚したいって言っていた。年上の人に頼りたいのかな。でも、年だけはどうあがいても変えられない。僕じゃ――……』

 その声色は弱々しく、か細い。

 レイがお姉様の隣にふさわしくなるためにどれだけ努力してきているか僕は知っている。それまでただ何となく学んでいた魔法に自ら積極的に取り組むようになったと言っていた。あの日、僕を助けてくれた日も、城から抜け出して、魔法の練習をしていたのだと。他にも、剣術、弓術、学問にも力を入れている。

……――それも全てお姉様に相応しくなるために

……――お姉様に頼ってもらえるように

……――そして、お姉様を守るために

 けれど、どれだけあがいたところでレイの言った通り、お姉様は先に大人になってしまう。年だけは変えることはできない。

 何かに耐えるように、悔しそうな表情を浮かべるレイに

『年は変えることはできないけれど、大人っぽく振舞うことはできるんじゃないか?』

僕は思いついたことを口にした。

『大人っぽく振舞う?』

 対してレイは首を傾げた。

『あぁ、ほら!話し方とか!』
『話し方?』
『例えば、そうだな……』

 僕は思いつくままに口にする。

『例えば僕が、俺って言ったらなんか印象変わるだろ?』
『……――確かに。なんか、一気に気弱な感じはなくなるね』
『……――き、気弱。それは否定できないところが悲しいな』

 痛いところを突いてくるレイに思わず苦笑いをする。

『だから、一人称を“僕”じゃなくて、“私”にしてみるとか』
『……――私』
『何となく落ち着いている感じがするだろう?』
『確かに』
『あとは丁寧語で話すとか』
『丁寧語――……』
『そういえば、お姉様が女の人はギャップに弱いって言っていた。お姉様の前や他の人の前では丁寧語で話して、お姉様と二人きりになったときはくだけた口調にするとかすると、余裕のある男みたいになるんじゃないか?』

 僕の言葉にレイは、なるほどと左手の人差し指と親指で自らの顎を挟んだ。

『やってみる……。じゃなかった。やってみますね』
『あぁ、何か大人っぽい』
『……――本当!?』

 途端、ぱぁと明るくなるレイ。

『お前は本当に姉さんのことが好きなんだな』

 僕の言葉に

『もちろん!』

レイは勢いよく答えた。

『あ、でも、センティーク公爵の見合いはどうしたらいいんだろう?』

 レイが大人っぽく振舞う計画はこれでいいとして、問題はそこだ。もし、仮にここでセンティーク公爵がお姉様のことを気に入ったらどうなるだろう。それにお姉様も気に入ったりしたら――……。

 約束上、レイがお姉様の婚約者であるということは言えない。もし、そこで縁談が決まってしまえば――……、レイの想いが報われることはない。

 はて、どうしたものかと思い悩んでいると

『……――ははは、見合いなんてさせない』

目の前にいるレイのエメラルドグリーンの瞳は明後日の方向を向いていた。その瞳はどこか遠いところを向いていた。

『これは僕のエゴだよ。……――でも、それでも“僕”はレナ姉じゃないと嫌だ』

 その声は、わずかに震えていたような気がしたのはきっと僕の気のせいじゃないと思う。




……――ちなみにセンティーク公爵はというと、後日別の令嬢と婚約が決まり、お姉様とのお見合い話はなかったことになっていた




【レイ自身もわかっていたんだと思う。これはお姉様のためを思うのなら、決してしてはいけないことだってことは。けれども、年齢という大きなハンデのあるレイの辛さは痛いほどわかっていたから、僕はただレイの想いが報われるようにと願うしかなかった】
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