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番外編1『僕と“彼”の出会いの日』

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 気持ちの良い午後の太陽。外は白一色だけれども、空は青々としている。

『あの――……、何故僕はここに呼ばれたのでしょうか?』
『僕がルーカスと話してみたいと思ったからだよ』

 何事もないかのように僕の目の前で紅茶を啜るのは件のレイ・ガルシア“殿下”。柔らかそうな亜麻栗色とエメラルドグリーンの瞳がひと際目を引く。まだあどけない子どもだ。けれども、この国で『ガルシア』と名乗ることのできるのは、この世界で唯一この国の王族である『ガルシア』王室の者だけ。つまりは、目の前にいる人物はこの国の王子で間違いない。

 確か第一王子がお姉様より一つ上で、第二王子が僕と同い年、つまりは僕よりも年下だと思しき人物は第三王子ということになる。

『あの殿下――……』
『レイでいい。ルーカスの方が僕より年上だし、僕は親しい人にはかしこまられるのは嫌だ』
『はぁ――』
『……――いい茶葉だ。ルーカスも飲んだらいいよ』

 彼の言葉に細かく頷きながら僕はおずおずと紅茶の入ったカップに手を伸ばして、一口口に含み、“彼”と出会った日のことを思い出す。

……――あの後、僕の絶叫を聞きつけた先生たちがあの湖にやってきて、僕は無事保護された。人がやって来ていると察した彼は、別れ際2日後に僕の街にある『ヘルバダ』という紅茶店に来るように指定され、当然断ることもできずに今に至る。

『城に運ばれてくる紅茶は幾度か飲んだことはあったけれど、店で飲むのは初めてなんだ』

一度来てみたかった店だという彼は、リラックスをしているようだ。

『あの――……でん』

 か、と言いかけた言葉をやめたのは、エメラルドグリーンの双眼がじろりと僕を睨んだからだ。

『その……レ、レイは、護衛の人とかは付いてきていないんです……いないの?』

 敬語で話そうとした瞬間、じろりと睨まれるもんだから、僕は慌てて言い換えた。

店内に設けられたガラスが貼られ外が見えるようになっている個室に僕と彼は対面に座っている。店内に入るときも特に護衛のような人たちはいなかったように思えたし。僕も自らの街は供はつけないが、隣町など違う街に行くときには護衛をつける。そんなことを思っていれば

『護衛はついてこらせていないよ。いたら逆に目立つでしょ?』
『あぁ、なるほ……って、ええええええぇぇぇぇ!!??』

彼は当たり前のようにいった。僕は、思わず立ち上がって大声を出してしまう。一国の王子が供もつけずに、なぜこんな場所にいるのだ。

(これ、もし何かあったら僕、斬首とか?)

 瞬時に辺りを見渡して、武器になるようなものを探す。強化魔法(エンチャント)をかけたスプーンを投げつけまくれば、逃がすくらいの時間は稼げるなんて思っていると

『声がでかいよ。静かに』

と目の前にいる彼は左手の人差し指を口元に持っていく。

(そうだ。ここで下手に騒ぎ立てたら逆に怪しまれる)

 少し冷静になって、ゆっくりと腰を下ろす。

『で、でも、何で、護衛をつけずに?』

 危険だ、と思った。小声で彼に言うと

『王族の顔や名前は外の街には伝わっていない。だから、護衛をつけない方が目立たない。君だって名前を名乗るまで、僕のこと知らなかっただろう?』

何事もないように彼は答えた。

『木の葉を隠すなら森の中っていうでしょ?普通にしていれば気づかれないものだよ』

(た、確かに――……)

 彼の言葉に思わず納得しかけていると

『まぁ、今頃、城では僕のこと探し回っているかもしれないけど』

とどこかいたずらっぽく彼は笑った。

『え!?』

 思わずビクッとする僕に対して

『冗談だよ。冗談。そんなに構えないで。僕が城を抜け出すのは、いつものことだし』

クスクスとどこか楽しそうに笑う彼。

(こ、これは――……。目の前の人物が、是が非でも第三王子だとバレないようにしなければ!)

 そう心に誓いを立てていると

『で?ちゃんと聞いてくれた?』

ずいっと体を僕の方に寄せ、そのエメラルドグリーンの瞳をキラキラと光らせた。

『えっと、お姉様に“どういう人と結婚したいか”……だっけ?』
『そうそう!』

 別れ際一つだけ僕に下された命令。『ヘルバダ』に来る前にお姉様に『どういう人と結婚したいか』を聞いてくること。期待のこもった目を向ける彼に僕はお姉様の言葉をそのまま口にした。

『優しくて、それでいて頼りになる人』

 短く口にすると目の前に座っている彼は小さくそれを復唱して顔を上げて

『わかった』

と口にした。にこりと笑う彼に出会ったときから一つだけ疑問があった。

『レイはお姉様のことが好きなんだね?』

 お姉様は17歳。第三王子は8歳だと伝え聞いている。つまり、年の差は9つだ。父母に確認してみたけれども、殿下からの申し出だったと聞いている。ちなみに、お姉様はその事実を知らない。というか、知らせてはいけないことになっているらしい。

 正直に言ってしまえば12歳の僕ですら、まだ婚約とかを考えていない。というか、そこまでの相手に巡り合えていない。なのに、目の前にいるまだあどけない彼はお姉様のことを婚約者だと言っている。

にわかに信じられない話だった。

すると、彼は一瞬目を閉じて、にこやかに微笑んだ。

『うん、僕は彼女が――……“レナ姉”が心の底から愛おしくてたまらない』

そして、ただ一言そう添えた。それが、あまりにも幸せそうに綺麗に笑うもんだから僕は思わず彼の顔を見惚れたのを今でも覚えている。

……――出会った頃のレイは、幼いながらもお姉様のことを心から慕っているのだけはわかった


【でも、そのひたむきで真っすぐな気持ちを応援してやりたくなった】
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